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そだ☆シス  作者: Mie
帰省編
717/744

678 ねえ、ちゃんとしたの?





 果たして、今回のお泊まりのことを親父は知っていたのだろうか? ま、アイツの性格からしてバラすとは思えんけど。

 昨日、大会用装備の試着をしてきてほくほく顔だった親父の様子を見ても、たぶん知らされてはいないのだろう。

 ということで、身を切られるような寒さの中をジョギングしてから、全員が揃った朝食の場で話すことに。


「年末、またお城に行くことになっちゃった。

 ……泊まりで」


「あら~」

「べふぉあ!?」


 可愛く小首を傾げたお袋の横で、親父は口に入れたパンを噴き出しかけた。

 それに驚いたリソ君が、びくっとして目をまん丸にしている。 


「ね、年末だと……?」


「うん」


 しばらく咳き込んでいた親父が、復活してから俺に尋ねた。 ……ちょっと涙目になっている。

 しかし、親父が慌てたのも理解はできる。


「後で招待状を送るって」


「……」


 顔を上げた親父を見ると、なんとも表現しがたい、くしゃみが出そうで出ないような顔をして固まった。

 この時期に城に招待。 しかも、泊まりで招待状。



 ――となれば、十中八九「新年祝賀式」にでも出席させられるに違いあるまい。



 年二回ある使節祭の式典と並ぶ、この国で指折りの大きな式典である。

 当然、一般人が呼ばれるような式ではない。


「さすが、お兄さまです……♪」


 蕩けるような甘い声に左に向けば、我が妹様がまさに蕩けたようなお顔で瞳を潤ませていた。 金色のオーラを発し、ムダに周囲をキラキラと輝かせている。

 それにお袋とマールちゃんがうなずき、チャロちゃんは悟りを開いたような穏やか~な笑みを浮かべていた。

 で、ニアちゃんはテーブルの上で「えっへん!」と、なだらか~な胸を張って自慢げにしている。


「どうして、お前は平気な顔をしている……」


「えっと……慣れ?」


 片手でこめかみを押さえる親父に、思いついたことをテキトーに口にする俺。

 ある意味、俺も既に悟りを開いているのかもしれん。

 人間は慣れる生き物なのだ。


「……俺は慣れそうにない」


「あぱー?」


 親父はそう言うと、ガックリと肩を落とした。 リソ君が心配そうに、スプーンを持った手を伸ばす。

 生真面目な性格をしていると、こういうときに大変だよなあー。




挿絵(By みてみん)



 ――今日は卒業試験の、ひいては今年一年の「お疲れさま会」的なプチパーティをする。

 勉強会はしないのだから広いこっちの家の方がいいだろうと、出勤してきたアナさんも加わって準備に勤しんでいた。


「ええっと――」


「ジャス様はリソ様をお願いしますね」


「……はい」


 リビング兼ダイニングへ顔を出してみると、すぐにマールちゃんから笑顔でお断りされてしまった。 ブラザーと「お手伝いするかー」「ちゅるー♪」と言って、二人で手を繋いでやってきたのだが……ダメだった。

 キッチンではお袋にメイドさんトリオ、それにセーレたんの五人の女性陣がテキパキと作業をしていた。

 まー確かに、コレは下手に素人が手を出すとかえって邪魔になりそうだもんな……。

 なお、ニアちゃんは用事らしくてどこかに出掛けていった。 親父はとっくに出勤している。


「行くかリソ君」


「おー!」


 ココはマールちゃんの言う通り、男どうしで親睦を深めるとしよう。

 ブラザーの手を引き、俺は静かにドアを閉めた。



「お届けモノでーっす♪」


「ご苦労さん」


 二階の部屋で遊んでいると、我が娘が窓から帰ってきた。

 自分のオドで作った、精霊便の小さな帽子を被っている。


「コレが例のブツか」


「ぶちゅー?」


 カンフー映画に出てくる木人(もくじん)――垂直に立てた丸太に何本かの棒を突き刺したような、人間に模した練習器具をパンチキックしながら、リソ君が大きな頭を傾けた。 言うまでもなく、その木人は俺の触手で作ったモノである。

