698 さあ、お手を拝借。
――広い広いホールで、男の子と女の子が踊っていた。
大きな窓からお昼を過ぎた光が差し込んで、木の床が鏡のようにつやめき、二人の姿を明るく照らす。
けれどその踊りはとても激しかった。 目が回りそうなほど速く、床を踏む音が絶えず鳴り続けている。
でもそれが、音楽の代わりになっていた。
「ほっ! たあっ!」
「にゅにゅ~ん」
男の子は両手に短い剣を持っていろんな風に踊り、女の子はそんな男の子から決して離れないとばかりに立ち位置を変えながらくるくると舞う。
厚い布を巻いた練習用の剣や女の子の小さな手足とはいっても、当たればかなり痛いはず。
なのに二人は、のびのびとそれらを相手に向けて振り回している。
絶対に当てない、当たらない……ううん。
たとえ当たっても気にしない。
そう思っているのだ。
「あああああーーもうっ!」
「うふふふふ~ん♪」
目まぐるしく動いて、だけどずっと見つめ合って、とても楽しそう。
金と銀の髪がキラキラ輝いている。
気がつけば、私は床に突っ張っていた両手の力を抜いて、二人の踊りをぼーっと見つめていた。
「では、失礼します」
「まったねー♪」
エミーちゃんはぺこりと頭を下げ、エルネちゃんは小さく手を振りながらウィンクをして、一緒に道場を後にする。
今日はるー君とこの仕事の日なのに、わざわざその後でエミーちゃんを迎えに、ついでにセラさんとローザさんにも挨拶を――というかたぶん本命は逆なんだろうけど、それで来てくれたらしい。
二人姉妹の後ろ姿、よく手入れされた茶色い髪が艶やかに輝く。 少しずつ日が長くなっているとはいえ、まだまだ日暮れは早い。 間もなく夕方に差しかかろうという時間だった。
「ああ、疲れた……」
俺は広い道場の玄関でガックリと肩を落とし、思わずへたり込みかけた。 ため息と一緒に、それ以外の何かが口から漏れそうになる。
近頃の運動不足の解消にと、ほどほどに――ハニーもそんな俺に合わせて流してくれていたが、だんだん乗ってきてハイになってたもんだから、ずいぶんと長く手合わせしていた。 おかげで全身ガクガクである。
「えへっ、楽しかったね~♪」
隣のセーレたんもさすがに若干疲れた雰囲気を醸しているが、その笑顔はとても満足げで花のよう。
すぐ後ろでは、セラさんも「あー、いい運動したわー」と伸びをしながら朗らかに笑い、その横でローザさんがやや疲れた表情で自分の腰の後ろ側をさすっていた。
「……」
ひと休みして引いたハズの汗が、頬を伝う。
俺……もしかしてセラさんじゃなく、ローザさん寄り……?
もっと体力をつけなければ!
道場を閉め、外の光がいよいよ黄色みを帯びてきた頃、居住部の方にチャロちゃんとニアちゃんがやってきた。 二人はそれぞれ、セラさんとローザさんが持ってきたカバンを手に提げている。
自分の身体よりもはるかに大きい荷物をぶら下げて半透明の羽を羽ばたかせる我が娘ではあるけど、そもそも俺を宙に浮かせてセスルームまで連れて行ける力があるのだからまったく問題はない。
「初めてのお泊まりだねー!」
「だな」
今日、セラさんとローザさんにはこっちで泊まってもらうことになっている。 まさに初めてのお客さん。
ごくたまにココで一夜を過ごしているらしい、秘密のゲストも本当はいるのだが……。
ともかく、そのため荷物を運んでもらったのだ。
こっちにも(一般人が)使えるベッドは一つしかないが、それなりに大きいので二人なら十分に羽を伸ばして休めるハズ。 昨日に続いて向こうの家に泊まってもらってもよかったんだけど、道場に招待するついでに一泊どう? という俺の提案に二人がうなずいてくれたのである。
なお、さすがに二人だけで泊まってもらうのは何なので、今夜はニアちゃんが付き添ってくれる。 あの子なら、一緒にベッドに入っても狭くならないしな。
言うまでもなく。
居住部の中を一通り案内したとき「二階の行き止まりの謎」に気づいたセラさんには、耳打ちでくれぐれも詮索しないようお願いしておいた。
「上によろしくね」
「はいですー」
チャロちゃんは靴を脱ぎ、マイドーターは飛んだまま階段を上がっていく。
ちなみに、セラさんはシャワーを浴びているところ。 風呂の方はまだ沸かしている最中だけど、シャワーのお湯はそれとは別に使えるのだ。
稽古の後にすぐに浴びれるように作られているんだけど……今更ながら、なんと贅沢な設備か。 さすがにセラさんもビックリしていた。
ローザさんには夕食後、のんびりと湯船に浸かってもらう予定である。 しばらく座りっぱなしだったから今は立って身体を動かす方が逆に楽だと言って、今はマールちゃんと一緒に台所にいる。
マイシスターもお手伝い中である。
「あっ、チャロ来ました?」
チャロちゃん達が階段を上がっていった直後、背後のドアが開いてマールちゃんが顔を出した。 運動後の空きっ腹にはたまらない、美味しそうな匂いが玄関に流れ込んでくる。
夕飯の支度からあぶれてしまった俺は上の勉強部屋でぼーっとしていたのだが、たまたまトイレに下りてきたところだった。
