84 アタックの機会をつぶそう
あれは、年の瀬の頃だったか。
年末とはいっても、特に何もない穏やかなある日の帰り際。
窓が夕陽の色に染まる二階の部屋の中で、いつものように遊びに来ていたエルネちゃんはいきなり俺に告白した。
「あたしね――――これからしばらく、ここには来ないわ」
「――へ?」
理由のまったく分からない内容に頭が働かない俺。
しかし彼女は、絨毯に膝をついてぐっと俺の顔に近づくと、決意のこもった強い目差しで俺のことを見つめてきた。
「えっと……なんで?」
「うん。 ……あたしね、高校を受けるんだ」
「はい?」
高校、ですか? エルネちゃん、まだ八歳だよね?
あ、いや、この国ではそういう制度になってるのか。
「えーっと……おべんきょう?」
ニヤリ、と片側の口角を上げるエルネちゃん。
「――そう。 だから、いっぱいお勉強しないとダメなの」
「そ、そうなんだ」
何か気迫のようなものを感じて、ちょっとのけ反ってしまった俺。
それを見て彼女は一瞬眉を寄せるが、すぐに目を細めた。
「ふふっ♪ ……うんっ。 でね? もし合格したら――」
「う、うん」
何故か途中で言葉を止め、またじっと見つめられる。 呼吸が止まること数秒。
そして彼女はかすかに頬を染め、俺にこう言った。
「――――ごほうび、ほしいな♪」
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努力によって、苦手だった料理を得意に変えてしまったチャロちゃん。
マールちゃんには誕生日のお祝いとしてちょっと豪華な夕食を、数日後のエミーちゃんの誕生日にはお昼に大きなケーキを作ってから、更に日にちが過ぎて。
二月もそろそろ半ばにさしかかり、木の枝の先からようやく春の気配が見え始めた頃、朝から意外なお客さんがやってきた。
「わん」
「……え?」
「にゅわ?」
「ぉおー?」
自分の部屋でくつろいでいた兄妹+エミーちゃんのもとにやってきたのは、マールちゃんに手を引かれてきたわん子ちゃんであった。
「お……おおーっ」
「……ジャス」
初めての人様の家で緊張していたんだろう。 俺達を見た途端に垂れていた耳としっぽが立ち上がり、小走りでまっしぐらにやってくるくりむちゃん。
エミーちゃん、セーレたん、俺と一列に並んで、ホームランを打ったバッターを迎えるように順番にタッチしていく。
「いえーい!」
「んっ」
「わ~い♪」
「わん」
「……お手」
「はふ」
最後に俺が両手を差し出すと、お手というよりはチン……いや、女の子にその言い方は……まあ、そんな体勢になってしまった。
「やらわかー」
「ふさふさ~」
そして、取り囲んであちこちなで始めるエミーちゃんと妹様。
「ふぁうっ!? ひぇ……」
「セーレたーん」
「……はぁい」
しっぽの先の方はいいけど、つけ根はやめてあげて? くりむちゃん、またエビ反りになってるから……。
「でも、どしたのー?」
ただ「お客様」としか聞いていなかったから、てっきりお袋へのお客さんかと思っていた。
入口で俺達を見てにこにこしていたマールちゃんに聞いてみる。
「クラリ――いえ、くりむちゃんのお父さんが保安隊の小隊長をされているらしくて、この辺りを担当されているとか。
それでお世話になりましたので、奥様とくりむちゃんをお招きしたんです」
「ほあんたい……あー」
ひょっとして、お袋が妊娠報告したときの……?
「お昼頃にお菓子とお茶をご用意しますから、それまでお願いしますね」
「はーい」
いやー、世間は狭いですなー。 ……でも、近所のママさん達が集まってくるのが幼児園なんだし、そういう縁もあるか。
「……?」
首をかしげるくりむちゃんを見ながら、俺はうんうんとうなずいていた。
ところで。
今日はセーレたん、エミーちゃん、くりむちゃんという、メンバーの中でも最右翼というか武闘派なメンバーが顔を揃えているわけですが。
「――さーて、次はなーんだ?」
「いち~♪」
「いちー」
「……わん」
さすがに幼児園の休みの日にまで、女の子アスリート達との大運動会は俺の身体が持たないのでボツ。
ということで……いつぞやにお袋が作ってくれた、文字や絵の書いたカードを見せて「これは、なんでしょう?」ゲームにしてみた。
「はーい、セーレたんとエミーちゃん、なでなでー」
「えへへ~、ひゃん」
「うわぁーい」
順調に髪が伸びてきた二人。 セーレたんは肩より下まで、エミーちゃんも耳が隠れるようになってきて、ますます女の子らしくなってきた。
特にエミーちゃん。 こうして大人しく座ってニッコリしていると、普段とのギャップで萌えレベルが急上昇。
「ぅー」
そして、不正解のわん子ちゃんは不満そうにしてる。 なでてあげたい……というか、逆にこっちから頼んでなでさせて欲しいくらいだが、ここは我慢。
残念ながら、「わん」は英語ではOKだけど〈フィラスタ語〉ではNGだからねー。
ちゃんと喋れるんだから、喋りましょう。
「はーい、次いくよー……これなーんだ?」
「おうまさ~ん」
「うまー」
「……うま」
「みんな、せいかーい♪」
頭には角がある上に脚の太さがハンパないけど、でもそれがこっちの馬だったりする。 実物見たことあるけど、スゴイよ? 角は落としてたけど。
それはともかく、ごほうびのなでなでを右から順番にしていく。
こうして並んでいると、表情も触り心地も全然違うよなーと思う。
「にゃは~♪」
セーレたんはとにかくサラサラしていて、髪のツヤは光だけでなく水も弾きそう。 指の間を通した時の感じが最高で、どれだけなでても飽きが来ない。
「にひひー」
エミーちゃんはしっとり系。 髪はちょっと硬めで、手に伝わってくる「なでていている感」が強い。
「……ん♪」
そしてくりむちゃんは、しっとりでふさふさ系。 毛が細くて思わず頬ずりしたくなる……っと、無意識に顔を近づけてたよ。
ちなみにお姫様はサラッサラのふわっふわで、ほんのわずかな風にもなびくくらいに毛が細い。 とても同性とは思えん。
俺と普通君は省略な。
「えーっと。 次は……」
新しく増えていた、動物シリーズを見ていく。
それにしても、物騒な奴が多いよな……この大蛇なんかは魔獣らしいけど、背中にノコギリみたいな刃がズラーっと並んでるし。
よし、これでいいや。
「はい、次はこれだー!」
「へび~!」
「へびだー!」
「まじゅう」
「うー。 『へび』とお答えいただきたかった……けど、ギリギリせいかーい!」
「ふひゃぁ~」
「うひゃーん♪」
「……うふ」
こうして、その日は平和に女の子達はお勉強をして、俺はなでなでを堪能しましたとさ。
身体を痛めなくて済んで、めでたしめでたし。




