60 どうにもなりませんでした?
ゴシックロリータ、と呼ばれるファッションがある。
分かりやすく言えば、黒と白のフリフリドレスである。
転生するまでメイドさんも見た事がなかった俺だが、まさかそれをここで目の当たりにするとは思わなかった。
「る~?」
黒地に白のフリルが、胸元どころか袖の先にまであしらわれた、人混みの中を歩けばすぐにどこかに引っ掛けてしまいそうなブラウス。
スカートも、外側に大きく広がるプリンセスラインを描いた、六段くらいの白黒フリルのついたティアードスカートである。
そしてトドメとばかりに頭の後ろにつけているのは黒のリボン。 前から見ても分かるくらいのビッグサイズだ。
ピンクの髪にモノトーンはどうなのか……なんて疑問を一瞬で吹き飛ばす、相変わらず人間離れしたお姫様がそこにいた。
その背後にはワインレッドのメイド服を着た、あの銀髪メイドさんが控えている。
でもその周りにいるのは、普通の服を着た幼児や保護者のお姉さん達。 まあ確かに綺麗なんだけど、非常に浮きまくっている。
「…………」
ほら、俺と手を繋いで来たマールちゃんが、完全に思考停止してしまっているではないか。
あの一角だけ別世界だもんなぁ。 というか異世界?
「る~ちゃ~ん♪ こんにちは~!」
いつもの部屋に入るなり、セーレたんはお袋の手を解いてお姫様の元へ走って行った。
「る……こん、にちは」
るーちゃんことお姫様が……あれ、逆だっけ? 床に座ったまま両手を広げお出迎え。 意外にちゃんと喋れるんだよね、この子。
図らずも、今日はお袋とお揃いの白ワンピを着ていたセーレたん、両手を取ってそのまま向かいに座る。 そしてプリンセススマイル。
「ふふふっ♪ ……みなさま、こんにちは~」
「……」
お袋は、お姫様付きのメイドさんに会釈をすると、保護者席で感嘆の声を漏らすお姉さん方に挨拶しながらソファーへ。
「マールたん?」
「……はっ!? え……あ」
自力での再起動が不可能っぽかったので、繋いだ手をちょっと強めに引っ張ってマールちゃんを復活させる。
「だいじょぶー?」
「あっ? は、はい、ありがとうございますジャス様。
ところで、あの方は……?」
さすがにあんな格好してる上にメイドさん付きからなー。
明らかに貴族だろうお姫様について、少し遠慮がちに俺に尋ねる。
「るーたん。 おともだちだよー」
「そ、そうですか。 何と言いますか……凄い方ですね」
俺達も靴を脱いで中に入り、マールちゃんはお袋の下へ。
低い靴箱の上には、他のものとは明らかに一線を画す子供用のロングブーツが一足あったが、それが誰のかは言うまでもなかろう。
謎の交信でお取り込み中のプリンセシーズはそっとしておいて、さーて俺は何すんべや? と考えながら部屋の中心へ歩いていると……。
「る~るるるるる~」
「おにぃ~?」
呼び止められてしまいました。 つーか、俺はキタキツネではない訳で……。
曇りひとつない二対の魔眼に見つめられ、俺はあえなくアブダクション。
とその時、偶然俺の目の前を横切ろうとしていたヤツがいたので、せめてもの抵抗にと道連れにしてみる。
「のわぁ!?」
「てーこーはむいみだっ!」
うん、このセリフは俺自身にも返ってくるような気がするが無視無視。
「ぬーくね」
「ぬ~くね♪」
「……ぬくね」
「ぬく……?」
俺の、謎の挨拶にも難なく返すプリンセシーズと、首を傾げる男の子。 まあ、それが普通のリアクションである。
濃い藍色のショートヘアか。 髪質が硬いのか、少し浮いてる感じだが可愛い系の顔なので、ナチュラルに似合ってると思う。
一方で俺の髪は、伸びが遅いせいでワイルド系になってるので、ちと羨ましい。 まあ、今の髪型も悪くはないけど。
着ているのは、少し青っぽいグレーのトレーナー上下。 非常にシンプルだが、他の子を見ても特に珍しい格好ではない。 ごく普通。 体格も俺と同じくらい。
近くで見ると、ちょっと丸襟とかが型崩れしてるので、お古かもしれないな。 これも特に珍しいことではなくて、お下がりに限らず、俺や妹様に買ってもらった服の中にも古着は少なくない。
子供は特に成長早いし、普通に古着の売り買いが広く行われているんだろう。 非常にエコだ。
「ぅあ……」
後光の差すプリンセシーズを目の前にしておろおろしている彼だが、お構いなしに俺の隣に座らせたら神妙になった。
対面の妹様達もいきなりのゲストに若干怯え気味なので、俺が――仮に普通君と呼ぶが、頭をぽんぽんと叩いて無害さをアピール。
「ぁぅぁぅぁぅ」
「だいじょぶ、だいじょぶー」
なんか、あうあう言ってるが気せずにぽんぽんし続ける。
「お、おにぃ……」
「る、るぅ……」
セーレたんが人見知りするのは知っているが、このお姫様もやはりそのようで。
さっきより耳が垂れてるし、ちょっと目も潤んでキラキラしてる。
「うっ」
……む、ムチャクチャ可愛いんですけど。 だ、だが断る!
