677 考査、それから後のおまⅢ
目を開けても、瞑っているのと大差のない暗がり。 なんとはなしに目が覚めた俺は、ぼけーっと天井を見上げる。
暗くて時計の針はほとんど見えないが、日付は既に変わっているようだ。
「……」
少し早めに寝たから、こんな時間に目が覚めた。 ……ワケじゃ、ないんだろうなあ。
モヤモヤと胸中にわだかまるようなモノは、どう考えても緊張……いや、不安か。
もちろん、突然インフルにかかって四〇度も熱が出た、ってなコトでもない限り、俺自身が落ちるとは思っていない。
「ははっ」
これじゃ、前日に緊張していた誰かさんを笑えねえなー。
と思いつつ、毛布と毛布を順にめくって身体を起こす。 目が覚めてしまったので、取り敢えず一旦起きて外の天気でも見てみよう。
「うきゃー」
座ったままくるっと回って床に足をつけたところ、パジャマのお腹の辺りがこんもりと膨らみ、そこから可愛らしい声が聞こえてきた。
俺の中で寝ていた我が娘が、転げ落ちたらしい。
「……んー? もう朝ー?」
「いや、まだ夜だよ」
ボタンとボタンの間からすぽーんと頭を出したニアちゃんをなでながら、俺は立ち上がって窓際へと歩いていく。
さすがに絨毯はひんやりとしているが、部屋全体は薄着でもそれほど寒く感じない。 これもあの子のおかげだ。
「降ってるなあ」
冷気が伝わってきそうなカーテンをかき分けてみると、チラチラと雪が降っているのが見えた。
積もるほどじゃなさそうなのが救いだが……いかにも寒そう。
「惜しい。 一ヶ月遅れだな」
これが先月なら、見事なホワイトクリスマス。
しかしあいにくと、今日は十三月の二四日である。
「それって、前世ってトコの話ー?」
「……うん」
パジャマから頭だけを覗かせて見上げてくるカンガルー娘に、こくりとうなずく。
眠っているときには夢を共有していることもあるそうなので、この娘に前世のことを隠す意味はない。 だからときどき、俺の口から前世の話をしていた。
さすがに、日本のクリスマスイブが本来の道を外れて裏通りのネオン街に入りまくっていた――なーんてことまで、実の娘に対して語ったことはない。
言えるワケがなかろうに。
「ふーん。 生まれる前、ねー」
「まーね」
くりっとした翠の瞳。
そこに映る俺の顔は、わずかに苦笑していた。
「ニアも……」
「ん?」
「ニアも、ニアに生まれる前は、どこかにいたのかなー?」
どこまでも純粋でまっすぐな目差しに、俺の心臓が一瞬止まったような気がした。
「……」
無意識に自分の胸を押さえようとして我が娘の視線に気づき、代わりにその頭をなでた。
まん丸だった目が気持ちよさそうに細くなる。
「……さ、さあ。 どうなんだろうなあ」
恥ずかしながら、赤ん坊の頃は前世が急に恋しくなって泣いたこともあった。 ……そしたら、いつも隣のセーレたんも泣いてくれたっけなあ。 懐かしい思い出だ。
だけど今では、「アレ」は本当だったのかと、ふと疑問に思ってしまうことがある。
この世界に生まれて、もうすぐ七年目。 妊娠中も含めたらそれ以上だ。 もともと詳細のハッキリしない記憶も少なくない上、それだけの時間が経ち、更に忘れてしまった記憶があるかもしれない。 というか、ないという方が不自然だろう。
一体、今ある記憶はどこからが本当で、どこからが本当でないのか。 実は何かの夢か思い違いだという可能性は、本当にないのか?