 眉間にしわを寄せたカンフーマスターに萌えながらも、ニアちゃんから封筒を受け取る。

 いかにも丈夫で高級そうな封筒をひっくり返すと……(ロウ)に国章が押してあった。


「……」


 うん、正式なヤツだなコレ。

 木人ならぬ「オド人」をうねうねと動かしながら、俺は慎重に封を開ける。

 人気の観光地にもなっているお城だが、年末年始は一般人は立入禁止となる。 中には、許可証を兼ねた招待状と……。


 マリエルさんの手書きらしい、「お泊まりのしおり」なる紙が入っていた。

 見ると、来るときに用意してほしい物のリストだった。 といっても、基本的にはこっちで用意するので必要ない、とのことだが。


「『予定については、分かりません』……か」


 俺の知っている「しおり」ならば予定表も書いてあるはずなのだが、そこにあるのは行く日と帰る日以外には、「申し訳ありません」というお詫びの言葉だけだった。

 文字にこそなっていないもの、「聖母様(あのかた)のお考えになることですので……」という、マリエルさんの申し訳なさそうな表情が透けて見える。

 確かに……下手に予想を書くと、絶対にその裏をかかれそうだもんなあ。

 さすが、よく分かっていらっしゃる。


「じゃ、ニアはもう行くねー」


「うん」


 小さな精霊便さんは、半透明の鳥の羽を広げると、またすぐに寒空へと飛び立っていった。

 今から友達と遊ぶそうで、この子もなかなか忙しいようだ。


 ……と、思っていると。


『ジャスさまー、お届けものですよー!』


 ドアがノックされ、向こう側からチャロちゃんの声が聞こえてきた。


「え?」


 なんだ今日は? これ以上何かあるのか?

 まさかダイレクトメールなんぞあるワケもなく、他に思い当たることはないのだが……。

 ともかく、返事をしてチャロちゃんに入ってもらう。


「また、面白いコトをしてますねえ……どーぞ」


「うん、ありがと」


 オド人を相手にカンフーしているリソ君を見て、チャロちゃんが俺宛てだというお届けものを渡してくれる。

 また封筒かと思ったら、今度は更にもうちょっと大きかった。 書類サイズである。


「なんだろう?」


 受け取って、なおさら頭にハテナが浮かぶ。 持った感じ、どうやら中に布らしきモノが入っているらしいのだ――。


「あのー、これって……?」


「あ!」


 しかし、むしろそのおかげで心当たりを思い出す。

 意図せずチャロちゃんの声をさえぎることになってしまったけど、裏面の送り元も見ずにすぐに開けてみると、思った通り。



「……ハンカチ、ですか?」


「うん」


 チャロちゃんが手元を覗き込み、絨毯に座っている俺の頭の上でねこ耳を動かす。

 便せんと一緒に入っていたのは、古い映画に出てきそうな、薄い黄色のハンカチ。

 しかも、両手で左右の上端を摘んで広げてみると。


「ああっ!?」


「やっぱり」


 なんと!

 今をときめくアイドル、リーリン・レイリンの直筆サイン入りであった。


「ど、どどどどどど、どしどし……!?」


「チャロちゃん、落ち着いて」


 白いしっぽを逆立て、後ろにひっくり返りそうなほど驚くチャロちゃんの手をとっさに掴む俺。

 視界には、あちょーとキックをしたままビックリしているリソ君が映る。 ……いいバランス感覚をしてるな。

 それはいいとして、カンタンに説明する。


「つ、通信番組……ですか」


「そう」


 この前、俺がハガキ職人と化してネタを送っていた番組。 それのゲストが、あのリーリンさんだったのである。

 だから、そのときに「ウチのメイドさんがファンなんです」ってメッセージも一緒に送ったら、なんとネタの採用者にプレゼントしてくれるハンカチにサインを書いてくれると言っていたのだ。