……途中、風呂場のドアからシャワーの音とセラさんの鼻唄がかすかに聞こえて、なんともドキドキさせられた。
「うん。 今さっき」
「でしたら、チャロにセラさんのお着替えを持っていってもらわないと……」
「あ、そうだ」
タオルくらいはこっちにも常備してあるけど、着替えはなー。 ……でないと、靴にバスタオルを巻いただけの格好で廊下に出て来かねん。
お袋も、向こうの家でたまーにタオルや着替えを持って入るのを忘れるからな。
アレは心臓に悪い。
「ふぅ、いいお湯だったわー♪」
頬を淡く染め、しっとりとした金髪に部屋着をまとったセラさんがリビングに戻ってきて、夕食タイム。
ハニーは本格的に暗くなる前に、メイドちゃんズと三人で家に帰った。 俺も、この後でニアちゃんに送ってもらって向こうで食べる予定なんだけど……ローザさんの勧めと空腹に耐えかね、ちょっとだけ摘ませてもらうことにした。
マールちゃんの味付けとはちょっと違う、でもなんだかほっとする味に頬が緩む。
メイドちゃんズがいない代わりに、マイドーターがミニスカメイド姿でテーブルの真ん中に陣取り、張り切ってお茶のおかわりをアピールしている。 かわいい。
「それにしても、すごいお屋敷ねえ……」
俺の感想に微笑んだローザさんが、食卓のすぐそばにあるオープンキッチンに目をやって感嘆する。
なにしろ風呂も水道も暖房もほとんどが完全魔導式、しかも最新型だもんなあ。 冷蔵庫はないけど、それは単にココで日常的に生活することを想定していないだけだ。
セラさんでさえ、一人で全部を賄おうとしたら暖炉はせいぜい夜だけ、それでもシャワーは到底無理だろうって言ってたし。 必要な魔力量がハンパないのだ。
今日は俺とハニーとで暖炉と風呂焚きの魔力をチャージしたから、シャワーも使えたし暖炉も朝まで保つんだけど。
ちなみに我が娘だったら、きっと道場の照明とエアコンまでフル稼働させて、更に家の屋根や外壁をイルミネーションで飾りまくってもたぶん余裕――。
「んー? やってみるー?」
「……いや、いい」
コッチに呼び寄せて頭をなでなでしていたら、俺の考えが伝わったらしい。 ウチだけ急にルミナリエになったら、ご近所さんがビックリするって……。
謎のやり取りに、セラさんとローザさんが首を傾げていた。
「あら、もういいの?」
「うん」
セラさんの問いかけに首を縦に振る俺。 これ以上食べると、本番の夕飯で何も食べられなくなる。
ああ……ローザさんが作ってくれたおかず、ちょっともらって帰ろうかな? 親父が喜びそうだ。
片付けにセラさんが立ち上がったので、俺もニアちゃんと共に手伝う。 キッチンの鍋の中身はまだ残っているようで、明日の朝ご飯になるんだろう。
テーブルの上がキレイになり、再び席についてお茶を飲んでまったり。
少しくつろいでから、二人は順番に歯磨きも済ませた。 ローザさんはお風呂にも入った。
「――さて、と」
セラさんと寝間着姿になったローザさんが、同時に目を見開き俺の顔を見る。
今日この日、道場へ泊まることを提案した理由は他でもない。
外は日が落ちて、とうに真っ暗。 時間は限られているため、少々巻き気味である。
「旅の疲れ、存分に癒して頂きましょうか」
『ひっ』
肩を震わせ、しゃっくりのような声を上げる二人。
昨夜は比較的ゆっくりと眠れたとは思う……が、慣れないベッドに孫と一緒。 精神的には癒されたかもしれないけど、肉体的な疲れは多少なりとも残っていることだろう。
ということ、本日ご用意したのは。
特に、この寒い時期の夜。
足から腰、下半身全体にかけての疲労によーく効き、身体の芯から温まる――。
『温感プルプルマッサージ』。
今日から親父が大会出場のための公休に入るため、安心して施術を受けられるのはココしかない。
防音性能は何度も実証されているし、風呂と着替えもバッチリ。 そのまま寝ても大丈夫。
介抱はマイドーターが請け負ってくれる。
まさに完璧。
「な、何をするの……?」
(たぶん)期待に震えた声で、セラさんが訪ねる。
ローザさんは俺と同じ碧の瞳を潤ませ、うさぎのように震えていた。
「『腰から下が溶けてなくなる』と、ママ達からは評判です」
『ひぃっ!?』
意味深に薄く微笑むと、イスから浮き上がるように飛び跳ねる二人。 特に、しっぽを持つチャロちゃんには効果覿面だったなあ……。
とまあ、脅かすのはこのくらいにして。
実は今回のコレは、月イチの「セスルーム定期訪問マッサージ」の代わりでもある。
「ということで……最初はどちらから?」
『……』
セラさんとローザさんが緊張した表情で、アイコンタクトを交わす。 チラチラと数回のやり取りを経た後、セラさんがおずおずと手を挙げる。
その手は震えているが、口元はかすかに緩んでいた。
「ではお嬢様、お手を」
「……え、ええ」
先に俺が席を立ち、セラさんの手を取ってエスコート。 ニアちゃんは、テーブルの上で手を振ってお見送りだ。
明日からはいろいろとバタバタするので、今夜は気持ちよ~く、ぐっすりと眠ってもらいたい。
失神ではなく。




