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そだ☆シス  作者: Mie
大会編
730/744

688 ストリップではありません(前編)





 シンガポールの人口密度並に中身の濃い滞在が終わり、俺はやっとシャバへと帰還した。

 ふんわりと上品な香りの漂う館も素晴らしいものではあったが、やはり庶民派の俺としてはこっちの方が落ち着く。

 昼前のよく晴れた、寒いけど清々しい空気を吸いながら、俺とニアちゃんは空から直接自宅へと飛んで帰ることになった。 当初は馬車を出してくれる予定だったらしいんだけど、だいぶ良くなったとはいえ馬車の振動は身体にあまり良くないと判断されてしまったのだ。

 飛ぶことにもすっかり慣れ、上空からでも建物の形や屋根なんかで、自分の家のある地区がだんだん近くなってきたのが分かる。 そこまで近づけば、自宅を見つけるのも――おっ、アレだな?

 庭に草や土とは違う、明るい色の何かがチラチラしてる。

 どうやら洗濯物でも干しているみたい――。


「あっ、マールちゃんがいるよー」


「え?」


 我が娘が言うには、マールちゃんがこっちに向かって思いっきり両手を振っている。

 ……らしい。


「えっ、どこ?」


「ほら、アレだよアレー」


 肩に乗るニアちゃんの声を耳元で聞きながら、目を凝らしてよーく見てみる。 その間にも距離が近くなり、しばらくして俺にもなんとなーくそれらしい輪郭が視認できるようになってきた。

 白か青っぽい何かがヒラヒラしてるなーと思ったら、洗濯を干している横のそれがマールちゃんのようだ。


「……」


 この距離から見ても、服や髪の色でひょっとしたらマールちゃんかなー? ってくらいしか解らないんだけど……。 今日は火の日でマールちゃんは休みのハズだったから、なおさらすぐに思い当たらなかった。

 しかし、シャボン結界だってそんなにハッキリ見えるモンじゃないってのに、よく地上から俺達のことが分かったね。


「――♪ ――♪」


 南に輝く太陽にも負けない笑顔で、私服のマールちゃんが両手をぶんぶん振っている。 口パクで声を出していないのは、たぶんご近所迷惑だからだろう。

 表情も分かるくらいの高度に降りてから、俺も笑顔を返す。


「ジャス様っ、ニアちゃん! お帰りなさあーいっ♪」


「やっほーい♪」


「うん、ただいま」


 マールちゃんは一人で洗濯物を干していたようで、空っぽのカゴを足下に置いた横で両手を振ってくれている。

 間もなく着陸、シートベルトはございません。


「さあ、早くこちらへ♪」


「うん! あ、えっと……ごめん。 もうちょっと下がってくれる?」


 俺達を追いかけるように、手を振りながら庭の真ん中へと歩いていくマールちゃん。 ……が、ちょうどそこへ着地するつもりだったので困る。

 それでこっちが修正するとマールちゃんもまたそっちへ動くし、まるで狭い通路ですれ違おうとして失敗しているようになってる。


「さあ、こちらへっ♪」


「いや、だからね? そこに着地するから、動かないで――」


「はいっ、こちらへどうぞ♪」


「……おーらい」


 結果、センターフライでワンアウト。

 とても柔らかかった。




 新年四日目の帰宅。

 ダイレクトキャッチこそ想定外だったものの、トリプルプレー自体は想定内であった。


「お帰りなさいませー♪」


「んむっ」


 はい、ツーアウト。 マールちゃんと一緒に入った玄関で、紺色のメイド服を着たチャロちゃんのお迎えである。

 それにしても――たった数日振りでも、久し振りの我が家に入るとすごくほっとして、全身の力が抜けるなあ。 そしてゆっくり息を吸って吐くと、普段ならほとんど意識しない、とてもいい香り。 生活「臭」ではなく、芳「香」だと感じるのは、玄関がとても明るく掃除が行き届いていているからか。

