47 芸術的なアフロは爆発によるものですか?
俺達が集団トリップしてしばらく。
「――――ああっ!?」
耳としっぽを上にぴーんと張ったチャロちゃんの声で、皆が我に返った。
「そろそろ、絵描きさんが来る頃ではー!?」
「あらあら~、そういえばそうね~」
「……おおっ!」
「ふにゅ~?」
「ふわぁぁぁぁぁぁ~~~~~~……」
……訂正する。 全員じゃなかった。
「でわでわ、外に見に行ってきまーす!」
右手をぴしっと挙げて宣言したチャロちゃんは、そのまま部屋を出て行った。
ところで、まだ帰ってこない彼女はどうすれば?
そう思っていると、お袋がマールちゃんに近寄って、何やら耳元で囁いた。
『――――がす、わよ~?』
「ひうっ!?!?!?!?」
すると途端にマールちゃんの顔色が青くなり、全身がバネのように跳ねて直立した!!
「あ、あ、あ、あ……」
完全にどこかへ行っていた目の焦点が合い始め、それと共に青かった顔が今度は赤くなっていく……。
い、一体何を言ったんだ、お袋。
「マールちゃん、お帰りなさ~い♪」
「は、ははははいっ!? ただ今戻りましたあっ!」
お袋のにっこりに対し、ビシッと軍隊式の敬礼で返すマールちゃん。 額にかざした手が若干震えている。
まだちょっと壊れ気味のようだが……戻って来たからいいか。
そうして数分。 マールちゃんの再起動が完了した頃、タイミング良くドアがノックされた。
コンコン。
『奥さまー、絵描きさんが来られましたー!』
「入っていただいて~♪」
ドアの向こうにお袋が返事をすると、ガチャリと開いた。
そして見えたのは、片手に黒い木製らしいトランクを持ったチャロちゃん。
その横で、バリトンのような低い声を発する人影は――。
「御免。 失礼する」
細身だが引き締まった身体に黒のトレーナーのような長袖の上下、手には長細い黒の巾着袋を持ち、
「……あらあら」
「え……」
無精ヒゲを生やして黒の丸いサングラスをかけた、
「あゃ?」
黒いアフロの……
「ぉいおい」
「依頼を賜り感謝申し上げる。 ネスト・バードと申す」
――――長身の男だった。
「え、絵描きさん……ですか」
「あら~」
「ま、まぢれすか」
「まっくお~」
な、何と言うか……強烈に個性的な人が来たな。 お袋以外の全員が硬直したぞ。
絵描きというよりは、カンフーの達人みたいだ。 ジークンドーあたりの。
「うむ、失礼する」
チャロちゃんに中へ通されたその人は、黒いスニーカーを脱いで―― あ、ちゃんと後ろ向いて靴を揃えてる―― 廊下の壁に立て掛けていたらしい縦横一メートルくらいの長方形のカンバスを脇に抱えると、部屋に入ってきた。
そしてチャロちゃんも後に続く。
「本日は、御子息・御息女の肖像画を所望と聞く。 そちらのお二方で相違ないか」
「はい~」
室内へ数歩踏み入った男はお袋にそう尋ねると、抱き合う俺達兄妹の方へ顔を向けた。
程良く日焼けした肌色に浮かべる表情は硬く、黒いサングラスが更にその感情を読ませない。
そんな顔で、親父くらいの長身から見下ろされる俺達。
ぶっちゃけ怖いが、挨拶はキッチリせねば。
「こ、こんちわ……」
「あぅ……」
「うむ」
……。
……。
それだけ?
「それではバードさん、どうすればよろしいでしょうか~?」
つい先程までのキャーキャーな黄色い空気が押し潰され黒く重くなってしまった部屋の中、唯一硬直を免れ、平然としていたお袋が先を促してくれた。
この白く明るい部屋で、こんなに沈んだ空気……初めてだよ。
男は部屋の奥になる窓の近くまで歩を進め、立ち止まる。 チャロちゃんもその空気に気圧されたんだろう、しっぽを真上にピンと張り、かなり強ばった表情で無言のまま付き従う。
壁にカンバスを再び立て掛けて振り返った男は、片手に持った長細い袋を俺達に向かって鋭く突き出した!
