68 だって、仕方ないじゃなーい
ザーーーーー。
外の雨音が、やけにハッキリ聞こえてくる。
気温もちょっと、下がったような気がする。
「え、えっと……」
「……」「……」
「にゅふぅ~♪」
三人の沈黙を絶妙のタイミングで破って、熱いお風呂に入ったような、気持ちよさそーな声を出す我が妹様。
思わず顔が引きつる。
「ぽよ……じゃなくって。 あ、あのー、ジャスさま?」
「は、はい」
チャロアさん? その、何とかガンバって作りましたよー的な笑顔が、心に痛いです。
そして無言のお袋。 まばたき、早すぎです。
「…………それ、なななんな、なんですかぁ?」
「え、えっと……。
……。
……。
なん、でしょうねー?」
「…………」
さすがにココまでバッチリ見られたら、なんにも思いつかねーってばよ!!
「なにって、あのジャス――」
「えへへへぇ~~~っ♪ おにぃぃ~~?
きぃもちぃ~~、いひのほぉぉぉ~~~~♪」
『…………』
せ、セーレたん……。
なんて、タイミングで……っ!
沈黙がっ! 沈黙が……痛いよっ!!
「――ジャスちゃん」
ついに、お袋が口を開く。
「は、はひ」
「とりあえず。 中に入って、いいかしら~?」
いつも通りの、包み込むような笑顔を見せてくれる。
「――ね?」
「…………うん」
それを見たら、力が抜けた。
**********
部屋の中にいる四人。
広い部屋なのに、全員が一カ所に集まって一点を凝視している。
「わ……わわっ」
目の前に座り込み、人差し指を伸ばして触れては引っ込め……という動作を、さっきから繰り返しているチャロちゃん。
当初の驚きがナリを潜めると、今度はオレンジを帯びた黄色い瞳を宝石のようにキラキラと輝かせている。
耳としっぽは動きっぱなしだ。
「あらら~」
珍しいことに、ちょっと真剣な表情で目を細めている、チャロちゃんの後ろから見ているお袋。
肩越しで前屈みになって首をかしげ、はらりと目の前に落ちてきた長い金の髪を後ろに払っている。
まるで近視の人みたいだが、普段の視力はむしろいい方だと思う。
「……」
そんな二対の瞳と向き合って、所作なくもじもじしている俺。
どういう表情をしていいのかも全く分からず、ただただ見ているしかない。
そんな俺達全員の視線を独り占めしているのは、言うまでもなく――。
ぷるる~ん。
「ほぇ~」
半透明の大きなジェル状の物体。 すなわちスライム。
そして首から下をすっぽりと飲み込まれ、とろけた表情をしている我が妹様である。
「うわ~。 あったかくて、ぷるぷるしてますー。
……セーレさまも、気持ちよさそう」
一度触れたら落ち着いたらしく、チャロちゃんは、指で押してはぷるんと震えるスライムを半ば遊びながら興味深そうに見ている。
「危険は、ないみたいだけれど……このもやもや、何なのかしら~」
もっとよく見るためか、お袋はチャロちゃんの隣に座って、何やら考えながら観察している。
「えっ? 奥さまー。 これ、すっごくぷるぷるしてますよー?」
「えっ、そうなの? ……あら、本当だわ~」
何事にも物怖じしないお袋が、珍しくおずおずと指を伸ばして、スライムに触れた。
「もやもやしているのに触れるなんて、ふしぎね~」
――ん?
「あのー、奥さま。 見るからにぷるる~んとしてますけど?」
「……え? チャロちゃん、あなたには、これはどんな風に見えているのかしら?」
「どんなといわれても……見た通り、すっごくぷるぷるしてますよ?」
ひょっとして、俺達とお袋でコイツの見え方が違う……?
「ままー。 ままにはコレ、どーゆーふうに見えてるの?」
「え、ええ~。 セーレちゃんの首から下が、うっすらと『もや』みたいなものに覆われていて~。
その周りごと、ゆらゆらと揺れて見えるわね~。」
――つまり、ハッキリ見えていないと?
「みんなには、もっとハッキリと見えているみたいね~。
チャロちゃん、。 他には何が見えるとか、感じるとかあるかしら~?」
「はい、かなりごちゃごちゃしたというか、どろっとしてるというか……?
魔力の気配の『かたまり』みたいな感じが……」
「魔力……う~ん」
お袋は、手を口に当てて何かを考え込んでいる。
これ、魔力じゃないの? 何か問題があるのか……?