「……ということで、はいこれ」


「ほ、ホントにいいんですかっ……!?」


「うん」


 最初からそのつもりだったからねー。

 摘んで広げたまま差し出すと、チャロちゃんは震えまくった両手でハンカチを摘んで受け取った。 オレンジがかった黄色い目を、思いっきり輝かせている。

 そこまで喜んでもらえたら、俺も嬉しいよ。


「それと、これも」


「あ……」


 本当だったら先に読むべき便せんの中身にも目を通し、封筒も一緒にプレゼント。 こういったモノは、パッケージも大事だからね……開封しちゃったけど。

 ちなみに文面は「このたびは番組をお聞きいただき――」という、ごく普通のものだった。


「あ、あ、あ、ありがとうございますーーーーっっっ♪♪」


「どーいはひわふぃ(たしまし)て」


 真正面からぎゅーっと抱き締められ、俺はチャロちゃんの背中を軽くさすってぽんぽんと叩いた。




 やがて時間になり、いつものメンバーがやってきた。


「おにーちゃ、やほー」


「やほー」


 るー君と一緒にやってきた、リリちゃんの小さな両手とタッチを交わす。

 ふわふわと柔らかそうな白い帽子とコート。 そしてほんのりと朱いほっぺと、つぶらなおめめ。

 思わずぎゅーっとしてしまいたくなる愛らしさである。


「ぎゅーっ!」


「みゅーっ♪」


 無論、我慢などしない。 ついでに頬ずりもしておこう。

 うわっ、なにこの絹みたいな肌触り! それにあったかーい。


「……抱いて昼寝したくなってきた」


「でしょ?」


 つい漏らしてしまった呟きに、お揃いの格好をしたお姉――お兄ちゃんも得意げだ。


「冬はいっしょに寝るの。 すごくあたたかいよ」


「……」


 なんとうらやましい……。 だけどいーもん。 俺だって、我が娘を抱いて寝るし。

 抱いて……ってゆーか、格納してるけど。

 俺は空母か。


「お腹空いたでしょ? ま、上がってよ」


 他のメンバーとも頬を合わせるヨーロッパ式挨拶の後、みんなを二階ではなくリソ君の部屋へと導く。

 リリちゃんも来ると聞いていたので、だったらリソ君も一緒に……となると、俺の部屋よりも大きなテーブルが置いてあるブラザーの部屋の方がいいのだ。

 みんなは一列になって廊下を進み、ドアのところに立っているマールちゃんとチャロちゃんに包みやカバンを渡して中へと入っていく。 今日もやはり、おやつは持ち寄りなのであった。

 ちなみに今日は「お疲れさま会」なので、エミーちゃんも準備の手伝いはナシで迎えられる側である。


「……」


 さっきの頬合わせが恥ずかしかったようで、エミーちゃんは俺と目が合うなりすぐ視線を外し、そそくさと廊下を歩いていった。



「――では、かんぱーい」


『かんぱああーーーーーい!』


 それぞれの手に持ったコップを掲げ、俺の音頭でパーティが始まった。

 我が家のお袋やメイドさんトリオも頑張ってくれたおかげで、テーブルには宝石箱でもひっくり返したかのようにさまざまなスイーツや軽食が並んでいる。 持ち寄られたおやつもかなりスゴイ。

 みんなにも朝は抜くか軽く摘むだけにしてもらって、その分パーティの開始を前倒しにしようというお袋のアイデアは、大正解だったな。 余った分はお土産にしてもらえばいいし。

 なお、ニャル子ちゃんとハカセ君も誘ったのだが、家の手伝いや塾があると色よい返事はもらえなかった。


「もごもごもご……!」

「はぐはぐはぐ」


 朝は抜いてきたと誇らしげに語っていたニコと、同じく今朝はジュースと触手だけだったリソ君が、開始直後からモーレツな勢いで食べている。

 鬼のようにひたすら自分で取りながら食いまくるニコに対して、勢いはすごくとも量はそれほどでもないリソ君の分は、一つ上のリリお姉ちゃんがお皿に一品ずつ取ってあげていた。


「……みゅ。 たべて」


「あんがとー!」


 なんとも微笑ましい光景だなあ。 二人の様子に、他の女の子達も穏やかな笑顔を浮かべている。 ……サラッとるー君も一括(ひとくく)りにしてしまったが、まあいいや。

 と、俺の前にも可愛らしく盛りつけられたお皿が横からすーっと出てきた。


「はいっ、お兄ちゃん♪」


「おおっ、ありがと」


 し、しかも、天使の笑顔つきだ! ただでさえ見た目も味も保証済みなのに、そこにハニー手ずからのサービスまでついてくるなんて!

