74 ふたご・いん・わんだーらんど
「るーたん、こないなー」
「うん……」
かれこれ一月以上、るーちゃんが幼児園に来ていない。
でも別に病弱で体調を崩した、とかいう訳ではなく「暑いから外に出さない」という、何ともセレブな理由らしい。
今年は特にそうだったけど……夏が暑いのは当然だろうに。 子供なんだからむしろ鍛えた方がいいと思うんだけど。
なんともモヤモヤした気分になるが、来ないんじゃあどうしようもない訳で。
「る~ちゃん……」
幼児園から帰って来るたび、ふとした拍子にしょんぼりしているセーレたんを見て、俺は決めた。
向こうが来ないのなら、こちらから行こうじゃないかと。
「ままー、るーちゃんとこ、あそびにいきたーい」
「え? う~ん……そうね~、ええ。 聞いてみましょう♪」
お袋を通じてるーちゃんのことを聞いていたので、俺達が気にかけているのはよーく解っている。
なので、あっさりとOKしてくれた。
**********
――数日後。 薄曇りで普段よりは涼しい昼下がり。
お袋を除いた俺達四人は、とある家の前にいた。
「……いがいと、ふつーだ」
「るーちゃん、いるの~?」
「はい、ここがるー様のご自宅です」
「わたしたちのお屋敷と同じくらいだよねー? すっごーい」
チャロちゃんの言うように、俺達の家とだいたい同じような、でもよく手入れされた屋敷だ。
ただし、あの子専用の別邸である。 本邸は一等区にあるらしい。
やっぱり、るーちゃんの家はウチより格上の伯爵家だった。
優秀な〈魔術師〉の家系であり、また魔導具の作製や販売までしているとか。 本物のセレブだよ。
で、俺達は希望通りに遊びに来れた。 二泊の予定。
メイドちゃんズは最初送り迎えだけの予定だったんだけど、せっかくだから勉強させてもらってはどうかということで、こんな大人数になってしまった。
かなり恐縮な話なのだが、遊びに行くのは逆に向こうの方からお願いされたらしいし、メイドちゃんズの件も快諾だったとか。
考えてみたら、これって俺達の初めての「お泊まり」なんだよな……。
「――皆様、ようこそおいでくださいました。
お久しぶりで御座います」
玄関に立つ一ヶ月振りの白銀メイドさんは相変わらずのクールな無表情で、その長身から深々としたお辞儀で出迎えてくれた。
「改めまして、私はこの別邸を預かっております、ツェツィーリエ・ビルケンシュトックと申します。
何か御座いましたら、ご遠慮なくお申し付け下さいませ」
お、おおう。 堅い人だなと思っていたが、名前もお堅いな。
「こちらこそ、大人数でお世話になります。 また、使用人として勉強させて――――」
マールちゃんとツェ、ちぇっ、ちー……りえさん、だっけ? 後でもう一回聞こう。
まあとにかく、白銀さんとのお堅い挨拶の応酬を経て、俺達は靴を脱いでようやく屋敷の中へ。
さすがはるーちゃん専用の家。 部屋ではなく玄関で靴を脱ぐらしい。
「間取りは、一般的な二等区住宅となっております。
恐れ入りますが空き部屋が御座いませんので、皆様のお部屋につきましては、お子様はるーさまと、お付き添いの方は私と同室にてご用意させて頂きました事をお許し下さい」
「滅相もありません、よろしくお願いします」
「ほぇー」
ちなみにさっきからマールちゃんしか喋っていないのは、チャロちゃんが二人のお堅いやり取りに感心しきって、ぽけーっとしちゃっているからである。
まあ、気持ちは分かるよ? うん。
ウチと同じくらいの段差の階段をてってけてーと上がると目の前にある扉の前に、焦げ茶色のショートヘアのメイドさんが立っていた。
白銀さんとは違って、目が大きくて明るそうなお姉さんだ。
「ようこそいらっしゃいました! こちらがるー様のお部屋です、どうぞ」
「はーい」
「は、はぁい」
知らない家に来て、門をくぐった辺りから俺にしがみ付きっぱなしのセーレたんと一緒に、俺は白銀さんやメイドちゃんズと別れて部屋に入る。
そこには――。
「る……」
意外に爽やかな、水色系の広い部屋の中で、花嫁のような純白のドレス姿のお姫様がいた。
「る~ちゃん!」
「りゅっ!」
るーちゃんを見た途端、俺の腕から離れて座っているお姫様に飛びつくセーレたん。
偶然にも妹様も白いワンピースなので、服の派手さこそ全然違うが、まるでお揃いみたいになっている。
「うわぁ~、なんて可愛いの……♪」
「う、うん……」
メイドさんのおっしゃる通り。
一ヶ月振りのプリンセシーズ再結成は、すっかり抗体ができたっと思っていた俺の心臓をロンギヌスの槍で貫いた。
それにしてもさ……それ、まさか普段着なの?