小さな胡蝶が答えを知るすべは――どこにもありはしない。
……ああ。 でも、いるわ。
「俺の魂には、この世界にないモノが混じっている」って、でっかい太鼓判を押してくれたヤツが。
この世界だけに限らず、元の世界をも含めて、この世には何か果てしなく巨大な「循環の輪」みたいなモノがあるらしい。
あいつの得意げな顔を思い出して、ほっとしてしまったことがちょっと悔しいが――。
「それは分からないけど……。
今、こうしてママがここにいられて、こうしてニアちゃんがここにいてくれて……本当によかったと思うよ」
「にゅふー」
お人形さんサイズの後頭部を片手に乗せ、もう片手でぴょこっと飛び出たアンテナっ毛をなでる。
この娘といい、みんなといい……ホント、いいところに生まれてこれたもんだ。
なんとか短時間ながらもう一眠りできて、やや寝不足になった目を擦りながら下りてきての朝食。
「早速、朝の内に行ってみることにするよ」
「ええ~」
あくびをかみ殺しながらモグモグと食べていると、親父とお袋がそんな話をしていた。
実は昨日の夕食後、精霊便で「武術大会用の装備ができた」という連絡が来たのだ。
とはいっても微調整が必要とのことで、一度来てほしいとのこと。 そろそろ親父が年末年始で忙しくなってくる時期なので、わざわざ速達で連絡をくれたのである。
で、たまたま今日が休みだった親父にとってはまさにナイスタイミングだったのである。
「……上手く馴染むと良いんだがな」
「そうね~」
とか言いつつ、親父の目元口元には喜びの色が隠しきれていない。 なにしろ、魔導具トップメーカーによる完全オーダーメイドだもんなあ。 品質は保証済みである。
それに、「自分専用」と言われて血の騒がない男など、どこにいるというのか。 赤ければなお最高である。
当然みんなもそれに気づいていて、敢えて何も言わず微笑ましげに見つめていた。
「ふぅー」
「ジャス様、スープのお代わりはいかがですか?」
子供みたいに目を輝かせている親父にほっこりしていると、マールちゃんが声をかけてくれた。
一度早く起きてしまったせいで、普段よりもお腹が空いている俺だった。
「あ、うん。 少しだけもらおうかな」
「はいっ。 でも、かいわれは多めで、ですよね?」
「もちろん」
笑顔で尋ねてくるマールちゃん。
さっすが、よーく分かっていらっしゃる。
ガチガチに防寒装備を固められ、今日はお袋がお見送り。 筆記用具の入ったカバンと、俺の手には傘、ハニーの手には魔導灯を持つ。
冬の朝はまだまだ暗く、星の見えない空からは代わりに雪がはらはらと舞い降りていた。
「行ってきまーす」「行ってきますなの~!」
「いってらっしゃ~い♪」
おデコにはキスまでもらってしまい、もはや幸運の女神様も完全に俺達の味方。 隣には可愛らしい勝利の女神様もいるし、落ちる要素などどこにもない。
玄関の外にまで出てきて手を振ってくれるお袋に振り返しながら、俺とセーレたんは相合い傘で学校へと向かう。
息を吐くたびに、白いもやが目の前にできる。
「……そういえば」
「どうしたの~?」
起きてから家を出るまで、誰も試験のことには一切触れなかったな。
頑張って、とも言われなかった。
「いや、なんでもないよ。 それより、足元に気をつけて歩こうな」
「うん」
気遣いと信頼――その両方に感謝しつつ、俺達は凍った石畳を歩いていった。
「……みんな緊張してるっぽいなー」
「みたいだね~」
通学路を見守るご近所さん達からたくさんのエールをもらいながら、久し振りの通学路を歩く。
学校が近づくにつれ、プチ二宮金治郎と化した少年少女達が目立つようになってきた。 かなりの子達が、本なりノートなりを見ながら歩いている。
「滑って転ばないといいんだけど――」
「おおわあっ!?」
と呟いていた矢先、前を歩いていた男の子が思いっきり足元を滑らせて尻餅をついていた。
昨日からの雨が雪に変わって、地面がツルッツルだっていうのに……あぶねーなー。
「ぐぉぉぉぁぁぁ……! 痛って――」