「ひぅ!?」
俺の腕にしがみ付くセーレたんの力が強くなる。 お、俺もビクッとした……。
そしておよそ一メートル程度の長さだろうか、男はその巾着袋の紐を緩めると、中から黒い木の棒の束を三本取り出して俺達に見せた。
な、なんだ!? 三節棍かっ!?
またビックリした俺だが、その後も袋から次々と木の棒を取り出し、男は無言のまましゃがみ込んで何かを組み立て始めた。
片方の端に金属のボルトネジが付いた棒に別の棒を連結させて一.五メートル程になった物を、断面の方からやや顰めた顔で覗き込む。 曲がり具合を確認しているらしい。 どうやら問題ないようで、男は軽く頷いた。
俺にはその姿が、雑居ビルの屋上でライフルを組み立てるスナイパーと重なって見えた。 いやマジで。
誰かが固唾を飲んだらしい音がする。
何やら組立作業が粛々と進んでいく中、言葉を発する者はいない。 室内には、木と金属を組み合わせるガチャガチャという音だけが響くのみ。 作業はなおも続いてゆく。
更には、チャロちゃんが横に置いたトランクを倒して開き、ボルトやスパナなんかも出してきた。
――そうして完成した物は、三脚型のイーゼルだった。
はあ、武器じゃなくて良かった……って、んな訳ないか。 いや、いざという時は本当に武器にするのかも知れんが……。 トランクからマシンガンとか、出て来ないよな?
男はイーゼルを組み上げるとカンバスをそこにセットして、開けたままのトランクをイーゼルの足元に引き寄せた。
そして、徐に立ち上がるとお袋の方を向き、数分振りに沈黙を破った。
「お二方には、そちらに立ってポーズを取って貰いたい」
こ、ここからスタートなのか……。
もう疲れたよ、○トラッシュ。
既に一仕事終えたくらいの疲労が俺達を襲い、一旦肩の力を抜いて深呼吸する俺達。
マールちゃんはポケットからハンカチを出して額の汗を拭いているし、特に男のすぐ斜め後ろにいたチャロちゃんなんて、汗だくになって腰が抜けたように床に座り込んでしまった。 「はひぃ~」なんて声を出して、上半身がふらふらしている。
そんな中でいつも通りの穏やかな笑みを浮かべるお袋は、俺と妹様の背中をそっと押して男に指示された場所へ導く。
「この辺りでよろしいですか~?」
「うむ」
場所が決まると、お袋は俺達の前に回り込んで、ポケットから出したハンカチで妹様から順番に汗を拭いてくれる。
俺はまだ良いとして、セーレたんはガチガチの顔で俺にしがみ付いて、顔中に汗を滲ませてるからな……。 緊張しすぎて声も出ないようだ。
「あらあら~……セーレちゃん、大丈夫ですからね~♪」
俺達を寝かしつける時のように、背中をぽんぽんと優しく叩きながら、もう片手でセーレたんの汗を拭き取っていくお袋。
俺の腕から伝わってくる妹の震えが徐々に収まり、力も少し抜けてきた。
「ジャスちゃんも、大丈夫ですよ~」
俺も少しだけ額に汗を浮かべていたようで、お袋が微笑みながら拭いてくれる。
花のような、お袋のいつもの香りが俺の鼻をくすぐり、上半身に残っていた緊張がほぐれていく。
「らいじょぶー!」
わざと大きめの声で復活をアピールすると、お袋もにっこりと返してくれた。
俺の声がマールちゃんにも功を奏したのか、見てみると同じように笑みを返してくれた。 まだ少し硬かったが。
チャロちゃんは……あーあ、目を回してるわ。 その視線に気付いたマールちゃんが、チャロちゃんを介抱に行く。
「バードさん、ポーズはこのままでも~?」
「うむ」
「ば、バードさん、私達はここから拝見してもよろしいでしょうか?」
「構わん」
お袋の確認に続いて、男――バード氏の後ろに回って、チャロちゃんの隣に座って介抱しているマールちゃんが氏に許可を取る。
マールちゃんに言葉を返す氏の視線は、俺達の方の向いたままである。
それにしてもこの人、本当に最低限しか喋らんな。 口調も硬いし。
まあ、チャラいよりは断然良いが。
『ちぃ~~っス! 絵ぇ描きに来たっスよぉー? なーんちゃって♪』
……うん。 もしもそんな口調だったら、きっと殴ってるな。
おっ、なんかアホな事を考えてたらリラックスしてきた!
