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横浜駅構内にあるロッカーを大小二つ借りた。
小さなロッカーにははるちゃんから借りたスーツとワイシャツと入れ、大きなロッカーにはあずかったキャリーケースを仕舞った。
(くっそー。番号が分からないから開けらなかったな)
中身に興味津々だった僕は開けられなかったことが本当に悔しかった。
(絶対に下着が入っているはずなんだけどな)
ファミレス内での会話中にあった「下着だけは持ってきた替えに着替えたいのだけど、シャワーも浴びてもないし意味ないよね」というはるちゃんの言葉を忘れていなかった。
(はるちゃんの下着をオカズにして女子トイレで抜こうと思ったのにな)
僕は悔しさをロッカーのドアに思いっきりぶつけた。
扉は「ドン」という大きな音を立てたが、きちんと閉まらなかった。
そばを歩いていた中年のおじさんはその音に反応したらしくギョッとした表情でこっちに振り返った。
(うわ、ハズい)
とっさに目を反らした僕は、今度は優しく扉を閉めた。
10時になるのを待ってから僕は駅近くのスーツを扱ったお店に入った。
入るとすぐに中年の女性店員に声をかけられた。
「何かお探しでしょうか?」
「スーツは持っているのですが、コートと靴、それにバッグが無いもので買いたいと思っているのですが」
そう話すと店員は「就活用でしょうか」と訊いてきた。
「はい」
そのベテラン風の様子から緊張してしまった僕は、ちょっと高めの声で返事をした。
この店を選んだのは近くにあったからということの他に、もう一つの理由があった。
昔、ネットで女装の男性が女装で女性用のリクルートスーツを買いに行ったが露骨に店員に嫌な顔をされ、おもわず途中で帰ってきたという書き込みを見たことがあった。
それを僕が見たのはまだ女装を始めたばかりの時だった。
その書き込みを見ながら「いつか女装姿でスーツを買いに行こう」と決めていた。
ネットで書き込みをした男性がどこの店舗で買ったのかは分からないが、僕が入った店は同じ会社の店舗だった。
女性店員は僕の全身を上から下へと舐めるように見た。
きっと長年お客を見つめ続けているであろう女性店員の視線に僕は恐怖を感じて、ゴクリと生唾を飲んだ。
すると女性店員はニコッと笑って「9号で問題なさそうですね」と言った。
フーと緊張の糸が切れた。
(なんだよ。全然、余裕じゃん)
僕はニコッと女性に微笑み返した。
女性店員は僕を女性向け商品が並ぶフロアへと案内した。
もちろん僕に対する態度は丁寧なものだ。
「大学生ですか?」
「いえ、専門学生です」
「そうですか。じゃあ、就活はあと二、三カ月月後からですね。すごくお綺麗だからきっと良い企業に就職できると思いますよ」
「いえ、そんなぁ」
フフフと可愛らしく僕は笑った。
(いえいえ、本当は女装の変態野郎で、無職です)