「大丈夫?」
心配になって二人で歩み寄ってみると、顔をしかめて座り込んでいた男の子はものスゴイ早さで立ち上がった。
「――え~なんてコトはないぞお? あっはー!」
「ほんとうです~?」
「あ、あっはっはあああーーーーーーッ!」
「……」
ハニーが心配そうに声をかけるが、彼は引き攣った顔を赤くして高笑いしている。
ズボンのオシリが濡れて、●が二つ、横に並んでいるが……敢えて言うまい。 武士の情けだ。
俺達は会釈すると、そのまま学校を目指すことにした。
「――お?」
相変わらず大きな校長先生と、ロングコートを着てピシッと直立している教頭先生に挨拶をして校門をくぐると。
生徒達の流れを避け、脇の方によく知る面々が集まっていた。
「よう、おはよう」
「おはよう」
手袋をつけた手を上げると、まずはエミーちゃんが挨拶を返してくれた。 続いて他の幼なじみーズと、ニャル子ちゃんとハカセ君も挨拶してくれる。
カッパが必要なほどの雪ではないので、傘を差していない子はみんな厚めのコートを羽織っている。
「どうしたの? 寒いのに」
「みんな、ジャス君の顔が見たくて……なんて?」
そう答えたのは、白いコートを着たるー君である。
もこもこの白い毛皮の帽子を被っていて、その一部かな――と思ったら、それはうさ耳の先っぽだった。
「ははは、またそんな冗談を」
美少年風のオーラを漂わせているときのるー君は、よくそういったことを口にする。
だから笑っていたら、俺の右腕を手袋できゅっと掴んできた子が。
「うそじゃない、よ?」
「……くりむちゃん」
この中でいちばん背の高いわん子ちゃんだが、その黒い瞳は不安そうに潤んでいた。 ニット帽に覆われていない耳も、しゅんと下に垂れている。
見るとニコも明らかに表情が硬いし、ニャル子ちゃんも強がってはいるようだが、ちょっとぎこちない。
「な、なによ。 ささ、寒いだけよ!」
「うん、寒いよねー」
「そんなに寒くないわよ!」
「どっち!?」
なんでそこでキレる!? マフラーと耳当てまでして完全装備なのに。 だけど、俺のツッコミでみんなの顔つきが少し柔らかくなった。
まあ、ナイスネタ振り、と言っておこう。 実際に言うとまた怒られそうだから、口にはしないが。
くすくすと小さな笑いに囲まれていると、黒いベレー帽っぽい帽子を被ったエミーちゃんが話しかけてくる。
「ふふふっ。 ……ああそれと、誰がどこの教室なのかも見てあるわよ」
「おお」
そういえばそうだった。 先に確認してくれているなんて、さすがエミーちゃんである。
普段は二種類の曜日、更に午前と午後とで合計四つのグループに分かれている各学年だが、今日はその二年生全員が卒業試験を受けに来ている。 一斉受験じゃないと、試験問題がバレて後から受ける方が絶対有利だもんな。 かといって問題を変えると、今度は難易度が微妙に違ってくる可能性が出てくるし。
ということで、今日は登校していない一年の教室や自習室――本来は生徒が入れない会議室なども使って、クラスごとに部屋が割り振られるのだ。 いつもの教室が使えるかどうかは、四分の一の確率である。
休み前に先生が説明してくれた。 ちなみに試験問題は中間とは違って、すべての学校で共通らしい。
「それで、私達はみんないつもの教室よ」
「おおっ」
四分の一を引き当てた! ……会議室だったらいいなーって、ちょっとだけ思ってたんだけど。
でもまあ、普段の教室の方がみんな落ち着いて受けられるか。
さて。 教室も分かって、ちゃんと筆記用具も全部揃っていることを確認したところで――。
「それじゃあ、ジャスから何か一言」
「……え?」
えっ、俺が音頭を取るの? そう思って一同を見回すが、俺と目が合った順にうなずき返してくれるばかり。
いや……ニャル子ちゃんだけは「好きにすれば?」って感じの視線だったけど。
それでも「ノー」ではなかった。
「ええっと。 まあ、それじゃ……」
さすがに当日はどうだろうと思って、模擬テストのときに円陣を組んだんだけど……ま、いっか。
