51 メジャーデビューですよ
年が明けて、温かい冬の日々が過ぎ。
庭には少しずつ、緑が帰って来始めた。 ……そんな日の夜のこと。
我が家の食卓ではいつも通り、かちゃかちゃと食器の音が響いていたその最中。
ナイフとフォークの二刀流でハンバーグを相手に、熱くて美味しい攻防を繰り広げていた俺達へ、お袋からいつも通りではない衝撃の発言が飛び出した。
「ジャスちゃん、セーレちゃん。
春になったら、〈幼児園〉に行きましょうか~♪」
「ようちえんー!?」
「よ~ぢえ~?」
「幼児園ですよー、ジャスさまっ」
むむっ! それはなんぞや!?
俺の知っている幼稚園みたいなもんか? ……誰れぞ、教えてたもれ!
「ままー、ようじえんってなにー?」
「まま~、な~に~?」
「そうね~……。
ジャスちゃんやセーレちゃんと同じくらいの子が、たくさん集まって遊ぶところなのよ~」
「おおーーっ!」
「おお~?」
まさに幼稚園!
遂に俺も園児デビューですかっ!?
――なんか聞いてみると、「幼児園」というのは託児所の性質を持つ前の世界のものとは違い、三歳を過ぎた子供が保護者同伴で足を運んで交流を図るという、親にとっては社交と教育の場、子供にとっては出会いと遊びの場であるらしい。 前世での「公園デビュー」みたいなもんだね。
ちなみに毎日通う必要はないらしく、俺達も週に何度か通いましょうか、という話のようだ。
「いいねー!」
「いいね~♪」
握り拳に親指を立てて突き出す俺達に、お袋はにっこりと答えてくれた。
「うふふふふ~♪ じゃあ、きまりね~」
「わーーーい!!」
「きゃは~ん!」
――俺も、生まれてもうすぐ三年目。
セーレたんを立派に育てようと心に決めた俺。
毎朝毎晩ふかふかのベビーベッドで寝起きする度に『元気に育ってねー♪』と言われ、釣り下がる事などあり得ずたわわに実る○っぱいを飲み、背中を叩かれては「げっぷ」と言った。
シモの世話までメイドちゃんズに任せ、おててとあんよを動かす訓練をして、触手で妹様をとことん弄り倒した。
お袋達はたくさんの本を用意してくれたが、チャロちゃんはその中に地雷と宝石を巧みに混ぜた。
俺は『できる限りの知識を得るのだ』と思い、自ら本を取っては何度も屍になった。
それでも俺は知識を詰め込み続け、それを見たお袋達は新しい本棚を追加してくれた。
そうして二年間、語彙を増やして運動能力を高め、触手を使ってはセーレたんを訓練した。
やがてセーレたんは立派な触手フェチとなり、俺は『やべぇ、どうしよう』と思ったが、マウントポジションを取られて萌え死んだ。
そんな臥薪嘗胆な日々が、新たなステージに進むのだ!
……って、どこが臥薪嘗胆やねん!
俺のこれまでを故事成語になぞらえてみたが、甘々な上にフリーダムやん。
とっても楽しかったぜ!
まあとにかく、俺もセーレたんもできる限りの事はやったし、そろそろエルネちゃんやエミーちゃん以外の子供達や外の社会にも、積極的に触れていかねばなるまい。
まさに、渡りにテツ……もとい、船である。 どこかの軍団の人は関係ない!
「奥様……それでは、ジャス様とセーレ様の外出用の服を買わなくてはいけませんね!」
「うんうん♪ カワイイ服を着て、いっぱい見てほしいですよねっ!」
「そうね~♪ 次の〈精霊の日〉にでも、みんなで買いに行きましょうか~」
「はいっ、奥様♪」
「はーーーーい!」
おおっと、俺がボケーっとしている間に話が進んでいるではありませんか!?
「おでかけいくー!」
「しぇーれも~♪」
――――さあ、春よ! 早く来いっ!!
**********
『一度でいいから見てみたい、パンを咥えた転校生。
出会いの季節で一句詠んでみました。 ……初めまして、ハル・スプリングフィールドです』
うん、いつも以上に訳が分からんな。
テンションが上がるあまり、俺の脳内で謎の外人落語家キャラが爆誕してしまった……。 本当に意味が分からん。
しかし、季節が変わってしまったのだから仕方がない。 だって春だもの!
この日が、とうとうやって来ましたよ!
園児デビューが決まってからというもの、冬の団らん生活で特訓時間が取れにくくなったのを逆に幸いと、言葉や一般的なマナーといった社会的スキルの特訓に費やした。
食事はスプーンやフォーク――俺はナイフも使えるし、簡単な服なら脱いで着ることもできる。
自分でおまーる子ちゃんへ行くから、昼間はオムツも完全に卒業したし、手洗いや歯磨きだってしてるもん!
