75 ちょうよ、はなよ。どうよ?
初めて見る、家族以外の人の部屋。 セーレたんと二人、失礼とは思いながらもキョロキョロと見回してしまう。
お姫様の部屋は、だいたい俺達の部屋と同じくらいの広さだった。 洋服ダンスが多いから実際のスペースはそこまでないけど。
絨毯とカーテンは薄い水色で、壁や天井も、そしてタンスまで同じ。 天井には雲と太陽の絵も描かれているので、わりと開放感がある。
しかも単なる絵ではない。 太陽は照明として実際に光っているし、他にもあちこちに複数の種類の石が目立たないように埋め込まれているのが分かる。
冷房機能も、あの石のどれかが担っているんだろう。
ベッドは、大人用のセミダブルくらいのものが部屋の隅に置かれている。
ドアの近くには、背もたれイス型のおまーる子ちゃん。 茶髪メイドのエルリアさんが座っているのもそのあたり。 色違いで三つ並んでいるのは俺とセーレたんの分だろう。
本棚は、小さいものがベッドの頭側に備え付けられていた。 ブックカバーはついておらず、見えるタイトルは普通っぽい。 ……地雷とは無縁そうだねー。
まあそれは後で見せてもらうとして、目下の問題はこれである。
「うーん。 どうしよ、セーレたん」
「むむ~」
部屋の真ん中にあるのは、円形の低いテーブル。 真っ白なテーブルクロスがかかっていて、真ん中には黄色い花を数本生けた青白い花瓶が置いてある。
人様のお宅だしお姫様の服を考えても当然、暴れるわけにはいかない。
でも、三人でオモチャを広げるにもちょっと狭いんだよなぁ。 オモチャ箱は、窓の下に立派なのが二つもあるのに。
だけど幸いテーブルは小さく、床に座って使えるように足は短めなので、大人の人なら女性でも動かすことは簡単だろう。
なので。
「エルリアさーん」
「あっ、はい! なんでしょう?」
「ぼくたちあそびたいから、テーブルどけてほしーの」
「えっ!? ……あ、は、はい」
「ありがとー」
「は、はあ」
ずずずーっとテーブルを入口の方へずらしてもらい、遊ぶスペースができる。
「おねーさん、ありがとー!」
「ありがと~♪」
「い、いえ……」
「せーれたん、えらいねー」
「ひゃふん♪」
よし。 これなら積み木とか、おとなしめの遊びはできるな。
一緒にお礼が言えたセーレたんをなでながら、オモチャ箱を漁るのであった。
――そして茶髪メイドさんに見守られながら、遊び続けること数時間。
窓の外がすっかりあかね色になった頃、入口の上にある時計を見たメイドさんが声をかけてきた。
「間もなくお夕飯のお時間ですので、おもちゃを……」
「ほーい。 セーレたん、おかたづけするよー」
「は~い♪」
「え、あの……」
「はい、るーちゃんはこれかたづけてー」
「……る?」
「ジャスパー様、それは私がしますので」
「え。 あー、はい」
するとメイドさんがぬいぐるみを受け取って、オモチャ箱へ持っていった。
もしかして、夕飯までもう時間がなかったりする? ……だったら、早く片づけないといけないけどさ。
片づけが終わって、テーブルも戻してもらってからしばらくして。
ノックの音と共にドアが開いて白銀メイドさんがお盆に夕飯を乗せて持って来た。
……わざわざ持って来てくれるんだね、ここ。
俺と妹様が驚いていると、更にその後ろには黄緑色の髪をツインテールにした、たぶんチャロちゃんと同じくらいの年のメイドちゃんが続き、同じようにお盆を持って入ってくる。 その直後には、いつの間にか消えていた茶髪メイドさんまで。
合計三人分、テーブルの上いっぱいに料理が並べられていく。 ひとつひとつの皿は小さいが、かなりの量だ。
これ、どう頑張っても食べきれないんじゃない……?
「――お待たせ致しました。 お夕飯に御座います」
白銀メイドさんの言葉で、テーブルを囲んで三角形になるように俺達が誘導される。
それが終わると、るーちゃんの後ろには茶髪さん、俺とセーレたんの後ろには白銀さんと黄緑ちゃんが控える。
「あ、ありがと、メイドさん」
「ありがと~」
俺とセーレたんが前後のメイドさん達にお礼を言うと、銀髪さんと茶髪さんは無言のまま頭を下げ、初対面の黄緑ちゃんは一瞬の驚きから少し照れた表情になった。
「どうぞ、お召し上がり下さい」
「る」
白銀さんが声をかけ、その後ろの茶髪メイドさんが動こうとするけど……。
「まって。 ……るーちゃん、おれい」
「る?」
「るーちゃん。 ありがと、言うんだよー?」
「――ジャスパー様」
「だめ」
何故か止めようとする白銀さん。 いや、それくらいは言わそうぜ?
