64 彼女の笑顔、プライスレス
「こにゃにゃっちー!」
「たりら~ん♪」
今日も今日とて、午後からご出勤の俺達。 暖かい陽気で、昼寝にはもってこいの日である。
いつも通り左側にコアラちゃんをくっつけたまま、俺は右手、セーレたんは左手を挙げてお姉様方にごあいさつ。
くすくすと、口を押さえて笑いながら手を振ってくれる。 うむ、来る前にセーレたんに仕込んだ甲斐があったものだ。
それにしても、相変わらずみなさんお若いことで。 ……そういえば、外でも年取った人ってあんまり見ないよな?
「ジャス様、靴を脱ぎましょうか」
「……お、はーい」
っと、ここでぼーっとしてても仕方ないか。
急いで靴を脱ぎ、待っててくれた妹様に合流する。
「おまたせー」
「あい~♪」
小さな手を取って、まるで王宮のパーティでお姫様とダンスしに行くように、部屋の中央へ……と思ったのだが。
俺達の目の前では、かなり異様な光景が展開されていた。
「――ぅ」
「る~」
いつも通りの場所に座っているお姫様。 今日は何故か、後ろに控える白銀メイドさんと同じ、ワインレッドのメイド服を着ている。
いや、可愛いんだけどさ。 いいの? 使用人の服を着せて。
そして、そのお姫様の視線の先……二メートルくらい離れた所には、走っている途中のようなポーズで硬直している普通君。
そのポーズを分かりやすく例えるなら、非常口の案内板の人。 もしくはサボ○ンダー。
「――」
「る~」
しばらく眺めていたが、微動だにしない二人。
お姫様は相変わらずのアンティークドールっぷりだし、普通君は身体ごと反対方向を向いたまま、るーちゃんには目も合わせていない。
うーん、こっちの世界にも「だるまさんが転んだ」があるのか? ちなみに関西だと「坊さんが屁をこいた」と言うらしいが。
「えーと、なにしてるのー?」
横から見ると、普通君―― あれ、名前なんだっけ?―― の顎から汗の滴が垂れ落ちたので、あの間に入ると俺も魔眼の呪縛に捕らわれそうだと思った俺は、そのまま横からお姫様に近づいてメイドさんに声をかけた。 もちろんセーレたんも同伴。
「絵を、描こうとされているのです」
「え?」
「うにゅ?」
あ、るーちゃんの足元。 気付かなかったが、紙とクレヨンらしきものが置いてあった。
「ですけど、るー様は私を描いてくださらなくて……」
悲しそうに目を細めて肩を落とすメイドさん。
たぶん二十台だとは思うけど、無機質的な感じでイマイチ年齢の分かりにくい大人の女性がしょんぼりしていると、妙に可愛く見える。
「えっと、げんきだしてー?」
「ぅ~」
メイドさんが座っているので肩でも叩こうかと思ったのだが、セーレたんが急に俺の腕を引っ張った。
あれれ、またジェラシーですかい?
「なでなでー」
「にゃあ~♪」
頭をなでてあげると、腕の力も抜けて表情もほにゃっとなった。 しかも猫の鳴き声ゲット!
なおもなでながら、お姉さんと会話続行。
「でもあれ、おわるのー?」
「いえ、もう既に〈十分〉程、あの状態が続いています」
「おいおい……」
こっちの人が言う「分」って、前世で使ってた『分』の二倍くらいなかったっけ? つまり、二〇分以上!?
そりゃ、普通君も汗びっしょりになるわ。 仕方ないかー。
「セーレたーん」
「にゃい~!」
なでていた右手でお姫様を指差すと、俺の腕から離れてとっとこと向かっていく。
そして正面に回り込んで座り、両手を取っていつもの体勢へ。
「る~ちゃ~ん」
「……る?」
妹様が呼びかけると、それで気が付いたように目線だけを動かして妹様をロックオン。
その瞬間、魔眼が解呪される。
「――まっポゥ!?」
急に解けたせいか、その場でつんのめって顔面から倒れた普通君。
うん、今回も見事な倒れゼリフである。
「ひぃ、ひぃ、ひぃ――――」
倒れたまま、顔すら上げられずに痙攣している普通君。
まあ、前世換算で二〇分だもんなー。 ちょっとした修行だよ。
「いきてるかー?」
プリンセシーズがいつもの交信を始めたので、魔眼は完全に封じられている。
だから俺も安心して普通君の介抱へ向かった。
「だいじょぶかー? ……つんつん」
「ひぅ!」
「おりゃー」
「もぺ!」
「ぐりぐりー」
「あばばばば」
やべぇ、おもしれぇ♪
もうちょっと、やってみよう。 もうちょっとだけ、な?