 お皿が黄金色に輝いているぜ! 星が三つ、どころか五つ……いや、これなら七つ星評価も夢ではあるない。

 世紀末の中心で覇を唱えられそうである。


「うんまーっ!」


 というか、本当に叫んでしまった。

 しかも俺に呼応して、ブラザーとニコまで次々と声を上げた。


「うんまー♪」

「うんまあああーーー!」


「もうっ、食べている途中で口を開けないの」


 と言って苦笑気味ではあるものの、今日はエミーちゃんのお叱りもナシのようだ。 もし口の中のモノをこぼしていたら、テーブルを挟んでカウンターパンチが飛んだかもしれんが。

 ちなみにるー君はエミーちゃんの隣、くりむちゃんはニコの隣でお上品に食べている。 ニコが叫んだ瞬間、身体ごと自分のお皿をサッと遠ざけた反射神経はさすがであった。

 そしてリリちゃんとリソ君は俺達の向かいだ。


「……あ、そうだ」


 突然、るー君が顔と垂れたうさ耳をひょいっと持ち上げた。

 なになにどうした、とみんなの視線を集める中、淡々とお皿を置いて後ろを向き、四つん這いになって壁際にちょこんと置いていたカバンの方へ行く。

 ……いかん。 おシリをまじまじと見つめてしまった。


「出すのが遅くなっちゃったけど」


 ひざ立ちで背中を向けたまま、そう言ってカバンの中から何かの包みを取り出するー君。

 持ち寄りおやつのカバンはエルリアさんが持っていたので、今日は勉強しないのにいったい何を持ってきたのかと思っていたのだ。


「リリちゃん」


「んっ」


 振り返って呼ぶと、妹ちゃんはすぐに立ってお兄ちゃんのところへ。 で、包みを解いて出てきた箱を受け取ると、今度は俺とハニーの方へ。

 肩よりも長くなってきたピンクの髪と、うさ耳を揺らしてちょこちょこと歩いてきた。


「おにーちゃ、これ」


「ん?」


 表面を白く塗った、たぶん木の箱である。

 お弁当箱サイズのそれを差し出され、俺はフォークを置いて両手で受け取る。


「えっと……」


「ちゅくったの」


「?」


 この箱を? ……んなワケないな。 ハニーと二人で顔を見合わせ、首を傾げる。

 説明を求めてお兄ちゃんの方を見ると、リリちゃんと同じ色の瞳を細めてお人形さんみたいな笑みを浮かべていた。



「特にジャス君には、試験勉強とか、いろいろ見てもらったから。 昨日リリちゃんと、ニャルちゃんと、三人で作ったんだ。

 教えてくれてありがとう、って」



「……おおお」


 思わず箱を持った手が震えた。 なんというサプライズ……!