あいさつだって、ちゃんと覚えた。 コミュニケーションの基本ですよ。
ただ、身分制度……つまりは上下関係による振る舞い方には不安があったが、子供は特に気にしなくていいらしい。 そりゃそうか。
アナさん親娘は貴族じゃないが、ここにいる時でも最低限のマナーを守っている以外は普通だし。
まあ、彼女の場合はお袋の友人でもあるから、かなり身内に近い関係だけどな。 労使関係でもあるから、けじめはしっかりしてるけど。
ともかく、フォーマルな場でなければ最低限の礼儀だけで良い、といった感じのようだ。 無礼討ちとかの心配はなさそうで一安心。
ということで、万全の体制を整えつつ三歳の誕生日を迎えて―― 俺達の誕生日って、三月二日なんだってさ―― 四月になった。
ちなみに、誕生日は去年みたいな豪勢なものではなく、ちょっとしたご馳走と後日幼児園デビューのお祝いも兼ねて服を買いに行くのが決まったくらいで、つつがなく終了。
まあ、その買い物がまた大変だったんだけどな……。
着て脱いで着て脱いで着て脱いで、をエンドレスで繰り返す俺達。 しかも丸一日かけて店をハシゴすること三軒、更には四軒目で日が暮れたからと翌日まで持ち越す始末。
ほんと、脱ぎ着しすぎて脱皮するかと思ったぞ。
『すぐおっきくなるから、おカネもったいないよー』と言って、何とか二日目の午前中に切り上げさせた俺を褒めてくれ。
……その代償? として、お袋とメイドちゃんズにエルネちゃんが加わった連合軍に、残りの半日ずーっと揉みくちゃにされたがな。
そんな、苦難? ……むしろ女難? の日々を乗り越えて、今日、やっと園児デビューと相成ったのであります!
「うんうん、とても良くお似合いですよ、ジャス様っ♪」
「ありがとー、マールたん!」
俺が着せられた……チョイスされたのを自分で着たんだが、グレーのレイヤード風のTシャツに黒のパンツ。
ちなみにレイヤード風っていうのは、一着だけど重ねて着てるように見えるヤツな。
グレーの濃淡でボーダーになっている半袖のシャツに、赤茶色の長袖がくっついている。
二日もかけてそれか? と思われるかも知れないが、他に売ってた服に比べたら相当凝ってるぞ?
しかも三歳の服って、俺自身が言ったようにすぐ成長して着れなくなるからか、元々数もデザインも少ないし。
ワガママ言う振りをして買う数をかなり減らしてもらったけど……果たしていくら使ったんだか。
「あはっ♪ セーレさまっ、すっごくカワイイですー!」
「ありがと~、チャロた~ん♪」
一方セーレたんが着ているのは、ピンクを基調にしたワンピース。
胸からスカートまでがピンクで、胸から上と袖が白。 これもレイヤード風だな。
首元はシンプルに丸襟、胸元には薄いピンクのリボンが付いていてスカートは膝下までの長さ、その下は白のニータイツなので転んでも大丈夫。
髪も肩口まで伸びてきたセーレたん、キッズ未満で飾りの少ないベビー服ではあるけど、見事に着こなした姿はどう見てもお姫様です。
明らかに俺のよりお金がかかっていそうだが、そんなのは当たり前だ!
俺なんかに金をかけてどうする!?
「あらあら~、二人とも、よく似合っているわね~♪」
支度して部屋にやって来たお袋は、よく着ている白いワンピースに、同じ白の薄くて丈の短いカーディガンを重ねている。
肩から掛けているのは、革の小さいポシェットだ。
「それじゃあ、行きましょうか~。
マールちゃん、今日は早めに帰りますから、それまでお願いね~」
俺とセーレたんをなでなでしたお袋は、俺の手を取ってマールちゃんに留守を頼んだ。
妹様の手を取っているのはチャロちゃんだ。 しっぽの付け根に巻いたスカーフがピンクなのは、セーレたんに合わせたのかな?
「はいぃ、いってらっしゃいませぇぇー……」
涙目で手を振るマールちゃん。 チャロちゃんとどっちが付いて行くかを、じゃんけんみたいなモノで決めた結果、負けたらしい。
まあ、次から代わり番こになるらしいから、今日の所は強く生きてくれい?
チャロちゃんが部屋のドアを開けて、先に俺とお袋が廊下に出る。
時間は既に昼を過ぎている。
玄関まで伸びる真っ直ぐな廊下。 左側からは暖かい春の陽気が差し、廊下を白く照らしている。
それ自体は見慣れているはずの光景なのに、それがまるで、新しい世界へと続く長いトンネルのように見えてくる。
廊下の窓側から、チャロちゃんと妹様が手を繋ぎ、俺とお袋が同じく手を繋いで並んでいる。
俺の左を見ると、セーレたんを目が合った。
「おにぃ~! おてて~♪」
にっこりして伸ばしてくる右手。 当然、俺はすぐにその手を取って、ぎゅっと掴む。
「よーし、いくおー!
ジャスパー・オリオールと、セレしゅティア・オリオール!
いまから、もくひょーちてんを、くちくすりゅぞー!!」
あふれ出す気合と共に、俺は出撃のセリフを叫んでみた。
「ええっ!? 駆逐しちゃうんですかっ!」
突然の言葉に驚きつつも、笑いながら乗ってくれるチャロちゃん。
「ええ、駆逐しちゃいましょう~♪」
右手を挙げてノリノリのお袋。
そして。
「いやぁ~ん! きちく~! きちく~っ♪」
「鬼畜っていわれたっ!?」
満面の微笑みで爆弾を投下する妹様。 ありがとうございます。
でもさすがに、そこまではしないよ!?
あたたかい光と笑い声に包まれて。
――また、新しい日々が始まる。




