58 がんばってます!
晴れ渡り、小鳥が喜び踊る空。
光風がカーテンを揺らし、ほんのりと若々しい緑の匂いを運んでくる。
そんな風に揺られる草花のように、俺達兄妹にエミーちゃんを加えた三人も、目を閉じて右にゆらり左にゆらりと身を任せる。
だけど、俺達を揺らすのは風ではなく。
~♪~~~♪~♪♪~~~♪ ♪~~♪♪~~~~~♪
――とある少女の歌う声、だった。
白のブラウスに、淡いグリーンのロングスカート。
アイボリーの麻のストールを首に巻くことで、シンプルな装いをお洒落に飾っている。
普段は束ねている髪を下ろし、穏やかな笑みを浮かべているのはマールちゃんである。
今日は休みのために私服の彼女だったが、だからこそ俺達と一日遊びたいと言って、朝からこうして部屋にいてくれていた。
♪~~♪~~~~~~~
俺達兄妹のリクエストに応えてくれたマールちゃん。
高く高く伸びるような優しい歌声は、やがて風に溶けるように消えていった。
――――。
――。
「おおーーーーーー♪」
「あああ~~~~ん♪」
「うあーーーーぉ!!」
長い余韻がようやくなくなって、俺達は心からの拍手と歓声で賞賛した。
特に、初めて聞いたエミーちゃんは目をまん丸にしている。
「そ、そこまで喜んで頂けると照れちゃいますね……ありがとうございます♪」
「ま~う~~!」
「おあーーーっ!!」
「マールたーーん」
妹様とエミーちゃんが同時に立ち上がってマールちゃんに飛び込んでいったので、俺も後に続いてダイビング。
「きゃっ!? ふわっ! ……ふふふふふ」
「きゃはははあ~~ん♪」
「やはははははーーー!」
「ふはははははーーー!」
俺がトドメになって全員を押し倒してしまったが、そのまま床に寝転がって四人で笑い続けた。
**********
一方、その頃。 隣の部屋では。
リビングとしては珍しい雰囲気に包まれていた。
家族全員が座れる長テーブル。
しかし、並んで席に着いているのは三人だけ。
「~♪」
「……」
「……ごくっ」
緊張した空気をものともせずに微笑んでいるのはセフィア。 オリオール家の家計を預かる、穏やかなる聖母様である。
その隣で堂々としているのは、料理主婦歴十年近くを誇るメイドのエリアナ。
更にその横で真面目な表情をして生唾を飲み込んでいるのは、その母の料理に育てられた至高の舌を持つ、娘のエルネスタ。
以上この三人が、今回の審査を務める。
そしてテーブルの向かいには、メイド服を着たチャロアがカチコチになって立っていた。
席に着いている三人の前には、先程彼女の手によって運ばれてきたものがそれぞれの前に並べられている。
身体中の関節やしっぽに添え木でもしたかのような固い動きで皿を運ぶ彼女を前に、エリアナ・エルネスタの母娘は終始ハラハラしっぱなし。
一度うっかり落としかけた時には、「ひっ」と短い悲鳴が漏れたくらいだ。
何とか無事に運び終わって大仕事を終えたような心境の、セフィアを除いた三人であったが、むしろ本番はこれからである。
挑戦者、チャロアが今回用意したのはこの三品。
一品目は、春野菜とカリカリクルトンチップのサラダ。
カラフルで瑞々しい旬野菜を大きめにカットし、サイコロ状ではなく薄切りにして焼いたクルトンが歯ごたえに楽しい変化をもたらす。
酢をベースとしたサッパリ系のドレッシングと共に頂く。
二品目は、鶏ガラベースのジュリエンヌスープ。
時間をかけて出汁を取った鶏ガラベースに、細切りにされた色取りどりの野菜が、スープに甘みと色彩を加えている。
最後に添えた生のかいわれと、一振りの胡椒がアクセントとなっている一品である。
最後でメインディッシュとなる三品目は、白身魚のソテーのハーブ添え。
旬の魚を植物油でソテーにし、酸味の利いた柑橘の汁を振りかけて香りの良いハーブを添えた、まさに春らしいと言える一皿だ。
「デ! ででで、ではっ!! お、お願いします……」
顔を強ばらせている挑戦者。 耳としっぽは天井を向き、その毛先までピンピンに立たせている。
――――では、試食。
まずは、サラダから。
「あら~♪ お野菜が、とてもシャキシャキしてるわ~」
「ドレッシングはシンプルだけど、それが逆に良いわね。 クルトンの食感も面白いわ」
「クルトンだけでも美味しいねー!」
次にスープを。
「鶏ガラのお出汁が、よく出ているわね~」
「野菜の甘みも、よく溶け込んでる。 ……手間をかけたわね」
「うわっ、美味しいーーーっ!?」
そして、ソテー。
「美味しいわ~♪ 香りもすごくいい~」
「ちょっと焼き過ぎのような気もするけど……これは好みの範囲内かしらね」
「皮がパリパリで、私は好きだよー!」
試食が終わり、審査員が採点に入ります。
各人一品ずつ一〇〇点満点で採点し、合計九〇〇点満点中七〇〇点以上が合格となる。
さあ果たして、挑戦者は合格することができるのか?
――――結果発表。
「よ、よよよよろしくお願いしまひゅ!?」
「……じゃあ、私からね~。
八〇、八五、八〇で、合計二四五点~」
「次は私ね。
七五、八五、七〇で、合計は二三〇点」
「そ、それじゃあ、最後は私だね。 ……私なんかが点数つけてゴメンね、チャロお姉ちゃん。
えっと……八五点、九〇点、八五点で、合計は二六〇点!」
「ととと、とっというコトはっ!!?」
結果は大体予想できつつも、テーブルに両手を付いてついつい身を乗り出してしまうチャロア。
苦笑いしつつも席から立ち上がり、エリアナは結果を告げる。
「もう、ちょっと落ち着きなさい。 合計は……七三五点。 見事合格よ!」
「――――っ!?」
「すっごーーーい!! すごいっ! すごいっ! スゴイっ!!
わあーーーーーっ♪」
テーブルを回り込んで、両手でチャロアの手を取るエリアナ。
そこへ走ってきたエルネスタが抱き付き、ゆっくり歩いてきたセフィアが手を差し出した。
「チャロちゃん、毎日遅くまで頑張って練習していたものね~。 おめでとう~♪」
「あっ、あ、ありがとうございますっ!
わた、わた……し……――!」
もう片手で握手を交わすと、感極まって堪える間もなく涙があふれるチャロア。
セフィアはそのまま近づき、ハンカチを出して涙を拭いてあげた。
「今日のお夕飯だけど。
ジャスちゃんとセーレちゃんに、このお料理を出してくれるかしら~?」
「ぐす……は、はいっ!」
彼女の肩書きから「見習い」が取れる日は、きっと遠くないだろう。