 ……それとも、住人の過半数が美人・美少女だからなのか。

 ちなみに、ウチの女性陣の中ではスキンシップ控えめのチャロちゃんだが、それでも普通にハグや軽いチューくらいはしてくれる。


「お身体を痛めたって聞きましたけど、大丈夫ですか?」


「……うん、まあね」


 マールちゃんにもさんざん聞かれたので、ちょっと苦笑気味な答えに。 くまなくボディチェックされたもんなあ。

 指の一本一本まで確認する徹底っぷりだったもの。


「あれ……? それは?」


 ハグから離れたチャロちゃんが、俺の後ろにいるマールちゃんを見て小首を傾げた。

 ご機嫌に揺れていた白いしっぽが、まるで「?」を表すように上を向いて曲がっている。


「お土産、だそうなんだけど」


「はあ」


 要領を得ない風なマールちゃんの答え方に、チャロちゃんもまた、オレンジがかった黄色い目をパチクリさせる。

 俺が手渡したのは、庶民には買い物などでおなじみの布のカバン。 その中には、まさに買ってきたようなお野菜や果物がいろいろと入っていた。


「あはは、それね――」


 まー確かに、城にお呼ばれされたのにそれが「お土産」って言われれば、首のひとつやふたつも傾げよう。

 俺の話を聞かなければ、な。


「グレゴール殿下が専用の農園で育ててるヤツ。 今朝もらってきたんだ」


『え゛……』


 前後で、二人の絶句がステレオと化した。

 今朝、第一王子様が来て屋上庭園を見せてくれたついでに、その場でどーぞと言われたのだ。 で、俺がこの手で取ったり摘んだりしてきた。 けっこう楽しかった。

 マールちゃんは目をまん丸にし、近寄ったチャロちゃんと一緒にカバンから取れたての作物を取り出す。


「な、なんてキレイな……」

「虫食いが、まったくないよ……?」


「あははっ」


 うん。 二人が驚くのもムリはない。

 いつも店で買えるのは、多少形が歪んでいたり、土がついていたりするのは当たり前。 特に葉物だったら少々の虫食いなんかは逆に質が良い証しだし、虫の卵や幼虫がくっついていることだって珍しくない。 ちゃーんと洗って、ダメなところさえ取れば問題ないからな。

 それに比べて、殿下の農園になっていたのは完全無欠な作物達。

 ハウスだから虫なんてつかないし、病気もほとんどなし。 加えて徹底管理されて育っているので、色つやや形・大きさに至るまで、すべてが一級品だ。 もちろん、味もな。

 向こうの食卓でご馳走になったのも一部がそうだったっていうし、農園でも採ってそのまま食べでも大丈夫だと言われて試食してみたけど、本当にビックリしたもの。

 これならきっと、「女将(おかみ)を呼べ!」が口癖の美食家だって納得するだろう。

 っていうか……万が一にでも呼んじゃったら、女将どころか王族が出てくるのでオススメしない。


「殿下が、みんなにどうぞって」


 マールちゃんとチャロちゃんが、丸くなった目をそれぞれが手に取った野菜と果物と、俺の顔とを交互に見る。

 そして、ぽつりと呟く。


「ど、どうぞって……おっしゃられましても」


「お、お、おお、恐れ多くって、食べりゃれないよぉぉぉー……」


「ええーっ? 食べないと腐っちゃうよー?」


 うむ、マイドーターの言う通り。 気持ちは分かるけど、観賞用じゃないからね?

 まるで宝石でも扱うかのような慎重さで、作物をそーっとカバンに入れ戻すメイドちゃんズであった。


「ただいまー」「ただいまだよー」


 急に歩くのが遅くなったマールちゃん――カバンを持つ手が震えていたので、その手をそっと握りながらリビングに入ると、奥のキッチンで料理していたらしいアナさんが振り返った。

 少し癖っ毛なショートの髪が、振り返った勢いでふわりと浮き上がる。


「ああ、お帰りなさい」


「……うん」


 腰を捻った姿を見ると、改めてアナさんのプロポーションのスゴさが際立つな。 着てるのはメイド服だっていうのに、身長の高さとそのスタイルのせいでグラビア系のモデルみたいだよ……。