「――ジャスちゃん。 これ、ジャスちゃんが出したの~? セーレちゃんじゃなくて?」
「う、うん。」
「ジャスちゃんは、ほとんど魔力を持っていないと思っていたけれど」
「そうですよねー。 セーレさまは大きな魔力を持ってますけど」
……え?
確かに、ほとんどない人もいるけど、みんな魔力は持ってるよね?
つーか俺、魔力がないって思われてたの!?
「ジャスちゃん。 セーレちゃんを覆っているこれ、解いてくれるかしら?」
「う、うん……」
魔力を生活にたくさん利用してるっぽい世界で「魔力なし」という、もしもテンプレだったら家を追い出されてるパターンの認識だった!!
いやまあ……たとえそうでも、俺を追い出すような家族じゃないのは分かってるけどさ。
俺はゆっくりとスライムを回収した。 もちろんそんな状態でも、妹様をそっと絨毯に寝かせてあげることは忘れない。
「ふひゃぁ~~」と、吐息と声を漏らすセーレたん。 俺達が話し込んでいる間にすっかり眠ってしまったようだ。
「わわっ、ジャスさまの中に戻っていきましたっ!?」
「やっぱり……」
なんかもう、俺のやること全部が非常識? ……いや、いろいろ年不相応なのは自覚してるけど。 精神年齢はアレだし。
で、何か気付いたのお袋?
「えっと、なにかわかったのー?」
「たぶんだけど、これは〈オド〉だと思うわ~」
「ええっ!? で、でも、オドをそのまま使うなんて……」
「だけど、魔力の気配もあるのだから、そうとしか考えられないわ」
「うわー……何をどうしたら、オドなんて使えるんですかぁ」
えっとー。 話してるところ悪いんだけど。
「『オド』って、なに?」
「そうね~。 ジャスちゃんは、魔法や魔力は知っているのかしら?」
「うん。 まりょくがないと、まほうが使えないんだよねー」
「そう。 よく知っているわね~。
魔力は魔法の素。 ……じゃあ、魔力の素は何かしら?」
え? それは……もしかして。
「あっ!?」
「そう♪ その魔力の素が『オド』なの。 魔力というのは、オドの中から取り出すのよ~」
「ほへー」
つまり、魔力をガソリンとするなら、『オド』は原油になる訳ね。
そして、魔力を爆発させたのが魔法、と。
「それにしても。 オドなんて、重すぎてとても動かせないものなんだけれど……どうやったのかしら、ジャスちゃん?」
「え、うんー。 ……なんとなく?」
どう、と言われましてもねぇ?
頑張ってハッスルしたら、デキちゃいましたぁ♪ と言うしか。
「まだ、ちょっと信じられないですけど……。
奥さまー。 というコトは、これは危ないモノじゃないんですね?」
「ええ。 だから――」
「だったら……」
そうして顔を見合わせると、突然同時に俺の方を見る二人。
急にあふれ出した笑顔にビックリ。
「な、なにー?」
「それで、私を包んでみてくれないかしら~?」
「それでわたしを、包んでほしいですーーっ♪」
――――え?
な、なんか、ガップリと食いつかれちゃいましたよ?
「だぁってぇ~。 セーレちゃん、こーんなに気持ちよさそうなんですもの~♪」
「わたしも体験してみたいですー!」
「ふにゃぁぁぁぁ。 おにぃ~……♪」
うっとりとした表情で眠っているセーレたんを見ながら、頬を染めながら熱い思いを語る二人。
「そ、そうなんだー。 ……ま、まぁ、いいけど」
「やったぁーっ!! ではでは、最初は奥さまからですねー」
「うふふふふ~♪ チャロちゃん、ごめんなさいね~?」
ものすっごい、ヤル気まんまんの二人。
ついさっきまでの、ちょっとシリアスっぽい空気は一体何だったのよ?
そして――。
ぷるる~ん。
「ああっ♪ はああ~~~~~~ぁん♪」
ぷるり~ん。
「ふわぁぁぁあああああ♪」
スライムの餌食が、増えました。
「おにぃ~♪ むにゅぅ……ん」
やっぱり、遺伝なのかね?
コンコン、ガチャ!
「ジャス様失礼します! 中から変な声が――」
「あ」
「ああぁぁぁぁ♪」
「はぁぁぁぁぁ♪」
「こ、声……こ、え……が」
「……」
「……」
その後のことは、言うまでもあるまい。




