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そだ☆シス  作者: Mie
さらに園児編
82/744

71 とある夏の夜のこと

挿絵(By みてみん)





 今年は雨が多くて涼しくなる。


 ……なんて話もあったのだが、どうやらそれを聞いた太陽が名誉挽回を図ったらしい。

 雨雲を散らして空に顔を出した太陽がにわかに張り切りだし、例年以上の猛暑を王都にもたらした。

 雨がやんだのは嬉しいが、なんともありがた迷惑な話である。



 窓を開け放ち、〈日の入りの鐘〉を過ぎてわずかに暑さの和らいだ空気を取り込もうとしているリビング。

 入口の上の壁に掛かっている時計の、一本しかない針がまた少し動いて「八」の数字を通り過ぎた。

 チャロちゃんの作ってくれた夕飯を済ませた俺達は、そのまま薄めのお茶を飲みながらのんびりしている。

 ちなみに今日の親父は夜勤だ。 まだ明るい内にとっくに家を出ていて、帰ってくるのは翌朝になるらしい。 お疲れさん。


「ふぃ~」

「はゃ~」


 同時にコップをテーブルに置き、至福の溜息をつく俺とセーレたん。

 その向かいで、マールちゃんがコップにお代わりを注ぎながらくすくす笑っている。

 むぅ。 「おじいさんとおばあさんみたいですね」って、失敬な。



「ん~。 そろそろかしらね~」


 夜の(とばり)の下りた窓の外と時計を見たお袋が、斜め向かいに座っているマールちゃんに声をかけた。


「はい、八時から半(とき)の間と聞いています」


「じゃ、もうすぐだねー」


「すぐなの~?」


 いつもなら、食事が終わればすぐ部屋に戻る俺達がワクワクしながらここにいるのは訳がある。

 今夜は、二年に一度の「〈盛夏祭〉」の日なのだ。

 非常に端的に言えば、花火大会である。


 この国では、昔から魔導具の―― 特に火と光に関する―― 研究開発が盛んだ。 おかげで、こうして夜や冬場でも快適に過ごせている。

 盛夏祭とは、元々はそんな専門家の研究発表会を夜に行っていたのが年々ハデになっていった結果、一般市民の見物客が増えてイベント化してしまったのが始まりだとか。 今では夜店も出るらしい。


 幼児にはちと難しい話題だと思うのだが……お袋は食後のひとときの話題として、俺達に分かりやすくかみ砕いて聞かせてくれたのだった。



「奥さまー、お片づけ終わりましたー」


「チャロちゃん、ご苦労さま~♪ ……じゃあ、そろそろ上がりましょうか~」


「はい、奥様」

「はーい、はーい!」

「は~い!」


 いくら街灯があって夜店も出ているとはいっても、その明かりはせいぜい日本のド田舎レベル。 とても女性が子供連れで外出できる時間じゃない。

 なので、高さも向きも都合のいい屋根裏部屋から見物だ。

 一昨年は赤ん坊だったし、まさかそんな日本の夏的なイベントがこの世界で見られるなんて、想像だにしていなかった訳で。

 最近、まったくしなくなった昼寝をムリヤリしてまで、この時を心待ちにしていたのだ!