 でも、コンロで煮込んでいるらしい鍋からは、ちゃんと美味しそうな匂いが流れてくる。 今日のおやつ――軽食のメインは、寒い冬の日には多いスープ系のようだ。

 特にアナさんが作ってくれる場合、スイーツよりも軽食っぽい方が多い気がする。


「エルネもエミーも心配していたわ」


「あー……。 次、会ったときにお礼言っとくよ」


「ええ」


 どうやら昨日、ウチに来て俺のことを待っていたらしい。

 特にエルネちゃんは昨日までは仕事の休みで、今日からるー君とこでの仕事が再開だ。 会えるのは来週になるかもな。

 そういった話をしながら隣のシンクに行き、手洗いとうがいをする。 終わると、アナさんはマールちゃんからお土産の袋を受け取り……固まっていた。

 それほど量は多くないんだけど、アナさん達の分も一緒にもらってきたのでお裾分けどーぞ。


「ところで、セーレちゃん達は?」


「向こうよ。 そろそろ帰ってくるでしょう」


 硬直の解けたアナさんに聞いてみると、お袋と道場の方へ行っている模様。 それにリソ君と、連日の仕事から帰ってきた親父も一緒に道場で遊んでいるようだ。

 確かに、時計を見るとそろそろ帰ってきそうな時間である。

 お願いするまでもなく既にお湯を沸かしてくれているので、あったかいお茶を飲みながら待つとしよう――。


「お帰り~~~♪」


「はぶっ」「あむん」


 で、帰ってきて目の前で床にひざをついたお袋に抱き締められ、スリーアウト。

 我が娘もろとも巻き込んだ、その包容力とボリュームは圧倒的であった。

 昨日まで俺が城で寝ていた、神様ご愛用のベッドさえ上回るほどのふわふわ。 というかほよよん。

 三六〇度まんべんなく包まれる夢心地に、花のような甘い香り。 更には、上から女神様の祝福のようなキスの雨が額や髪に降り注ぐ。

 もはや寝具を超えた神具である。


「筋肉痛って聞いたけれど……もう大丈夫みたいね~」


「ふぁひ」


 蒼い瞳を輝かせ、慈愛に満ちた微笑みを浮かべるお袋。 俺は浮かばれるかと思ったけどな……。

 厚めの白い服も、お袋が着れば立派なドレス。 俺の存在がホワイトアウトするところだった。


「ほよよ~ん……」


 ニアちゃんは、よじ登ったお袋の肩の上で三頭身の頭をフラフラさせていた。 身長よりも長い髪を揺らしてバランスを取っているようだが、両目は蚊取り線香になっている。

 俺も窒息を逃れてなんとか白い雲間から上に顔を出すと、テーブルに着いていた親父がラフな格好でお茶を飲みながら「よう」と軽く手を挙げているのが見えた。 全身黒とか、カッコイイじゃんか。

 まだ完全に抱擁を解かれていないため目線で返したが、それだけで十分に通じる男どうしのやり取りはそれはそれでいいものだ。

 と、そこへ。



「……お兄ちゃん」



 振り返ると……白と金。 冬の日だまりを形にしたような女の子が、リビングの入口に立っていた。

 隣で手を繋いでいるのは、太陽みたいにニコニコしている小さな男の子。

 言うまでもなく、我が愛しの姫君と王子様だ。


「おかえりなさい」

「おかめりー!」


「うん」


 久し振りに見てみれば、やっぱり可愛いものだ。

 いや、毎日見ててもそうなんだけど。


「……」


「?」


 セーレたんはどうしてか、繋いでいない方の手を胸元に当ててもじもじしており、リソ君がそれを不思議そーに見上げている。 俺もそうだ。

 てっきり飛び込んでくるかと思い、お袋も俺の身体から手を放してくれているのだが……その気配はない。

 近頃のハニーが遠慮気味なのは知っているけど、一歩も近づいてきてくれないと寂しい。


「セ――」

「お兄ちゃん」


 呼びかけようとしたら、ほぼ同時に俺の方が話しかけられた。 出そうとしていた手を引っ込めると、それだけで俺の意思を理解してくれる。

 セーレちゃんは胸元の手をきゅっと握り、閉じかけた口を再び開く。


「痛いの、ほんとうに大丈夫?」


「……ああ、大丈夫だよ」


 なるほど。

 先にお袋にハグされてるから、更に自分が抱きついても俺は平気なのかって、気を遣ってくれたのか。

 前からその兆候は見えてたけど、それがしっかりと身についてきているんだなあ。

 妹の成長を嬉しく思う反面、寂しいとも思ってしまう俺。

 そんな、ワガママな兄貴がすることは……コレしかないよな。


「ほら、おいで」


「……うんっ♪」


 両手を広げ、飛び込んでくるお姫様を受け止める。

 お兄ちゃんからのご褒美だ――いや、むしろ俺の方がご褒美か?

 ま、お互いに嬉しいならいっか。


「おかえりなさい……♪」


「うん、ただいま」


 この世界に生まれて俺がいちばん慣れ親しんできた、この温もりと匂い。 たかが数日のお泊まりだったが、今が「帰ってきたな」という実感をいちばん強く感じていた。

 頬ずりしてくる妹を受け止めて、柔らかな後頭部や背中をなでる。

 そんな俺達を、周囲のみんなは温かな目で見守っていた。



 と、言いたいところだが……。

 ちょっとだけご不満な様子の王子様がいた。


「おにーっ!」


「おう」


 ハニーの背中越しに、片手を我が弟くんへと伸ばす。

 この身体じゃあ二人まとめて受け止めるのは難しいけど、横から来てくれるなら大丈夫だ。

 リソ君の方もそう思ってくれたようで、俺達の横にとことこーと小走りでやってきて――。



「おにー! しょくしゅー!」



「……」


 ぷっくり膨らませたブラザーのほっぺを、指の先でしぼませる。

 いつもながら、ものすっごくぷにぷにであった。


「……お、おやつを食べてから、な?」


「ぷふーっ」


 まだ眉間にしわを寄せてはいるものの、なんとかご納得いただけたようだ。

 普段からなるべく時間を作って、お話ししたり遊んだりしてあげているつもりだったんだが……。


「おにーっ、しょくしゅ、いぱーい!」


「お、おう」


 人間、頼りっぱなしというのはよくないらしい。

 もう少し、「触手レス」な接し方をしないといけないかな、と考えさせられた。





 後編に続きます。

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