通り過ぎていく子供達の視線もあるので、取り敢えず今回は円陣はナシにして、みんなには俺の周囲に集まってもらう。
冷たい空気が遮られて、かなり暖かい。
「こほん!」
期待に輝いている――ように見える様々な色の目差しに囲まれ。
俺は、小さく咳払いをして。
「――目標、八二点!」
「すっごい微妙!?」
合格目安ラインよりもわずかに上の目標を掲げた俺に、すかさずニャル子ちゃんから切れ味鋭いツッコミが飛んできた。 またみんなが笑い始め、白い歯を見せる。
「もうちょっとマシな目標立てなさいよ!!」
「えー? 別に通ればいいじゃん通れば」
『あっははははははは!』
どうやら緊張していた子達の肩もほぐれた様子。
さっすが、貴重なツッコミ要員である。
――いつもは明るく騒がしい生徒達も、今日ばかりは緊張感に包まれていた。
仲よく問題を出し合っている子達や、一人で血走らんばかりの目つきでノートや教科書をめくる子。 勉強はせず、小声で不安や自信のほどを語り合っている子達もいるし、静かに目を閉じて明鏡止水の境地へと至ろうとしている子もいる。
「おはよ――」
「……」
というか、最後のはニート君であった。 なんだか触れたらスパッと斬れそうなオーラを漂わせているので、声をかけるのは止めておこう。
俺は「蜻蛉切」のトンボにはなりたくない。
「……おはよう」
「ええ、おはよう」
落ち着いた様子で席に着くセーレたんを横目に、俺は黒いセーラー服のお姉さんに声をかけた。 周囲の空気を読んで、小さな声で。
それにしても、この人は今日も平常通りのようで、ちょっと安心。 さすがである。
ちなみに席は決まっておらず、決して騒がず、机は動かさないように……と、黒板にはそういった注意書きと試験の時間割が書かれている。 筆跡からするとアズミーリ先生だな。
「マーヤさんはいつも通りだね」
「そう? これでも少しは緊張しているのよ」
「まさかー」
涼しい顔で冗談をおっしゃるお姉さんに、思わず笑みが漏れる。
「私にはもう後がないもの。 だから気を引き締めようと、ピッチピチの下着を着けてきたわ」
「……」
いや、思いっきり余裕じゃないですか……? 今の声が聞こえたのか、近くの席の男子が数人、ギョッと目を見開いて振り返った。
そしてそんな彼らに、非常に冷たく鋭い視線を突き刺す女子も数人。
まさに蜻蛉切のようであった。
「そういうジャス君も余裕じゃない?」
ほら、「も」って言ったぞ、「も」って。
このお姉さんは単なる高校進学だけでなく、その先の就職まで見通した上で、わざと長めの準備期間を作ったのだ。
今日の試験なんぞハードルどころか足元の小石も同然であり、もちろん画竜点睛を欠いてうっかりつまずく、なんて油断もしない。
「僕も油断はしてないよ」
俺だって、この空気に当てられて多少は緊張しているし。
ただ、それ以上に――。
「卒業してしまうのが、少し寂しい。 ……そんな目をしているわね」
「……」
深い瑠璃色の瞳を近づけ、慈しむような微笑みを浮かべる。
俺はため息と共に軽く肩をすくめた。 降参だ。
考えてみれば、俺なんかよりもずっと長くこの学校に通っていた彼女の方が、より強い思いを抱いているだろう。
「お互い様ですか」
「お互い様ね」
近く見つめ合ったまま、俺も薄く笑みを浮かべる。
どこからか「相変わらずだ……」なんて声も聞こえてきたが、俺もそう思った。
「――それまで」
『はあぁぁぁぁぁぁぁぁ…………』
最後の試験科目が終わった瞬間、鉛筆を置く音と悲喜こもごもなため息が部屋中を満たした。 それから用紙を回収し終わると、アズミーリ先生がみんなを見回してながら「ご苦労だったな」とねぎらいの言葉をかけてくれた。
俺と目が合ったとき、かすかに笑ったように見えたのは……気のせいじゃないだろう。
多少は難易度の高い問題も含まれていたが、俺にとっては解けないレベルではなかった。 並列思考のおかげで早く解けた上、油断せず見直しもしたので大丈夫だろう。
なお、シャルちゃん先生も用紙回収のときに、「頑張ったねー」と何人もの肩を叩いていた。
