41 王都の休日
昼が長くなりすっかり時間の遅くなった夕暮れからしばらくして、まだ残っている昼間の熱気の中、外からはいろいろな虫の声が聞こえてきます。
夕ご飯の片付けが終わって、お姉ちゃんと二人でジャスさまとセーレさまをお風呂にお入れして、ベッドにお連れして。
あとは戸締まりをしたら今日のお仕事はおしまいなので、わたしはその報告と明日の予定を聞くために奥さまのお部屋に行きました。
「明日はアナが夕方までいてくれるから、二人とも明日は丸一日お休みね~♪」
「えっ、本当ですかー!?」
「ええ、家事は私とアナで全部するから、日が暮れる前に帰ってくればいいわよ~」
「はいっ! ありがとうございますー♪」
「――というワケなのお姉ちゃんっ! 明日どうしよー!?」
戸締まりはお姉ちゃんがしてくれていたので、お部屋の前で待っていてくれたお姉ちゃんと一緒に中に入って、それぞれのベッドに座ってお話ししました。
「二人もお休みって、初めてよね。 来たばかりの頃は――――」
セスルームの孤児院からお姉ちゃんとこの王都のお屋敷に来て、一年半以上が経ちました。
手続きやお仕事があったために、旦那さまは先に王都に来ていたけどとてもお忙しくて、お屋敷はほとんど何もしていない状態。
生活の準備は、わたしたちが奥さまと来てから始めました。
冬が近づく中、お腹に赤ちゃんがいる奥さまにはできるだけ休んでいただかないといけないので、わたしとお姉ちゃんはいっしょうけんめいお屋敷の中や外を整えていきました。
そして冬を越して、ジャスさまとセーレさまがご無事に生まれて。
だけど、生まれたばかりの赤ちゃんはとても身体が弱いですから、すごく気をつかう毎日でした。
もちろん奥さまは初めての赤ちゃんだし、わたしもお姉ちゃんも生まれたばかりの赤ちゃんのお世話はほとんどしたことなかったし。
ご出産前に知り合ったアナさんに、奥さまがお手伝いをお願いしていなかったら……考えただけで、背中からしっぽまでぞわぞわします。
それにしても、ジャスさまもセーレさまもすごくかしこくってもうビックリ。
アナさんも『あの子達二人より、エミーの方が断然手間がかかるわー』と、笑いながら言ってましたし。
そのおかげで、見習いのわたしでもなんとかやってきて、気がつくともうすぐ二年目。
「長いようで、あっという間だったねー」
「そうね。 とても大変だったけど、すごく楽しかったわね。
……さて、ちょっとしんみりしちゃったけど、折角二人揃って頂いたお休みよ。
こうして遅くまでお喋りというのも悪くないけれど、やっぱり明日は丸一日楽しまなくっちゃね」
「うんっ!」
――結局、お喋りは夜遅くまで続いて。
次の日もいつも通りの時間に起きてしまったお姉ちゃんは、とても眠そうでした。
わたしもすごく眠かったけど……。
**********
翌朝。
思い出の凝縮された二年弱についてチャロと遅くまで喋っていたのに、いつもの時間に起きてしまう私。
寝坊したくてもできない私の性分に苦笑いしつつ、折角奥様に頂いた休日を無駄にしないために―― あなたも同罪なのだから寝不足に付き合いなさい! なんて意地悪な理由も半分本気で―― 隣のベッドで幸せそうに眠っているチャロを叩き起こして、出かける準備をします。
今日も暑くなりそうだから、髪の色に合わせた水色のワンピースに薄手の白いジャケット、そして同じく白い、つばの広い麦わら帽子を被ります。
だから、髪はアップにせずに首の辺りで束ねました。
チャロも私に合わせたみたいで、同じように髪に合わせた黄色のワンピース。 尻尾の付け根には、オレンジ色の大きいリボン。
こういった明るい色や大きいデザインが凄く似合うチャロが、時々羨ましいです。
「さあ、そろそろ行きましょうか」
「うん、お姉ちゃん!」
奥様とアナさんに今日のお礼と今日の予定をお伝えして、ジャス様とセーレ様に「行ってきます」を言いにお部屋に行ってみると……。
