81 新しいけど、ふたたび
「――――ん」
右肩をなでる冷気を感じて、目が覚める。
目を開けると周囲は薄明るく、布団と肩口間に隙間が空いていた。 すぐに内側から布団を直して隙間を埋める。
ふぅ、これでひと安心。
「うにゅ~」
左側を見るとセーレたんの顔が。 仰向けに寝ている俺に、横からくっついて眠っている。
「ひゃ……ふぅん」
少し布団に潜り込んでいて、額を俺の左肩にすりつけている。 だから目から下は見えない。
全身を密着してくれている上に吐息が布団の中にこもっていて、とても暖かい。
「……」
一瞬、せっかく埋めた布団の隙間がまた空くなーと思ったが、まあいいやと思い直す。
右手の先だけを布団から出して、俺のあごの位置に来ている妹様の頭をなでながら乱れた金の髪を整える。
「んふふふふ……♪」
俺の身体と布団に隠れて、少しくぐもって聞こえてくる笑い声。
ふと、今は何時くらいだろうと思って右側の窓を見てみるが、白い厚手のカーテンにさえぎられていて当然外は見えない。
それでも、カーテンを四角く切り取るようにわずかな光が部屋に入ってきているのが見えるし、カーテンの下からもぼんやりと光が漏れている。 だが日の高さは分からず、時間は判然としなかった。
「んん~……」
セーレたんの声を聞きながら、まだぼんやりしている頭を動かして薄明るい部屋を見回してみる。
天井と壁は見慣れた白色、だけど天井の高さはいたって普通だ。 二メートル半くらいだろう。
次に、自分達の寝ているベッドに目を落とす。 その長さは、もう一人俺を縦に並べても余裕がありそうだ。
対して横幅はセミダブル程度か。 大きくなったら微妙だが、三歳児ふたりなら十分に身体を伸ばせる。 寒いからやらないが。
ベビーベッドに比べると下が少し柔らかいことに最初は気になったが、ひと月もするとすっかり慣れてしまった。 まだまだ起きる気にならないのは、きっとそのせいだ。 うん、間違いない。
目を逸らすように、視線を窓から更に右――真横に。
ベッドの足元には、るーちゃんの部屋にあったような低いテーブルが一つ。 ただし四角く、テーブルクロスは敷いていない。 ちなみに、床の絨毯はライトグリーンである。
そのテーブルの右側の壁だけ、上部の三分の二は白ではなく赤いレンガになっている。 一階から繋がっている壁暖房だ。
再び視線を戻し、今度は窓の反対側になる足元の方向へ。
そこには、直射日光を避けるように窓側の壁に寄せられた、見慣れた本棚が一つ。 ベッドと同じくらいの幅のあるそれには、下から順番に詰めた本が三分の二くらいの高さまで。
本棚の足元には、オモチャ箱もある。
そのままぐるーっと首を左に巡らせると普通の壁、部屋の角には靴箱、そしてドアが見える。
今度はベッドの左側を見る。 視界の左下に金の髪が映り、またひとなで。
ドアの壁に沿って置かれているのは、二つの大きな洋服ダンスだ。 もちろん、俺用とハニー用とで別れている。
おまーる子ちゃんも近くに置かれているのだが、ここからは見えない。
「ふぅ」
久しぶりにじっくり見たので、ちょっとだけ疲れたような気になって息を吐く。 さすがに白く曇るほどの気温ではないらしい。
ここが、二階に移された俺達の新しい部屋であり、お袋が俺達を産んだ部屋でもある。
ハッキリとは覚えていないが……こここそが本当の、俺の新しい人生が始まった場所なのだ。 そう思うと、何やら形容しがたい感情が湧き上がってくる。
「……むにぃ?」
先程よりもハッキリとした声に目を向けると、セーレたんがゆっくりと目を開けた。
俺が見ているのに気づくと、目を軽くこすってパッチリとさせ、朝一番の笑顔で挨拶してくれた。
「おにぃ、おはよっ♪」
「おう。 おはよ、セーレたん!」
「えへへへ……にゃうん」
耳の後ろあたりをくすぐると、笑いながらいやんいやんと首を振る。
さっきとは別の意味で、なんだか起きたくなくなってきたけど……。
――コンコン。
『ジャスさまー、セーレさまー、起きてますかー?』
「はーい!」
「ふゃ……あいー」
残念ながら、もう起きる時間のようだ。
「セフィ、入るわね」
「まま、おはよー!」
「おはよ~、ままぁ~♪」
チャロちゃんが選んでくれた服に着替えた後。
アナさんの作ってくれた朝食を食べてリビングを出ると、ついこの間まで俺達が使っていた元の部屋の前へ。 ドアノブを握るアナさんのもう片手には、お菓子とお茶を乗せたお盆を持っている。
「おはようジャスちゃん、セーレちゃ~ん」