「年休み前にも言ったが、結果は年明けの登校初日、五日に発表だ。 忘れないようにな」
『はあーーーい……』
終わったとは言え試験日と言うことで、みんなの返事も抑え気味だ。 ……燃え尽きたから、というのも多分にありそうだけど。
合格していれば言うことナシ。 だが、もしダメだったとしても追試がある。 それに聞くところによると、留年三回目で「放校」になってしまう生徒には「追々試」もあるらしい。
主要科目全部で単位が必要な代わりに、挽回のチャンスもギリギリまでくれるのだ。
「では、また来年な」
「先生達は、まだまだ仕事だけどねー……」
アズミーリ女史は相変わらずのカッコイイ笑みで締めたけど、シャルちゃん先生は小さな手を振ってくれるもテンションが低い。 いつもはまっすぐ立っているリスしっぽも、ふにゃふにゃとしていた。
残念ながら、先生の試験には追試ないもんな……。
「じゃ、帰ろうか」
「うん」
さすがのハニーもお疲れのようで、軽く肩を揉むと「はひゅ~ん」と可愛らしい息を漏らした。 頬をなでて労をねぎらい、ドアに向かう。
「たぶん無理だと思う」という意見が複数出たものの、取り敢えず終わったら食堂で「お疲れ会」としてジュースでも飲んでいこうか、という話になっていた。
ちなみにマーヤさんにも声をかけてみたが、予定があるらしい。
「じゃあ、ニート君も」
「うむ」
テストが終わっていつも通りに戻った彼は、特に疲れた様子見もせず威風堂々としていた。
小雪が降る今日も例によって半袖である。
「――ね? やっぱりでしょう」
「むう」
同級生でごった返す校舎の一階。 俺の右隣でエミーちゃんがため息をつく。
特に食堂は、同年齢以上の子供達であふれていた。 席がなく、立ち食いしている子もいるほどである。
購買もまた「年末大バーゲン会場」と化している。 交代で店をやっている旦那さんと奥さんだけでなく、エプロン姿のバイトの子達まで総動員していた。
あちこちで怒声や悲鳴まで上がっていて、ちょっとした戦争状態だ……。
「こんなに混むのか」
「だって安いもの」
「なるほど」
まさにバーゲンか。 今日に限ったことではないが、食堂も購買も、外と比べるとすっごく安くなってるもんなー。
どうりでニコまで否定的だったワケだ。 なお、るー君はニャル子ちゃんとニコを家に招いて一緒におやつを食べるそうで、初めから合流していない。 三人は比較的、家が近いのだ。
なお、ハカセ君は塾があるからと固辞したそうだが……仮に時間があったとしても、彼があの家の敷居をまたぐのはハードルが高すぎると思う。
玄関の空気を吸っただけで倒れかねない。
「早く帰ろ?」
「だね」
くりむちゃんの提案に首肯する。
お姫様オーラを振りまいているセーレたんのおかげで立つ場所こそ確保できているものの、ちょっとでも手を伸ばした先は人間の濁流だ。 わん子ちゃんなんて、自分のしっぽを持って行かれないように後ろ手で押さえているほどである。
ていうか、俺達のせいで余計に廊下が狭くなってみんなの迷惑になっている。
早く退散することにしよう。
「じゃあね」
「ん」
校門のところで、くりむちゃんと別れる。 学校の前も子供達でいっぱいだ。
傘を差すほどではないものの、まだ雪はチラチラと降っていた。
「じゃ、どこかで食べようか」
「うんっ」
俺の提案に、セーレたんは嬉しそうに微笑んだ。 日も射していないのに髪が輝いて見える。
俺達は最初から食べて帰るつもりだったので、お袋達にはそう言ってあるのだ。 ま、それでも帰ったら用意してくれるんだろうけど……。
今日は水の日だけど、俺達がテストのためステイさんもお休み。 テストの結果と同様、次に会うのは来年だ。
「それじゃあ、私も――」
「待って」
エミーちゃんが俺達に手を振ろうとしたのを、掴んで止める。
「エミーちゃんも一緒にどう?」
「え?」
ベレーっぽい帽子を被り、茶色い瞳を瞬かせるエミーちゃん。 横でハニーもうんうんとうなずいている。