よーし、セーレたんにもリラックスしてもらうぜ!
「せーれたーん」
左腕にしがみ付くセーレたんの頬に俺の右手を添えて、くすぐるように優しくなでる。
最近気付いたんだが、どうもセーレたんは頭をなでるより、こっちの方が好きらしい。
「ひゃぅん♪」
「だいじょぶー、おにーたんがいるおー」
「はう~っ」
しばらくなでていると、セーレたんは俺の手に頭を預けるようにして気持ち良さそうに目を閉じた。
俺の腕を掴む手の力も抜け、全身もリラックスしてきた。
その様子を見たお袋も安心したようで、そっと俺達から離れていった。
「せーれたーん」
「はにゃ~」
「せーれたーん♪」
「ふぁぁぁぁぁ♪」
「なでなでー」
「にゃぁぁぁぁ~……おにぃぃぃぃぃ~♪」
――――シャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャ!
バード氏の方から音が聞こえたので見てみると。
彼はチラチラとこちらを見ながら、もの凄く早そうな音を立てて筆―― 何を使って描いているかはカンバスで隠れて見えないが―― を走らせていた。
まるで、色鉛筆で塗ってるかのような音なんだが……それでマジで描いてるんだとすると、露○先生に匹敵する早さじゃないか?
そう思ってふとマールちゃんの方を見てみると、チャロちゃんの介抱も忘れて呆然とカンバスを見つめている。
そんなバード氏とマールちゃんの間で視線を往復させていると、マールちゃんの表情は徐々に呆然から驚愕へ、そして賞賛へと変わっていった。
……どうやら、マジで描いてるらしい。
「ジャスちゃ~ん、あまり動いたら……」
「多少は構いません」
キョキョロとしている俺にお袋から注意が入って、しまったと思ったが、多少ならいいらしい。
ならば、気にせずセーレたんをなでなでするとしよう。
「なでなでー」
「はうぁ~~~♪」
「こちょこちょ~」
「ひゃあぁあぁあ~」
「むにむにー」
「ふみゅう~~」
そうやってセーレたんと戯れること、ほんの十分くらいだろうか?
唐突に描く音が止んだと思ったら、中腰で屈んでいた氏が立ち上がって一言。
「終了だ」
トランクから出した風呂敷のような布――やはり黒だったそれでキャンバスを包み、イーゼルなどの道具を全部片付けると、お袋に『一週間後に仕上げて持参する』という言葉を残してバード氏はあっという間に帰って行った。
俺はてっきり、毎日通ってもらって何時間もポーズを取って、それでもかなりの日数がかかるんだろうなと思っていたが……。
昼前にこの服を着せてもらって、まだ昼の鐘さえ鳴ってないぞ。 一時間も経ったか?
……何、この早さ!?
ゴーーーーン、ゴーーーーン……。
今ちょうど、昼になったらしい。
「すごい……です」
鐘が鳴り終わった余韻の中、マールちゃんの呟いた言葉が印象的だった。
**********
数日後。
午前中に再び現れた氏は、黒い風呂敷に包まれたカンバスをお袋に手渡して去っていった。
全員が俺達の部屋に集まり、風呂敷をほどくと――。
「あら~」
「こ、これは……」
「す、すごーーーーい」
「すげぇ」
「ふあ~♪」
青く青く澄み渡る空の下。
涼しそうな微風が吹く鮮やかな緑の草原の中で寄り添う、黒いタキシード姿の男の子と、白いドレスに身を包んだ女の子。
男の子は優しい表情で女の子の頬を撫で、女の子は男の子にしなだれ掛かり、心から幸せそうな表情を浮かべている。
それは、大胆で荒々しく見えたスケッチの様子からはとても想像できない、非常に緻密で繊細なタッチで描かれた――。
そんな、とても美しい油絵だった。
**********
「ぬぅおおおおおおおおおおおっ!!!!!!」
「……な、なんか隊長、今日は泣いてますよ?」
「まさに慟哭、魂の叫びという感じですな」
「見ていて飽きない人ですね」
『全員』に含まれなかった人。
「ハブられたああああああああああああ!!!!?」