 それにリリちゃんだけでなく、ニャル子ちゃんまで一緒に作ってくれたというのが特に嬉しい。 昨日、二人が一緒に帰ったのって、このためでもあったのか。

 っていうかるー君、いつの間に料理覚えたの? 着実に女子力を上げてるな。

 それ以上、上げてどうする……。


「開けても?」


「みゅん」


 プレゼンターであるリリちゃんに聞くと、笑顔でうなずいてくれた。

 手が震えたときの感覚で、ある程度中身の察しはついているんだけど――。


「ぉぉぉおおお」


 やっぱりクッキーだった! しかもうさぎ型。

 同じ大きさでキッチリと型抜きしてあるのだが、中の顔は手書きのようで……笑っているのやらウィンクしているのやら、なぜかちょっと不機嫌っぽいのもある。

 見ているだけでも楽しくって、食べるのがちょっともったいなく感じてしまう。

 セーレたんにも見せて、二人で「かわいいね」と言い合っていると。


「はい」


 ハニーよりも更にちっちゃな手が伸びてきて、一枚を摘んで俺の口元に近づけてきた。


「おにーちゃ。 あーん」


「!?」


 そう言いながら、本人も小さくお口を開けている。 歯並びまで可愛らしい。

 ……ココまで来れば、たとえどんなに鈍感なラブコメ主人公でも誤解のしようがあるまい。

 まごうことなき「あーん」である。


「あーーん」


「あ、あーん……」


 かわいい笑顔のうさぎちゃんが更に近づいてくる。

 ここまでしてもらって、ためらう理由などありはしない。 俺はヒナのように口を開けた。

 するとリリちゃんは、まるで最後のドミノを並べるかのようなマジメさで、舌の上にクッキーをそっと置いてくれた。 ただ最後に、開いた指がちょっとだけ俺の上唇に触れてしまう。

「ヤな思いをさせちゃったか」という意味で少しドキッとしたが、リリちゃんはいっそ芸術的とも言える可憐なお顔をしかめることなく、むしろ無事「あーん」を成功させて口元を緩めている。


「……もぐもぐ」


「おいし?」


「!!」


 クッキーの歯触りと風味を味わいながら、俺は無言のまま両手でサムズアップ。 が、つい勢いで人差し指まで伸ばしてしまい、ちょっとどこかの芸人っぽくなってしまった。

 気にしないでおこう。


「ふふ、よかったね」


「みゅん♪」


 お兄ちゃんからも声をかけられ、リリちゃんはますます嬉しそうに目を細めた。

 もちろん、るー君も嬉しそうだ。


「いやあ、本当に美味しいよ」


「……ぽっ」


 心からの賛辞を送ると、リリちゃんは自ら擬音を口にして、朱くなったほっぺたを両手で押さえた。

 俺も笑みが止まらない。


「じゃあ、わたしも」


 隣で「リリちゃんかわいい~」を連呼していたセーレたんだったが、俺が完全にクッキーを飲み込んだタイミングで、箱の中からウィンクしているうさぎちゃんを摘んだ。

 そして、俺の口元へ。


「はい、あ~ん」


「……」


 さっきから、ずーっとみんなの視線を集めっぱなしなのだが……。

 ちょっとした羞恥プレイな心境になりながらも、我が妹様の行為を無碍(むげ)にするなどコンゴ横断。

 ……アフリカのジャングルを横切ってどーする。


「あーん……もぐもぐ」


「おいしい?」


「うむ」


 これだけの美幼女と美少女に立て続けに食べさせてもらって、美味しくないワケがない。 実際に美味いしな。

 そうしている間にまたリリちゃんが、今度はセーレたんに「あーん」を始めた。 ハニーは素直に口を開け、両目を瞑ったうさぎさんを食べさせてもらった。


「おいし?」


「ん~♪」


 うさ耳を揺らしてかくんと首を傾げるリリちゃんに、満面の笑顔で応えるマイシスター。

 もはや俺の中にある美意識のブレーカーが完全に落ちてしまい、逆に冷静な気分でクッキーを咀嚼(そしゃく)する。

 ふむ、とても上質な小麦粉を使っているな……。


「――ん」


 違いが解るようで実はあんまりよく解っていないことを内心で呟いていると、なにやら大きくうなずいたわん子ちゃんがやにわ席を立ち、大きな黒いしっぽを振りながら俺達の方へやってきた。

 どうしたんだろう、と目で追いながらクッキーを飲み込んでいると。


「わたしも、ジャスにお礼する」


「え?」


 くりむちゃんは俺の背後に立ち、なんと俺の肩をもみもみとし始めた!