わん子ちゃんは「帰って食べる」って言ってたから誘わなかったけど、エミーちゃんはまだ聞いていないからな。
だけど。
「やっぱり……」
「ええ、ママが作ってくれているはずだから」
「そっか」
俺の握った手をもう片方の手で包み、そっと下ろされる。
申し訳なさそうな上目遣いで見られるが、思いつきで誘ったのはこちらの方だ。 ニッコリ笑いかけ、放される前の手を軽く握って謝意を示す。
だったら、「お疲れ会」は明日までお預けだな。
明日は本来なら勉強会の日になっていたが、試験直後だし今年最後の集まりということで、おやつパーティだけをしようということになっている。
だから今日も、おやつではなく「仕事上がりに一杯どうよ?」くらいのつもりで食堂に誘ったのだ。
「だから、二人で楽しんできて」
「うん。 そうするよ」
「えへ~♪」
優しく微笑むエミーちゃんに俺はうなずき、セーレたんは照れるように握った手を口元に当て、くねくねし始めた。
だったら遠慮なく、プチデートしてきますか。
――まったりと一日を過ごし、夜。
さすがに星は見えないものの、雪はすっかりやんでいた。
風呂にも入って後は寝るだけとなり、今日くらいはこのまま寝るかーと思っていたそのとき。
「ぱらりらぱらりらー♪」
ベッドの上で、唐突に我が娘が暴走族みたいな音を奏でて踊り始めた。 ……教えたのは俺だけどさ。
と同時に、何かが足元から這い寄ってくるような薄ら寒い予感を察知する。
『……何やら失礼な事を考えておらんか?』
「滅相もない」
ノリノリで踊るニアちゃんを掴んで耳に当ててみれば、予想通りの声が聞こえてきた。
真顔でもう一度繰り返すと、受話器――ではないが、向こう側の奴さんも追求はしてこなかった。
『まあ良い。 ところで――』
「なななんだってえええーーーーーーッ!?」
取りあえず驚いてみた。
『まだ何も言っておらんわ!』
「いや、どーせ驚くようなコトを言われるかと思って」
このタイミングで、この通信である。
俺だって、伊達に歳を食っているワケではない。
『……確かに、我は其方を驚かせるのは好きだが』
「……」
ぶっちゃけたな、オイ。
知ってたけど。
『今回は至極、一般常識的な事ぞ?』
「ふーん」
軽快なやり取りに少々気分良くなりつつも、俺はしれっと用件を促す。
アチラさんも俺の態度を気にした様子はなく、むしろ楽しそうに会話してくる。
『先日の、セスルームへの旅行。 ジェイドもセフィも、大層喜んでおったそうだな?』
「うん、お陰様で」
数年振りに、家族でのんびりと過ごせたんだもんな。 ローザさんには孫の顔も見せてあげられたし。 ベッドに寝っ転びながらの姿勢でなんだけど、協力してくれたコイツには本当に感謝している。
……もちろん、謎の覆面ブラザーズにも。
その気持ちが伝わったのか、ニアちゃん越しに『うむうむ』と満足げな声が聞こえてくる。
『そうよな。 久々に家族が同じ屋根の下で過ごす。 とても良い事だな』
「だな」
『……久々に家族が、同じ屋根の下で過ごす。 とても良い事だな』
「うんうん」
『家族が揃って、同じ屋根の下で過ごすのは、とても良い事だな!』
「……」
『かああーーぞおおおーーーくううううーーーーがああああああ』
「聞こえてるっつーの!!」
何が言いたいんだよまったく! と、口を開きかけたところで……。
俺の中で、とあるひとつの可能性に思い至る。
「ま、まさか――」
『うむ!』
ああ。
受話器の向こうで、緑の少女がなだらかな胸を思いっきり反らせている姿が目に浮かぶ。
『……ニアよ。 そこの頭を叩いておけ』
「ほーい」
「あいてっ!」
叩かれた!? 自分の娘に手を挙げさせるなんて、なんて父親だ!
……向こう側から「そろそろ喋らせろ」という空気が伝わってきたので、黙ることにする。
ボケに対してリズミカルにツッコんでくれるから、ついつい乗りすぎてしまった。
『ニア。 そしてジャスも。 其方の両親が、良いと言うならば――。
新しい年を、共に過ごそうではないかっ♪』