前から薄々感じてたけど、今日一日でさんざん思ったよ……。
甘やかすにも、程があるだろう?
「るーちゃん。 ありがとー、言お?」
じっと、るーちゃんの赤い目を見つめる。
自分が何を言われているか、ひょっとしてあんまり分かってないかな……?
「……」
「ごはん。 つくってくれて、うれしい?」
「る~」
こくりとうなずく。
「じゃあ、ありがと、言わなきゃ。 ……言えるよね?」
「……。
……うん」
『――っ』
周囲から息をのむ音が聞こえてくる。 ……正直、ちょっとイラっときた俺は、おかしいのかな?
単純にこの家の方針か? それとも、上級の貴族にとってはこれが当然なのか?
どちらにしても。
……そんな傲慢さ、この子には持ってほしくないわ。 友達として。
確かにちょっと変わってるけど、いい子だもん。
メイドさん達もそれは分かっているはずだ。 俺なんかよりもよっぽど。
軽く息を吐いて気を取り直し、るーちゃんに笑いかける。
ちゃんと教えてあげれば、きっとできる。
「ん♪ じゃ、言おうね。 ……ありがとー!」
「る。
……。
……。
……ありが、と」
ほら、な?
『――っ!!』
今度は、もっと強く息をのむ音。
「ん。 えらいな、るーちゃんは」
「……えへ♪」
なでてあげると、今まで一度も見たことのない、天使のような笑顔を見せてくれた。
ちょっ!? や、やべぇよその表情……俺、脳ミソとろけそう。
すると、後ろから衣擦れの音が聞こえてくると同時に、前のメイドさんが深く頭を下げた。
背後のメイドさん達が何をしているかは、次の白銀さんの言葉を聞かずとも明らかだろう。
「――私共こそ、誠にありがとう御座います」
ようやく、重かった空気が晴れたような気がする。 ……って、それは単に俺の気持ちか。
後悔するつもりはないが……年端もいかない子供が、大の大人の面目を潰すようなマネをしちまったよ。 やり方があからさま過ぎたことについては反省。
だけど、それで三歳児が謝るのは不自然すぎるよなー。
せめて「家でママに教わったことをマネしただけだよー?」というスタンスを貫くことにする。 今更、誤魔化せるかどうか分からんけど……。
でも、知らんぷり。
さーて。 せっかくの食事も冷めるし、雰囲気を変えるためにも、そろそろ食べようぜー?
客の俺が言い出すわけにもいかないので、るーちゃんの目をまた見て、軽くうなずく。 お姫様もうなずいた。
「……る。 たべ、る」
「じゃ、セーレたん、食べるよー♪」
場の雰囲気を察して少し硬い表情になっていたセーレたんにも、ちょっと明るすぎるくらいの声でにっこりと笑いかける。
「は~い、おにぃ~♪」
するとセーレたんも花が咲いたような明るい顔になり、俺達はフォークやスプーンを使い分けて豪華な料理に手をつけ始めた。
「し、失礼しますね、るー様……」
「るー……」
一方で、後ろの茶髪さんに食べさせてもらっているお姫様。 一瞬俺の方を見てきたけど、もう気づかない振りをする。
何から何まで……って、中にはうらやましいと思う人もいるんだろうけど。
時折、自分でスプーンやフォークを持ちたそうに手をピクリを動かすのを見ていると、今までずっとそうだったんだなーと、すごくかわいそうな気持ちになってきた。
ま、これから少しずつやらせてあげればいいか。 急に変えるのも酷だし、せっかくの白いドレスが汚れちゃう。
だけど……さっき言ってくれたお礼の『意味』。
信じてるからね?
「おにぃ~、おいち~!」
「うん、そうだねー! ……おっと、ほっぺについてるよー」
「ふやぁふ~」
マールちゃんとチャロちゃんも、下で同じものを食べてるのかな?
そして――家にひとりでいるお袋は、今頃どうしてるんだろうね。




