50 わたしがメイド見習いになった日
低い太陽が、少しだけ寒さを和らげてくれる朝の商店街。
並んでいるお店の中で、わたしはある食べ物を見つけました。
お買い物の予定にはなかったけど、思わず立ち止まってしまいました。
「……そうそう。 そうだったよねー」
「おう、いらっしゃいチャロちゃん!
もうそろそろ旬も終わる頃だ、安くしとくぜ?」
「ホント? んー。どうしよっかなー♪」
そうそう! あの日も、どれがいいか迷ってたんだよねー。
**********
「うーん。 いろいろあるよねー」
マールお姉ちゃんに頼まれて、わたしは孤児院の同い年のコをさそって、市場までやってきました。
ちょっとでも安くていいものを買ってこないといけないんだけど……。
「おじちゃーん。 これ、みんな同じキノコなのー?」
「ああ、このカゴに入ってるのは全部同じだぞ、嬢ちゃん達」
「そーなんだー」
「うーん? 大きさもカタチも、いろいろだよねー」
「チャロちゃーん、どれにするー?」
「うーん……大きければいいのかなぁ」
『あまり大きいものよりも、傘が開ききっていないものの方が美味しいわよ~♪』
「ふえっ?」
「んー?」
二人でうんうん悩んでいると、後ろからキレイな声が聞こえてきました。
振り返ってみると――。
「うふふふふっ♪ こんにちは~」
白いセーターと太陽の光でキラキラする金色の髪がまぶしい、精霊さまのようにキレイな女の子が立っていました。
わたしよりも全然背の高い、マールお姉ちゃんよりも年上っぽいお姉ちゃん。
あまりにキレイで、わたしたちはぽかーんとしてしまいました。
「え、えと……」
「ふわぁ……」
「こんにちは~」
見とれちゃうくらいキレイな笑顔だったけど、ごあいさつされたのに気づいてハッとします。
「あ、あ、えっと……こんにちわっ!」
「え? ……あっ! こんちゃっ!?」
あわてて、ペコリとおじぎするわたしたち。
アリスちゃん、あわてすぎ! ちゃんと言えてないよー?
「はい、こんにちは~♪
二人でおつかいに来たのかな~? えらいわね~」
寒いのも忘れちゃうくらいの笑顔に、とってもうれしくなっちゃいました!
「うんっ!」
「う、うん!」
「同じ年くらいに見えるけど、お友達かしら~?」
「うんっ! 同じ孤児院なのー」
「なのー!」
「あらあら、そうなのね~♪」
だいたいの人は、「孤児院」って聞くと少しだけごめんなさいな顔をします。 わたしも、ちょっとだけズキンとするんだけど……。
でも、お姉ちゃんは変わらずにニコニコしています!
「うんっ♪ そうなのー!」
「なのー!」
アリスちゃん、さっきから同じコトしか言ってないよー?
「孤児院は、ここから近いのかしら~?」
「ううん、ちょっと遠いのー。 でも、この市場が安いってマールお姉ちゃんが言ってたのー」
「いってたのー」
「あらあら、そうなのね~。
……という事らしいですよ、おじさま?」
お姉ちゃんは急に、お店のおじさんに何か言いました。 なんだろう?
「えっ? あー、参ったなぁ。
……よっしゃ、俺も男だ! 可愛いお嬢ちゃん達に、いっぱいオマケしてあげようじゃねーか!」
「ふふふふっ、ありがとうございます……素敵なおじさまっ♪」
「おおうっ!?
な、なななに! 大した事じゃねぇさ! わはっはっはっはーー!!」
「……さあ、素敵なおじさまが、いっぱいおまけしてくださるそうよ?
お姉ちゃんが手伝ってあげるから、いいものをいっぱい買って帰りましょうね~」
「ホント!? わーい♪ おじちゃん、ありがとーー!!」
「ありがとー!」
「おうっ!! もうこうなったら、好きなだけ持って行ってくれぃ!」
「は~い♪」
「はーいっ♪」
「はーい!」
そしてわたしたちは、少し顔の赤くなったおじちゃんのお店で、いっぱいお買い物をしました。
「セフィお姉ちゃん……ホントにいいの? おうち、こっちじゃないんでしょ?」
「遠いよー?」
「チャロちゃん、アリスちゃん。 気にしなくていいのよ~?