「ちょわー!」

「お、おにぃ~! まって~」

「おっとっと!? ……ごめんよー」

「あい~♪」


「あらあら~。 うふふふふっ」

「こういうところは、ジャス様も子供らしいですね」

「うわ、もう上に着いちゃいましたよ!?」


 現場に急行する俺と、一生懸命ついてくるマイハニー。

 お袋達は、後ろからゆっくりと上ってきた。


「はやくー!」


「はいジャス様……もう少し、お待ちくださいね」



 二階から更に、廊下の天井から下ろした収納式の階段を駆け上がって、一同は屋根裏部屋へ。

 中はあちこちにレンガのパイプが通っていて狭いが、メイドちゃんズがあらかじめ掃除と空気の入れ換えをしてくれているので、とても清潔だ。

 その時にリビングから運んでくれていたイスに全員が腰掛け、窓を開けて待つことしばし。


 平屋や二階建ての建物が多くひしめく中で、高さが際立つ城の方。

 その更に向こうの方から、一筋の光がゆっくり夜空を駆け上がり。


 ――城の倍くらいの高さに達すると、小さく黄色い光の花を咲かせた。



『わあーーーー……』


 小さな声を漏らす俺達。

 だけど、その声が切れた頃に届いた小さく高い炸裂音と共に、花はあっさりと散ってしまった。

 しかしそれを皮切りに、次々と流星が地上から表れると、色とりどりの花が夜空に咲き始めた。

 次々と咲いては散ってゆく、光の花々。


「きれい……」

「はぁ……」

「うわー」

「すごいわね~」

「おはな、さいたぁ~♪」

「……」


 誰からともなく順番に呟く声と、遅れて聞こえてくる軽い炸裂音。



 ――ハッキリ言って、前世の花火とは比べものにならない。

 凝った仕掛けもなければ、大きさも全然だ。 見上げるほどの高さもない。

 この程度、向こうの世界であれば話の種にもならないかも知れない。


『ぁ……』

『――ゃん……』

『ど――』


 だけど、俺は――――。



「……」



 すぐ横に入るみんなの存在さえ忘れ、魅入られながら。


 ひとり、いつ見たのかも思い出せない過去の景色(イメージ)を、ぼんやりと重ねていた。




**********



 空気を震わせ、つんざくような音と共に降り注ぐ、目がくらむ程に(きら)びやかな光の奔流。

 次々とやって来る多彩な色に、全身を染めながら石の斜面に寝そべるシルエットは、無骨で直線的な周囲とは対照的に(なま)めかしい曲線を描いていた。



「やれやれ。 遠くから眺める分には(みやび)だろうが……こうも近いと五月蠅(うるさ)くて敵わんな」



 仰向けになり眩しい夜空を見上げると光の大輪の中に、星とは異なる、不規則に動き回る光点がいくつか見える。

 そのどれに焦点を合わせるでもなく、ぼんやり空を見つめる眼鏡の少女。 そのメガネのレンズに、光の花が映る。



「――まあ、(たま)には付き合ってやるとするか。


 今日は賓客も居る事だしな……んふふふふふ」



 かすかに上半身を震わせるシルエット。

 しなやかな腕と指が、ゆっくりと天を指して止まった刹那。




 ――指先から、巨大で精緻(せいち)な光の円陣が衝撃波のように広がった。




**********



 多くの見物人達が空を見上げ、打ち上がる花火に目を奪われている中。


 それは、一筋の流れ星から始まった。



「――あ」


 夜空を真横に切り裂くように、西から東へゆっくりと光の直線が引かれていく。


「おお……」


 流れ星の先端が通り過ぎると、周囲の星々が急激に光を増してゆく。


「……なに、これ」


 黒い紙に砂浜の砂を散りばめたように、空全体がまばゆい星の光で埋め尽くされていく。

 全天が輝き出すと光の線は消え、今度は星々そのものが変化を始める。


「す、すごい……」


 ある星は白から赤へ、また別の星は黄色から緑へ、そしてまた違う星は青から白へ。

 次々と色を変えていく星たち。 中には、点滅を始めるものまで現れる。



「い、一体、何が……?」


 いきなり始まった、まさに天変地異と言える謎の現象。


「……これって、まさか」


 最初は、戸惑いと恐れを含んだざわめきが多数を占めていたが。


「そうだよ、こんな事ができる方といったら……」


 星々の変化と共に、その声はやがて感嘆のそれへと変わってゆく。


「ああ、こんな事ができるのは――」



「聖母様しか、いないじゃないか」



 ……だが、変化はまだ終わらない。

 動かないはずの星々が、様々な方向へゆっくりと動き始めた。


「なんて綺麗……」


 尾を引きながら大きくカーブして円や波線を描くもの、少しずつ速くなって流れ星となるもの。

 たとえ飛び去り消えてしまっても、夜空には次々と新しい星が生まれ、輝きを強め、また動き始める。


「うわ……」 


 そしてさらに、不規則に動いている中で特定の動きをするものが現れ始めた。

 周囲の星達集まってあちこちに群を形成し、それがぐるぐると渦を巻くものまで現れ始める。


「…………」


 想像の規模をはるかに超えた光のショーを前に、見物人達は次第に声を上げることも忘れていき、王都全体が静寂に包まれる。

 誰もが時間を忘れて魅入っているが、しかし時間は確実に過ぎていく。

 やがてショーは、クライマックスを迎える。


 いつしか、新たに生まれる星はなくなり、すべてが数十の星団に集約されていく。

 更に星団はそれぞれの中央に凝縮されていき、強烈な光を放つ一つの星へと変わっていく。



 そして――――。



「――っ!?」


 空全体が一瞬白く光り、数十の星のかたまりが一斉に弾けた。

 凝縮されていた小さな星達は様々な色の尾を引いて、放射状に広がっていく。

 しかもその一部は、光の粒となって王都のいたる所に降り注いだ。


「ふわぁぁぁ……」



 それはまるで、夏の夜に降る、キラキラと輝く雪のようだった。





「――偶には、こんな趣向も悪くあるまい」



 少女の呟きは誰にも聞こえることなく、舞い落ちる光の粒と共にひっそりと消えた。





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