 これがなかなか絶妙な力加減で、思わず声が漏れてしまう。


「おぅっふ……」


「きもちいい?」


「おおぅ」


 脱力した声で応えると、後ろからしっぽで絨毯を叩く音が聞こえてくる。


「最近ね? ママも肩とかこしとか、もんであげてるの」


「……ぉおおー」


 それでかあー。 凝ってそうなところを探して揉んでくれるあたり、かなり頻繁に揉んであげていると見た。

 首の指圧までしてくれて、なかなか本格的だ。


「あっ、ぼくも肩もみは得意なんだよー!」


 おっさんみたいな声を出して快感に浸っていると、お次はニコまでもが立ち上がってこっちに来た。

 背後にわん子ちゃんが半歩譲る気配がして、空いた右側の肩にニコが手を置く。


「そりゃー!」


「おうっふ!?」


 痛い痛い痛い!? ……でも意外と悪くない!

 ニコのは「揉む」というかピンポイントに「突いてくる」感じで、指を立ててグイグイ押してくる。

 けっこう力を入れてくるので痛いのだが、同時に気持ちよくもあって、いかにも「効いてる」って感じがした。


「ぼくもねー。 とーちゃんとかかーちゃんとか、にーちゃんにもまされてるんだー!」


「おふっ! ……そ、そうなんだ」


 名前通りにいつもニコニコしているけど、苦労してるんだな……。

 というか……カステさんトコのりっくんもそうだけど、一般世間の弟って、家でそんなにマッサージさせられているもんなんだろうか?

 ちょっと気になる。


「ジャスくん、ありがとねー!」


「お、おう」


 最近のニコの勉強を見てるのは、だいたいエミーちゃんかセーレたんなんだけどな。


「ふふふっ」

「ふふ」


 指圧の痛みにときどき顔をしかめている俺を見ながら、エミーちゃんとるー君が微笑んでいる。


「……」


 よかれと思って始めたコトではあるが、遊びたい盛りだろうみんなに、幼児園時代からかなりのハイペースで勉強を詰め込ませてきた俺。

 なのに、みんな笑顔で、しかも「ありがとう」とまで言ってくれる。

 こんなに嬉しいことはない。


「僕の方こそ、ありがとうだよ――いてっ!」


 こらニコ。

 思いっきりツボを押されて、ちょっと涙が出そうになったじゃないか。




 ――その後もおやつパーティは続き、食べるペースが落ち着いてくるとメインはお喋りの方へと移っていった。


「ふーん。 じゃ、しばらく向こうで?」


「うん」


 年末年始のことを聞いてみると、るー君とリリちゃんは実家――両親の住んでいる家の方へ帰るらしい。

「魔眼」の力が強すぎて耐性の弱い人とは暮らせない、という大変な体質を持っている二人だが、成長するにつれてだんだんとコントロールができるようになっている。

 しかし以前ツェリさんに聞いたところ、今後も当面は今の別宅での生活を続けるそうだ。


『自立した生活を続けて頂くことは、必ずお二人の将来の為になる事でしょう』


 と、言っていた。


「リィの公演にも行くんだ」


「へー」


 例のラジオでも宣伝を聞いたけど、やっぱりるー君もリーリンの新年公演を見に行くのか。

 ついこの間までは話に聞くだけだったけど、ラジオで実際に声を聞いてサイン入りハンカチまでもらって、今ではもう少し身近な感じがする。

 って、俺が一方的にそう感じているだけなんだが。


「……おっと。 トイレ行ってくる」


 お疲れさま会……一時は俺への「ありがとう会」と化してしまったパーティも、とっくに半(とき)以上も過ぎていた。 食べ終わってお喋りの輪に入りにくいリソ君は、リリちゃんとっしょにリビングの方へ行っている。 お袋達に遊んでもらっているのだろう。

