52 そんな目で見ちゃいやん
昼下がりの道を、横に四人並んで歩く。
幅四メートルくらいの道は四角くカットされた石畳で舗装されており、石のブロックどうしは四センチ……は、空いていなかった。 残念!
四揃いじゃなかったが、その半分くらいの隙間が空いている。
雨が降った時のためかなー? とか考えながら、その隙間をジャンプしながら歩く。 踏んだら負けなのだ。
手を繋いでいる妹様も俺にならい、喜びながら同時にぴょんぴょんしている。 その度にピンク色のワンピースのスカートが膨らんで、とても可愛らしい。 ……大丈夫、見えてないよ?
この周辺は、うちと同じような貴族階級の住宅地だ。
だから通行人も少ないし、俺達の両サイドを歩くお袋とチャロちゃんが頻繁に会釈しているので、みんな知り合いなんだろう。
「おねえさん、こんにちはー!」
「こんにちわ~♪」
「うふふっ、こんにちはー♪」
兄妹揃って元気に挨拶すると、買い物カゴを持った知らないメイドのお姉さんは満面の笑みで挨拶を返してくれた。
こんな感じで、メイドさんとの遭遇率はオタクの聖地以上である。 しかも本物だ! 見慣れてるけどね。
ちなみに男の使用人さんも多いけど、執事っぽい人は見かけない。 まあ……管理職だからな、執事って。
そんな感じでもうしばらく歩くと、多くの人々が行き交う大通りが見えてくる。 ガヤガヤと賑やかな声も風に乗って聞こえるようになってきた。 貴人区の端まで来たのだろう。
外自体は散歩で出た事はあるが、ここから先は完全に初めてである。 とくとくとく、と鼓動が早くなる。
そして、大通りに出た俺の目に飛び込んできたものは――。
「おお……」
隙間なく敷き詰められた石畳を歩く人々。 石畳の中央の切れ目を境界として、向こうへ行く流れとこっちに来る流れにだいたい分かれている。
道行く人々は大人の割合がかなり多いが、様々な服装や髪の色が見られ、獣人らしい耳やしっぽが付いている人も少なくない。 いかにも異世界、といった感じだ。
通りの中央を見ると、石畳は途中から細かい砂利へと変わっていて、そこは基本的に人は通らずに馬車や荷車が走っている。 車道なんだろう。 たまに横断する人がいて、渡り切ると向こう側の逆方向の流れに乗って歩いて行く。
そして、通りの端にはずらりと並ぶ商店や屋台。 人混みでどこまで続いているのかは分からないが、かなりの数の店があるみたいだ。 正面が完全にオープンになっている店も、ショーウィンドウや入口のある店もある。
売られているものは、見える範囲だけでもパン、肉、魚、野菜、果物といった食べ物や、服、アクセサリー、食器などもある。 屋台は飲み物や料理が多いか。
店の呼び子の声、道行く人のガヤガヤ声、馬車の通る音、食べ物の匂い――。
とても賑やかではあるけれど、雑然とした感じはしない。 むしろ整然としているようにも見える。
意外な事に、よくあるファンタジー世界のような酒場や武器屋などもないようだし、武器や鎧を装備した荒くれ者も見かけない。 せいぜい、警察みたいな制服の人がサーベルを腰に差しているくらいだ。
まあ、家の近所の様子を見て、かなり近代的かもと予想はしてたけどな……。
モヒカンでヒャッハーな奴はともかく、ビキニアーマーのお姉さんは密かに期待してただけに、その点はちょっと残念。 いたらいたで、その防御力を疑うだろうが。
前の世界で言うなら、全体的な印象はヨーロッパや日本に近い。 しかも中世や江戸時代などではなく、近代の、だ。 明治や大正くらいの「帝都」みたいだ、と言った方が分かりやすいか。
つーか、よく見たら街灯もあるぞ? 間隔はかなり広いけど。 大正の「大」の字に、点を一個書き加えてもいいかも知れんな、コレ。
……これは明らかに、都市計画や法整備がなされているぞ? そして、その教育が一般市民に十分に行き渡っている。 下手をすると現代レベルじゃないか……?