「ほれほれほれ」
「ま゛、ま゛、ま゛、ま゛ろ…………ぉぇ」
「あ」
動かなくなった。
「おーじょーせーよー」
俺は静かに手を合わせて、ご冥福を祈る。 なむー。
「た、たすけ……」
「……あ」
どうやら正気に戻ったらしい。
仕方がないので、仰向けに転がしてから身体を起こしてやる。
「いきかえったかー?」
「う、うんー」
服を整えてあげると、しゃっきりと元に戻った普通君。 見かけによらずタフだな……。
そう言えば、こいつに聞きたいことがあるんだった。
「なー。 名前、なんだっけ?」
「ぁぅ……にこ、だおー」
しばらくすると普通君が持ち直したので、プリンセシーズの下に連行してモデルをさせる。
しかしお姫様の前に座らせると、すぐに「ぁ、ぁ、ぁ」とか言い始めて小刻みに震え始める。
この前は手を繋いでたんだけどな……。
「おにぃ~」
「ん?」
しまった、俺もモデル中だった!
交信が終わった後、るーちゃんからクレヨンを受け取ったセーレたん。
せっかくなので一緒に描こうということで、メイドさんからもう一枚紙をもらって描くことになり、俺がモデルになっている。
「にゅ~にょ~♪」
ご機嫌でクレヨンを走らせる妹様。 色も使い分けており、なかなかの力作のようだ。
その一方で。
「る~るるるるるる~♪」
「ぁ……ぃ……」
クレヨン片手に微動だにしない魔眼使いと、それに捕らわれている哀れな子羊。
俺にはどうも、るーちゃんがわざと普通君を硬直させて楽しんでいるように見えるんだが……?
ま、お姫様が楽しければいいか。
「にゃあ~」
両手に色の違うクレヨンを持って、ぐりぐり塗っているセーレたん。
あれ、セーレたん……どっちの手も使って描いてる? そういえば、スプーンで食べるときも右で持ったり左で持ったりしてたような。
覗き込んでみると、自由な発想と技法によって描かれた……人影のようなものが。 まあ、まだ三歳半だしね。
だけど、ディテールはともかくシルエットはとらえてると思うよ? 人だって分かるし、顔も分かるもの。 ちょっと口が顔からはみ出てるけど、それはご愛嬌だ。
何より、適当じゃなく見た目通りに色を使い分けている所が素晴らしい!
「おにぃ~♪ ……んぅ」
そして完成! いやいや、年齢を考えると、とても立派な絵だと思うよ!
しかし、セーレたんは微妙に首を傾げている。 何かしっくり来ないようだ。
「う~……きゃはっ♪」
でもすぐに何かに気付いたらしく、ぱちんと両手を合わせると、これまたすごい勢いで俺の姿の横に何かを書き始めた。
真剣な表情で、クレヨンをぐりぐりしているセーレたん。 俺と同じくらいの大きさで――いや、少しだけ小さいかな? 何かが描かれていく。
妹様の目は、既に俺の方を向いていない。 一心不乱にクレヨンを走らせていく。
「できたぁ!」
満足げに笑みを浮かべたセーレたん。 クレヨンを返すと、両手で紙を持って俺に見えるように向けてくれた。
そこには、ちゃんと座っているように見える、正しく色を使って描かれた俺。
そしてその左側には――俺にくっついて同じように笑顔で座っている、黄色い髪の女の子が描き足されていた。
もちろん、それは言うまでもなく。
「おにぃと、せーれ!」
紙を持ったまま立ち上がると、その絵と同じように左側に来て、俺にくっついて座るセーレたん。
俺に身体を預けると、とろけるような笑顔を向けてくれた。
「えへへ~っ♪」
「おうっ、よく描けてるな! えらいじょセーレたん♪」
もちろん、俺もできる限りのなでなでと笑顔で、思いっきり褒める。
「にゃはははははあ~~~~ん!」
それは、まさしく絵に描かれた通りの二人だった。
絵の方は並びが左右反対だけど、そんな事はどうでもいいのだ!
――で、さ。
「るんるら~♪」
「ぅ……ぅぁ……」
いつまでそうしてるの、お姫様? 彼、顔が白くなってるぞ。
あれ……そいつ、何て名前だったっけ?
「――るー様、流石です」
何がだよ。