「おっはよー! ……あ、ママっ。 お盆持つねー」
ドアを開けてまず右側に見えたのは、俺達を産んだ時に使っていたというベッド。
部屋の右奥にあたる、お袋のベッドの左隣にはベビーベッドが移動されていて、お見舞いに来ていた……というとちょっと違うかもしれないが、その反対側にエルネちゃん・エミーちゃんの姉妹ズがいた。
二人とも赤いワンピースで、黒のタイツまたはソックス、というお揃いの格好。 特にエミーちゃんは順調に髪を伸ばしているので、同じような格好をしているとよく似ているのが分かる。
姉妹ズは一緒に入口までやって来ると、アナさんからお盆を受け取って俺達にウィンク。 そして、ベッドの横にある台へ持って行った。
「おはよ~!」
「うん、おはよー」
先に妹様から靴を脱いで中に入り、迎えてくれたエミーちゃんにご挨拶。
最近は少し手加減を覚えたエミーちゃん、赤ちゃんっぽかった喋り方も減ってきたのもあり、なんだか急に女の子らしさが増してきた。
「エミーたん、おはよ!」
後はよろしくと、俺の頭をなでてキッチンへ戻っていくアナさんを見送って、俺も挨拶をしながら部屋の中へ入った。
「エルネちゃん、ありがとう~」
お袋はベッドに入ったまま小さなクッキーを食べながら、エルネちゃんが注いだお茶を楽しむ。
部屋を変えてからますます体調が不安定に……つわりがピークを迎えているらしく、俺達は毎日お見舞いというか遊びに来ている。
そっとしておいた方がいいのかなと思ったが、むしろ俺達が遊んでいるのを見ている方が気が紛れるらしい。
セーレたんとエミーちゃんが、エルネちゃんの立ってるそば――移動されたソファーのところへ仲よく歩いて行くのを右に見ながら、俺はまっすぐ進んで半分になった本棚へ。
遊ぶとはいっても走り回る訳にもいかないので、適当に本を見繕ってから行くことにした。
「エミーのときも思ったけど……お腹の中に赤ちゃんがいるって、どんな感じなんだろ」
「うふふふふ。 エルネちゃんも、いつか分かる時がくるわ~」
ソファーに座っていた二人に本を渡していると、そんな会話をしているお姉ちゃんとお袋。
一瞬エルネちゃんが俺を見たので、呼ばれたかと思って俺もベッドサイドへ。
「ままー、だいじょぶー?」
「ええ、大丈夫よ~」
少し疲れているように見えなくもないけど、お袋は優しく微笑みながら俺の頭をなでてくれる。
男の俺には、お袋の大変さを想像はできても理解はできないだろうし、かといって気の利いたことも言えない……申し訳ない気持ちになる。
「気にしないで。 二回目なんだから、もう慣れているのよ~? ……うふふ」
笑いながら、少し強めに頭をなでるお袋。 うわ、顔に出てたか。
その後に、かすかに聞こえた『……あの人にそっくりなんだから』という言葉。 それには苦笑いするしかない。
「あ、ははははは……」
「くすっ、うふふふふふ♪」
「……んんー?」
微妙な表情を浮かべて乾いた声で笑う俺。 それに対して、噴き出して肩を震わせ笑うお袋。
そんな二人に挟まれて、エルネちゃんは何度も俺達を見ては首をひねっていた。
「おねー、ごほんー!」
「……え? あー、はいはい」
俺達の笑いが収まった頃、エミーちゃんからお姉ちゃんに声がかかった。
読んでほしい本があるらしい。
また俺の頭をなで始めたお袋から離れることができず――離れる気もないが、ソファーへ行くエルネちゃんを横目で見送る。
「この本を読めばいいの?」
「うん」
「せーれも、きく~♪」
セーレたんもご所望のようで、二人の間に座って受け取った本を開くエルネちゃん。
「えっと……うわっ、文字細かっ!?
まあ、いっか。 えっと……タイトルは」
「……」
地雷じゃないといいんだけど……。
なんか、そんなスメルを一寸感じた俺は、目を離せなくなってしまう。
「タイトルはー。
……。
『かいわれ伝説殺人事件・上巻』?」
「ぼへっ!?」
おいおい、どっかで聞いたことあるぞそれっ!? 確か、『週刊 かいわれを育てよう』に連載されてたアレでしょ?
単行本になってたのかよっ!? しかも上下巻構成!
そんなに人気出てたんだ……。 さすが、大御所作家だよ。 あの時はバカにしてごめんなさい。
「子供に読んで聞かせて、いい内容なのかしら……」
なでる手を止めて呟くお袋に、俺も心から同意。
しかしエルネちゃんは気にせず読み始め――。
――途中で眠ってしまった妹達二人を気にもかけず、夢中になってしまった俺達だった。
さすが大先生! 被害者全員が床に頭から突き刺さってるとか、斬新すぎるぜ!!