そんな事を思いながらも、お袋達は手を引いて流れの中に入って行く。
すると、当然四人が横に並んで歩く訳には行かなくなるが――。
「ひゃぅ~……おにぃ……」
見た事もない人の多さに怖くなったんだろう、セーレたんは俺の左腕にしがみ付いて離れない。
「あははっ、セーレさまはジャスさまが本当に大好きですねー。 振られちゃった~」
ちょっとだけ寂しそうな笑顔を浮かべたチャロちゃんは、妹様の手を離して俺達三人の後ろに付いた。
そして、大通りを歩く。
「おにぃぃ、こあいよ~」
「だいじょぶだよー、おにぃがいるからねー」
両手が塞がっているので、ちょこちょこ声をかける俺。
そんな様子を、向こうから歩いてくる流れの人達が微笑ましい表情で目を向ける。
『うわっ! あの子達、すっごくカワイイ~♪』『わ、ホントだー!』『カワイーー♪』
ふっふっふー! 俺のハニーは最高だからな♪ 存分に見てってくださいな。
『可愛いわねー』『お兄ちゃんかしら? しっかりしてるわ~』
あり? 俺も意外に好評? うそーん。
『うわ! あの娘、すっげー可愛い!』『後ろのメイドの娘もなかなか』『声かけてぇけどなぁ……』
明らかにお袋とチャロちゃんを見てる男共。 ま、それも当然か。
『幼女ハァハァ』『男の子はぁはぁ』
――お前らはこっち見んな!!
あ、でも、そっちのお姉さんは……やっぱりお姉さんも見ないで? なんか目つきが怖いわ。 よだれも出てるし。
いろんな人の目に、喜んだり怯えたりしながら。
人通りの少ない道に入ってほっとしていると、いつの間にか目の前に門と、その向こうに木造の平屋が。 どうやら着いたらしい。
お袋に手を引かれるままに門をくぐり、開けっ放しの入口から建物の中へ。
玄関に入るとすぐ右側にカウンターがあり、お袋がカウンター越しにその向こうへ話しかける。
職員の人がいるんだろう。 まるで病院の受付みたいだな。 残念ながら、高すぎてカウンターの向こうは見えないが。
「ごめんくださ~い」
『はーーい!』
向こうから誰かが近づいてくる靴の音が聞こえるけど、やっぱり見えない。
「今日からお世話になります、オリオールなんですが~」
『あっ、はい、うかがってます! 双子のお子様ですねー!』
「はい~♪ 兄のジャスパーと、妹のセレスティアですわ~」
すると、カウンターからひょっこりとお姉さんが顔を出した。
紫の長そうな髪を後ろでシニヨン―― 「おだんご」とも言うが―― にした、二十歳くらいの明るそうな人だ。
すーっと垂れ下がった左右のもみあげがちょっとアダルティ。
『あら、可愛い~っ♪
ジャスパー君、セレスティアちゃん、こんにちはっ!』
「おねえーさん、こんにちはー♪」
「こ……こんにちゎ~」
元気な声でごあいさつ! ちなみに『お姉さん』を付けるのがポイント。
セーレたんは大きな声にちょっとビックリしたようだが、俺が目を合わせて頷くとお姉さんの方を向いてちゃんとごあいさつできました。
なでなでしてあげますよー!
「せーれたん、えらいねー」
「ひゃあん♪」
「ふわぁー……すごく賢いお子様ですねぇ。 とても三歳になったばかりとは思えませんよ!」
「ふふふふっ、ありがとうございます~」
「ではすみませんけど、こちらにお名前と、料金の――」
「はーい、ジャスさまセーレさま、座ってもう少し待ちましょうねー」
お袋とお姉さんが手続きらしいことを始めたので、俺達の退屈を紛らわせるためにチャロちゃんが、後ろの壁に沿って置かれているベンチに誘導してくれた。
ちゃんと子供用の高さになっているので、俺達は難なく座る。
チャロちゃん、俺、妹様の順番に座り、チャロちゃんに二人一緒になでなでされながら手続きの様子を見ていると、またお姉さんと目が合ったので手を振ってみた。 お姉さんも振り返してくれたぜ!
それにしても……この紫のお姉さん、どこかで見たような気がするんだけど、気のせいかな?
なんか声をかけても良さそうな感じなので、話しかけてみよう。
「おねーさーん、おなまえなんてゆーの?」
「ふふっ、ヴェオラっていうのよ、よろしくねー!」
「べおらおねーさーん!」
「あはっ♪ はーい! ……お子様、本当にすごいですねー」
「ええ、自慢なんですよ~。 はい、これでよろしいですか~?」
「あ、はい! お預かりしますね…………はい、結構です!
では、年少さんのお部屋にご案内しますね。 こちらでーす!」
「はーい! せーれたん、いくよー」
「はい~♪」
おっと、前に会ったことあるかどうか聞けなかった……ま、いいか。 なんか、ナンパみたいな言い方になりそうだし。
妹様とおててつないで、表面上ニコニコ笑顔で付いて行く俺。
……でも内心はドッキドキ。 転校生の心境だよ。
子供って容赦ないしなー、頑張って溶け込まないと。 どう頑張っていいか全然分からんが……。
廊下を歩いてすぐの部屋みたいで、あっという間に到着してしまった。
先にヴェオラさんが中に入って、他の保護さん達に説明していくれているようで……本当に転校生だなコレ。 ドアも引き戸で教室っぽいし。
さーて、なんて言って挨拶すればいいんだ?