 ついでに二人の様子も見てくるかなーと思いながら、どっこいせーと腰を上げる。

 マッサージしてもらったおかげか、今朝よりも身体が軽い感じがするな。

 さっさと靴を履き、廊下に出てトイレへ。


「ううっ、寒い……」


 廊下もけっこう寒いが、風呂と同様に石造りになっているトイレはもっと寒い。 面倒でも、自分の部屋から上着を持ってくればよかった……。

 冷たい便座の上でブルブル震えながら用を済ませ、手洗い用の水をお湯にして手を洗う。

 さすがに木製の便座にヒーターはないが、トイレの蛇口にまで温水の出せる魔導具がついているのは本当にありがたい。

 洗う必要以上に手を温め、しっかりと手を拭いてから二重のドアを開けた。


「――ん?」


 向かいのドア越し――リビングから、楽しそうな声が聞こえてくる。 特にチャロちゃんの声は甲高いので聞こえやすい。

 時間的にお袋達はこれからおやつだろうし、顔を出すのはもう少し後の方がいいか……。

 そう思いながら玄関の方を見ると、リソ君の部屋のドア横で、エミーちゃんが壁にもたれかかってひとり立っていた。 俺が見ていることに気がつくと、壁から離れて俺の方を向く。

 もしかして順番待ち……などとは、もちろん聞いたりはしない。 さっさと戻るとしよう。


「あ、あの……」


「え?」


 通り過ぎてドアノブを掴もうとしたら、なぜか掴まれたのは俺の手首だった。

 もしかして、待っていたのは俺の方?


「……ごめんなさい」


「……?」


 向き合うなり、なぜか謝れてしまった。

 意味が分からず、俺は瞬きを繰り返す。


「私も、勉強のお礼をしたかったんだけれど、何もなくて……」


「え? ……ああ!」


 ようやく理解した!