絶対悪いとは言わないけど、人見知りはある程度直しておいた方が将来楽だぞー?
この普通君は見るからに気弱そうだし、慣らすにはちょうどいいのではなかろうか。
だからねー。
「おねーさん、だいじょぶだよー」
「――――はい」
浮かせた腰を静かに戻すメイドさん。
うむ、きっとウチよりもいい所の貴族様なんだろうけど、ここは甘やかさない方がいいぜ?
「ぁぅぁぅぇぇぇぇぇ」
おっとスマン。 さっきからずっと叩きすぎてこっちも涙目だよ。
つーか、どんだけ気が弱いんだ君達……。
よし! ここはひとつ、お兄さんが一肌脱ぎましょう!
どうすりゃいいか、全っ然分からんけどな!!
「さんとらー」
「さんとら~♪」
「さんとら~♪」
「……とら?」
で、取り敢えずやってみた。
昔の人も言ってたではないか。 『やらずに後悔するのなら、やって後悔するが良い! ヒャッハー』と!
……うん、後悔してるぜ。
だけど俺は挫けない! 行き着く所まで突っ走るぜ!
俺から時計回りにセーレたん、お姫様、普通君と輪になって手を繋ぎ、宇宙に向かって祈るように声を出す。
うむ! 頼むからこの状況を何とかして、宇宙人さん!
「タンブラー!」
「たんぶら~♪」
「……た、たん、ぶら?」
「ぶ、ぶら?」
「テンプーラ!」
「てんぷ~らぁ♪」
「……てん、ぷー」
「て、てん……?」
「ガンダーラ!」
「がんだ~らぁ♪」
「がんだ、らー」
「がんー……だ」
「なんてこったー!」
「なんてこた~!」
「……なんてこった」
「な、なに?」
よーし! もうどうでも良く……げふんげふん、テンション上がってきたぜー!!
「なんじゃコリャー!!」
「なんじゃこりゃ~!」
「なんじゃこらー」
「ひぅ!? ……こ、こらー」
なんか、後戻りできなくなってきたぞ? この儀式って――――。
「いつまでつづくんだこれー!?」
「いちゅまれ、ちゅじゅ……?」
「……つづくの?」
「ぁぅぁぅぁぅぁー」
「えっと、えーっと……」
「おにぃ~?」
「る?」
「ぁぅぁー」
「……」
「……」
「……」
「……」
「ごめん、もうムリ……」
どうにもならねぇぇぇえええええーーーー!!
肩をガックリ落とし、前のめりに倒れる俺……。
「おにぃ~、げんきだして~」
「る……がん、ばれ」
「ば、ばれー」
「うぅ……」
「お、おにぃ~!」
「ないちゃ、だめ」
「ぁぅぁぅぁぅ」
俺を取り囲んで、肩や背中などを叩いて励ましてくれるみんな。
な、なんて優しいんだ……。
「み、みんな、ありがとなぁ~」
「ひゃはん♪」
「……うん」
「う、うんー」
「ええ子や~。 みんな、ええ子やなぁ~。
おおきになぁ~」
なんとか復活した俺。 輪の中心で起き上がり、みんなを順番になでなでしていく。
「きゃは~ん」
「る、るー……♪」
「え、えへへっ」
いつの間にかみんな、けっこう打ち解けてるような気がする。
どうにか、なったかな?