本日はお日柄も良く――これじゃ結婚式だな。 私は戦争が大好き――って、それも違うだろ。
セーレたんとは双子で、一緒に暮らしてます! なんだってー!? ……いや、当たり前だろ。
ん? どこかで聞いたようなセリフだな?
「ではみなさん、お入りくださーい!」
「それじゃあ、いきますよ~」
引き戸が開いて、お姉さんが顔だけ出して俺達を呼ぶ。
俺の左腕にしがみ付くセーレたんごと、俺の背中を押して中へ入れるお袋。
俺自身の不安消しも兼ねて、右手でセーレたんの頭をなでながら中に入ると……。
『あらぁ~』『可愛らしいわね~』『しがみ付いちゃって、まぁ』『男の子はぁはぁ』
保護者の若いお姉さん達のささやき声と温かい視線に包まれる俺達一行。
あのー、最後のお姉さん。 あなた、どこかで会いませんでした?
……まあそれは、今は置いといて。
入った部屋は、ハッキリ言って家の兄妹部屋とあまり変わらなかった。
白を基調とした、俺達のよりは少し広いくらいの長方形の部屋。
中に入ってすぐに靴を脱ぐようになっているんだけど、さすがに大人数なので靴箱があるところは家と違う。
毛の長い絨毯が敷かれ、入口から正面にあたる、部屋の端には大きくて脚の短いテーブルがある。
そして、お姉さん方がずらっと並んで座っている大きなソファーが、テーブルを囲んでコの字型に配置されており、談笑しがら部屋の中央にいる子供達が見えるようになっている。
ソファーの近くには本棚が1つ。 入口や保護者席から最も離れた向こうの壁には、オモチャ箱が五つくらい並んでいて色々入っているっぽい。
で、そこからオモチャを引っ張り出して部屋の中央で遊んでいる子供達が六~七人と、その相手をしている十代前半くらいの女の子が一人。
なんか学生っぽいから誰かのお姉さんかな? と一瞬思ったが……俺のお袋も似たようなもんだよな。
「今日から時々お世話になります、二等区のオリオールと申します~」
おっと、観察していたらお袋が自己紹介を始めた。
こうなったら腹を括るぜ!
「こちらが三歳になったばかりの私の子供で、双子の兄のジャスパー。
そしてこちらが、妹のセレスティアと申します~。
それぞれ、ジャス、セーレと呼んであげてくださいませ~」
名前を呼ばれた時に、頭の上に手を置かれて紹介される俺達。
お姉さん方の視線が集中し、セーレたんがびくびくしている。
ここは、俺がお兄ちゃんらしい所を見せなければ!
「ぉにぃぃぃ……」
俺に抱き付いて涙目で震えているセーレたんを、必殺のほっぺなでなでで落ち着かせにかかる。
そんな妹様を見ていると、俺も緊張していたのがウソのように引いてきた。
俺は視線をしっかりとお姉さん方に向けて、ニッコリと微笑んで大声で挨拶する。
「ぼくは、ジャスパー・オリオール、三しゃいです! で、こっちが妹のセレスティアですっ!
よろひく、おねがいしまーす♪」
「…………」
な、なんか、しーんとしてしまったぞ……?
ちょっと気まずくなってしまったので、ぺこりと軽く頭を下げて、再びニッコリ♪
「――ゎ」
「すご……」
『きゃあーーーーーーーーーーっ!!!♪♪』
「おおぅ!?」
「ひゃうっ!?」
すると、いきなりもの凄い歓声が起こり、ビックリしてしまう俺達。
遊んでいた他の子供達も、驚いて硬直していたりぽかーんと見ていたりする。
「すごーーーーーーーい!」
「かわいいーーーーーーーーーっ♪」
「かしこーーーーいっ!!」
「お兄ちゃんはぁはぁ」
次々に立ち上がり、集まってきたお姉さん方に囲まれる俺達。
んでもって、あっちこっちから手が伸びてきて撫でられる。
「お兄ちゃん、しっかりしてるわねー」
「かわいいわぁー」
「ああん、セーレちゃん、怖がらないでぇ~」
「ごめんねー」
また妹様がびくっとしたが、俺とお姉さん達のなでなでによって、少しずつ落ち着いてきた。
「ほら、せーれたーん」
「うぅ……こ、こんにちは~」
俺が目を合わせてやさしく声をかけると、セーレたんもようやくあいさつしてくれた。
「いやああーーん♪ セーレちゃんもかわいいーーーーっ!」
「えらいわねーー!」
「よろしくねーーーー」
「ひゃあん♪」
よっし! エンジェルスマイル復活!
『かわいいーーーーーーっ♪♪』
「ジャスたんはぁはぁ」
――おい、さっきから俺のオシリばっかり撫でてる人、頼むからやめてくれぃ!
ちなみにヴェオラさん、本人ではないですけど家族の人は既に登場済みです。