 アレからしばらく経っていたので、すぐに分からなかったよ。


「いやいや、そんなことないって」


 確かに、るー君とリリちゃんは手作りクッキー、くりむちゃんとニコからは肩もみをしてもらった。 ハニーも「あーん」してくれたし。

 そう考えると、エミーちゃんだけはお礼の言葉だけだったのだが。


「あのお菓子の中に、エミーちゃんのもあったでしょ?」


「え……分かった?」


「もちろん」


 うつむき加減だったエミーちゃんが、パッと顔を上げた。 持ち寄りの中にエミーちゃんと、恐らくはエルネちゃんと二人で作ってくれたと思われるお菓子もあったのだ。

 まあ、味や見映えとかでそうだと気づいたワケじゃないんだが……この娘の性格を考えれば、朝のお手伝いをしない代わりに作ってくるだろうと容易に想像できる。

 それにそもそも、エミーちゃんには普段からいろいろと手伝いやサポートをしてもらっているのだ。

 お袋からバイト代は出ているのだが、お礼を言うべきはこっちの方である。


「でも、あれはみんなのために作ったものだから……」


「いやいや」


 俺から離れようとした手を、今度は俺が掴む。 まったく、なんでそこまでマジメなのかなあ。

 気を利かせてくれるのは美点だけど、律儀すぎるのは欠点だな。


「嬉しかったし、美味しかったよ。 ありがとう」


「…………うん」


 心から感謝の気持ちを口にすると、エミーちゃんはまた下を向いた。 けど、コレは悪い意味じゃない。

 エミーちゃんは俺の手を握り返し、かすかに首を上下に動かした。

 ふー、これで一件落着か――。


「でも、私も何かお礼したい」


「……」


 落着してなかった。 ちょっと赤くなった顔を上げ、俺の目をじっと見つめてくる。

 強く握られた手といい、コレは「何か言ってくれるまで放さない!」って目だよな……。


「……」


「え、ええっと」


 ど、どうしよう? 肩はもう十分にほぐれちゃったし、またみんなに見られながら「あーん」っていうのも――。

 しばし握り合ったエミーちゃんの手の温かみを感じながら考えていたのだが、そこでふっと思いついた。


 ……少々イジワルかもしれないけど、昔はよくしてくれていたのだ。 エミーちゃんのリアクションによっては「なーんちゃって」で済ませばいいし。

 でも、あんまり軽すぎるのはナンパっぽくてイヤだから、ちょっとキザに言ってみようか。

 再びこっちから軽く手を握り返すと、俺は優しい目差しを意識しながら、口元に笑みを浮かべた。



「ほっぺにキスしてくれたら、嬉しいな」




「……。


 …………。



 ――――――――はぃ」




 い、いや……。 もっと気軽にうなずくか、いっそのこと「そんなのイヤ!」とでも言ってほしかったな……。

 握っている手どころか肩も震えてるし、顔も火が出そうなほどになっている。

 伝わってくる体温も熱いくらいで、黒に近い瞳もちょっと潤んできていた。


「……」


 そう思っている間に、エミーちゃんは空いている方の手で、俺のもう片方の腕を握ってきた。

 同時に半歩近づいて、お互いの息がかかる距離になる。

 なんか、こっちまでドキドキしてきたぞ……。


「……ん」


 俺の耳元に近いところで、エミーちゃんが鼻にかかった声をかすかに漏らす。 とても六歳――もうすぐ七歳になろうかという子にしては、あまりに色っぽい。

 ででででも、朝にだって頬を合わせる挨拶はしているのだ! それが、ちょーっと唇が横にズレただけであってだな。

 ほとんど抱き合うような体勢になり、間近にエミーちゃんの柑橘(かんきつ)系な甘い香りと、頬にはくすぐったい吐息を感じながら――。




『おっはよーーーーーございまああああああーーーーーっす♪』




「おぉぅ!?」「ひいっ!?」


 玄関から聞こえてきた元気な声に、二人でとっさに身体を突き放し合う。

 俺は後ろに倒れそうになるのをたたらを踏んでこらえると、爆発しそうだった胸を押さえながら、振り返った。

 すると。



「……あれぇ? もしかして、お邪魔だった?」


 自分の唇に人差し指を当てて微笑む――小悪魔さんがいた。

 今日はこっちの仕事もラピヨーネ家(むこう)の仕事もないので、いつものメイド服ではない。

 バラのように赤いコートを着て、裾の下からは黒いタイツを覗かせている。



「いや、いやいやいやいや!?」

「ちっ、ちちちちちちちがっ、ちがっ……!?」


 俺は必死で両手と首を横に振り、エミーちゃんもまた、俺の斜め後ろで同じように否定しようとして声を詰まらせる。

 俺を突き放した両腕を伸ばしたままで手首をスゴイ速さで振っているのが、視界の端に見えていた。

 慌てまくる俺達に対し、エルネちゃんはむしろ落ち着いて……というか、思いっきりニヤニヤしていた。


「うっそだー♪ 別に、隠そうとしなくてもいいのにぃー」


「いや、別に――」

「ちが、ちがちがちが――」


 ああコレ、何を言ってもダメなヤツだ……。 すぐにそう悟った俺だが、たぶんエミーちゃんも同じように思ったことだろう。

 エルネちゃんは四本の指で首元のチョーカーを触りながら、残った人差し指の先にキスするように、唇をすぼめて見せた。 更には微妙に腰をくねらせたりして、モデルのようなポーズを取っている。


「あ、ああのお姉? こ、これには訳が……」


「いいのいいの」


 普段通りなエルネちゃんを見て、俺はある程度落ち着きを取り戻していたが……エミーちゃんはまるで浮気現場でも目撃されたみたいに、なおも慌てていた。

 しかしエルネちゃんは一向に気にする様子もなく、踊るような足取りでこちらに向かって歩いてくる。

 で、俺達の前で立ち止まると。



「したいんだったら、すればいいじゃない。


 ……ねっ♪」



 そう言いながら瞳を閉じて――軽ーく俺の唇にキス。 で、ボーゼンとする俺達に星が飛ぶようなウィンクを残し、そのまま通り抜けてしまった。

 長い髪と残り香に引かれるように振り返ると、エルネちゃんはひらひら~と片手を振りながら、後ろを見ることなく廊下の奥へと歩いていく。

 その後ろ姿がリビングに消えていってもなお、俺とエミーちゃんはただ廊下に立ち尽くしていた。




「お、お姉……大人だ」


「……うん」


 六歳と十一歳との間には、年齢以上の圧倒的な差があるのだと、思い知らされた。





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