「――――あっと、しまった。 ジャスパー様とセレスティア様、ですよね。
私の名前は、エ・ル・リ・ア、って言います。 よろしくね♪」
ほぼ同時に我に返った、俺とショートのメイドさん。
メイドさんは俺の前に両膝を着いて視線を合わせると、分かりやすく自己紹介してくれた。
「はじめまして、エルリアたん! ぼくはジャス、いもーとは、セーレでいいよ?」
「え……」
にぱーと笑って挨拶する俺。 対して、何故か驚愕の表情で硬直したメイドさん。
ちょっと、驚きすぎじゃね?
「あ……え……うん。 よ、よよ、よろ、しく……」
「う、うんー」
「おにぃ~っ!」
あごをガクガクさせているメイドさんと、何となく目を合わせづらくなってプリンセシーズの方を見てみると、ちょうど妹様からお呼びが掛かった。
これ幸いと、毛が深くて薄い水色の絨毯を踏んで駆け寄る俺。 つーか、ふかふかすぎて歩きにくいなぁ。
絨毯の下にマットでも敷いてるんだろうか?
「おいすー」
「おいす~♪」
「る?」
右手を挙げて再会の挨拶。
セーレたんは返してくれたけど、お姫様はきょとんとしている。
おっと、久しぶりで通じなかったか? いけませんなぁ~。
「こえがちいさーい! おいすー!」
「おいす~!」
「……おいす?」
「はいもういっちょー! おいすー!!」
「おいす~っ!」
「おい、すー」
「手もあげるんだっ! おいすー!」
「おいす~!」
「おい、すー!」
テイクスリーで、二人とも右手を挙げて元気な挨拶になった。
「よっし、えらいじょー」
「きゃははは~♪」
「る、るぅ……♪」
ちょっと乱暴に二人をなでる。
よし、計算通り!
――この一ヶ月、ずっと考えていたのだ。
この不思議の国のお姫様に勝つには、先手を取って攻め続ける他にない、と!
相手の間合いに入ったら最後、特殊能力『ワンダー・ザ・ワールド』に引き込まれてしまう。
そうならないためには、こちらから常にオラオラし続けないとダメなのだ!
「よーし、せっかくだから、アレやるじょー!」
ずっとなでているのも、俺的にはやぶさかではないが。
「お~♪」
「お、おー」
やっぱり、お姫様といえばアレでしょう! ……俺もずいぶんと洗脳されてきたか?
そういえば、今気づいたけど……この部屋、やけに涼しい。 確かに内装は水色で涼しげだけど、体感として実際に。
もしかして冷房とか入ってる? このひんやりとした空気、前世のコンビニとかでお馴染みなんだが……。
流石はセレブ、そして魔導具メーカーさんだよ。 幼児園を休ませるのもちょっと分かるわ。
「ちゃいどるー!」
「ちゃいどる~♪」
「ちゃいどるー」
正三角形になるように位置を整えて座り、手を繋いで再会の儀式を始める謎の少数部族。
その様子をメイドさんは、目と口を丸くしてぽかーんと見ていた。