私も孤児院に遊びに行ってみたくなっちゃったから、これはついでなのよ~」
市場からの帰り道。
マールお姉ちゃんからもらったお金で、買えるだけ買ったらものすごーく多くなちゃって、アリスちゃんと二人でも持てなくなっちゃいました。
すると、名前を教えてくれたセフィお姉ちゃんが、孤児院まで帰るのを手伝ってくれることになりました。
「お姉ちゃん、ありがとー!」
「ありがとー!」
「うふふふっ、どういたしまして~」
――――これが、わたしと奥さまとの、初めての出会いでした。
**********
もうすぐ二年になる、王都での暮らし。
すっかり慣れてしまった帰り道を歩きながら、わたしはあれからのコトを思い出していました。
「わたし、春になったら、あの時の奥さまと同い年になるんだ……」
あの頃の奥さまを思い出しながら、自分の身体を見下ろしてみる。
お腹から靴まで、すんなり見えた。
「……」
絶望的な奥さまとの違いに、ガックリするわたし。
マールお姉ちゃんも最近は……なってきてるし。
「わたしも、もっとジャスさまをぎゅーってしたら、お姉ちゃんみたいになれるかなぁ……」
ちょっと重くなったような気がする買い物カゴを持ち直して、またあの頃を思い出します。
げ、『現実とーひ』じゃ、ないよ?
**********
――あの日から、セフィお姉ちゃんが孤児院に遊びに来てくれるようになりました。
とてもキレイでやさしいお姉ちゃんは、すぐにみんなの人気者になりました。
マールお姉ちゃんよりも年上のセフィお姉ちゃんは、他のお兄ちゃんやお姉ちゃんたちといっしょに、わたしたちと遊んでくれたり、小さい子のお世話をしてくれたりしました。
わたしのたんじょう日にもお祝いしてくれたし、そのすぐ後にこわい魔獣とかがいっぱい町に来たときも、おねえちゃんはわたしたちが避難するのを手伝ってくれました。
そのとき、旦那さまがわたしたちの孤児院を守ってくれたことは、旦那さまが入院してセフィお姉ちゃん――奥さまがお世話に行くと言ったときに知りました。
あの時は「なんでお姉ちゃんがお世話に行くんだろう?」って思ったけど、もともと旦那さまと奥さまは、小さい時から仲がよかったみたい。 幼なじみだったんだね。
そして、旦那さまが退院して王都へ行くことになって、同じくらいに奥さまのお腹に赤ちゃんがいることが分かって、秋になって奥さまが成人になった日にすぐ結婚することになって。
それから、マールお姉ちゃんがメイドさんになって、旦那さまや奥さまと一緒に王都へ行くことになって……。
孤児院のお兄ちゃんお姉ちゃんの中で、マールお姉ちゃんがイチバン大好きだったから。
それに、奥さまのことも大好きだったから。
わたし、お姉ちゃんにしがみ付いてわんわん泣いちゃって。
そしたら――。
「セフィ……いえ、奥様。
失礼ですけど、お願いが……」
「何かしら、マールちゃん?」
「あの、もし、できれば……チャロアも、一緒に連れて行っていただけませんか?
チャロアは奥様を慕っていますし、何より私だけでは荷が重いかもしれませんから、できれば手伝いとして」
「ぐすっ……えぐ……え?」
「確かに、チャロアはまだできる事は少ないですけど、私が責任を持って仕事を教えます!
ですから、お願いします!!」
泣きじゃくるわたしの横で、マールお姉ちゃんは奥さまに、深く頭を下げてお願いしてくれました。
「……顔を上げて、マールちゃん」
わたしはその時、涙でぐちゃぐちゃだったからよく見えなかったけど……顔を上げたお姉ちゃんと奥さまは、しばらく見つめ合っていたみたいでした。
そして。
「……チャロちゃん」
「ひっく……は……はい゛ぃ」
奥さまはわたしの前にしゃがみ込んで、じっとわたしを見つめます。
ここで泣いてちゃいけない、と思ったわたしは、なんとかガンバって顔を上げました。
「チャロちゃんは……マールちゃんと、私と。 一緒に、行きたい?」
「うぅ……ぐすっ……うんっ」
「遊びに行くのではないわよ? これは、お仕事なの。
とっても大変かもしれないけれど……チャロちゃんは、がんばってお仕事できるかしら?」
それは、ずっと優しく笑っていた奥さまがわたしに初めて見せた、すごく真剣な目でした。
だからわたしも、つっかえるのどを振り絞って、本気で答えました。
「は……はい゛っ! わたじぃ、が……がんわ゛りまずぅ!」
「――そう、分かったわ。
チャロちゃん。 チャロちゃんも、私達と『家族』になっていただけませんか?」
わたしに伸ばしてくれた優しい手。
もちろんわたしは、その手を両手でぎゅっとにぎります!
「……は、はいっ! よろしく、おねがいします!」
わたしはこうして、メイド『見習い』になったのです。
それから孤児院を出て王都に行くまで、わたしは毎日家事の勉強をしながら引っ越しの準備をして。
そして生まれて初めて町を出て、王都に来て、お屋敷を整えて、ジャスさまとセーレさまが生まれて。
本当にいろんなコトがあって、思ってた以上にずっと大変だったけど――。
――――わたしは今、すっごく幸せですっ♪
「チャロちゃ~ん? このキノコ、頼んでいないのだけれど~」
「ご、ごめんなさーーーーいっ!!」
わたしから『見習い』が取れる日は、まだまだ遠いみたいですぅ……。