「あゃ~♪」
「うあー!」
セーレ様とエミーちゃんが、仲良くボールで遊んでいました。
「あら♪ エミーちゃんも、ボール遊びが上手ね」
「うわー、もう仲良しになったんだね! すごーい♪」
「……あっ! お姉ちゃんたち、お出かけするんだー」
「ええ、今日はチャロとお休みを頂いたから。
悪いけれど、ジャス様とセーレ様のこと、お願いするわね」
「まっかせてくださーい! ……というか、あたしよりジャス君にお世話されてるけど。 あはは」
「あははははっ♪ ジャスさま、すごいしっかりしてるもんねー」
「しっかりとか言うレベルじゃないと思いますけどね……」
「じゃあ、エルネちゃんではなくてジャス様にお願いしないといけないわね」
「も、もうっ! マールお姉ちゃんひっどーーーい!」
「はーーい♪」
「ちょ!? ジャス君まで酷っ!!」
「あはははははっ♪ エルネちゃんもガンバレー!」
このままずっとここでジャス様達と――というのも凄く魅力的ですけど、今日の所はぐっと我慢して、予定通りに出掛けることにします。
「ふふふっ……じゃあお二人共、よろしくお願いしますね。
セーレ様、エミーちゃん、行ってきますね」
「「はーい!」」
「あぃ~!」
「あうあー」
――ヘルヴィオール聖王国・王都、フォルクバング。
周囲を〈ラアン海〉と四つの衛星都市に囲まれ、〈聖母〉様に護られた、無敵の防御を誇る都市。
内海に突き出た半島全てを領土として、優に二〇〇万人以上の多様な種族が住むと言われ、千年都市とも呼ばれます。
二年前まで住んでいたセスルームも〈中堅国家〉と同じくらいかそれ以上の大都市ですけれど、それを遙かに超える超巨大都市に私達は住んでいます。
「うっみー、うっみー♪」
両端は石畳で、真ん中は砂利で舗装された、反対側に歩く人々の顔が遠くて見えない程の大通りの真ん中を、屋台で朝食を済ませた私達は〈列車〉に乗って東に向かっています。
魔力を使って、枕木の上に敷かれた鉄のレールの上を走るそれは、馬車よりも速く真っ直ぐ走るにも関わらず、それでも端から端まで行くには半時以上かかってしまいます。
そんな列車内のベンチのように長い客席で、チャロは外を見ながら嬉しそうに尻尾を揺らします。
車内には多くの人が、両端に沿って二列になったベンチに詰めて座っていますが、更に真夏の日差しも強いため決して快適とは言えません。
ですが、一般人が乗れる列車は王都にしかありませんから、チャロも私も数える程しか乗ったことはなく、とても楽しいです。
「チャロったらもう……はしゃぐ気持ちは分かるけど、あまり尻尾を振ってはご迷惑よ」
「ご、ごめんなさいー」
チャロの隣に座っていた紳士に二人で頭を下げて、更にしばらく揺られていると。
ようやく、駅に着きました。
「あ゛ぅぅ……ぎもぢわるい゛よぉ~~」
「ちょっと、本当に大丈夫……?」
「な、なんが、産まれぞ~」
「……冗談が言えるなら大丈夫ね」
僅かに、朝市で見かける生魚のような匂いのする風が吹く駅のホーム。
そのベンチで、列車に酔ってしまったチャロがぐったりしています。
周りには、同じようにぐったりしている人が二、三人。
制服を着ているので職員の方でしょうか、その家族らしい方と一緒に介抱している様子は非常に手慣れています。 よくある事なんでしょう。
「はふぅー、ちょっと楽になってきたぁ~」
「じゃあ、もう少しゆっくりして、大丈夫そうだったら行きましょうか。
何か飲み物を買ってくるわね」
「うん、ありがとー」
**********
「着いたぁーーーーーーーーーーーーー!!!♪」
列車に乗っていて気持ち悪くなってしまったけど、何とか復活!
朝に屋台で、鳥串を六本食べたのが良くなかったのかなーと、お姉ちゃんに注意されたのにやめなかったコトを後悔。
陸育ちで海を見たことがなかったわたしたちは、夏の間だけ入ることができる砂浜に下りて来ました。
私たちの目の前にどこまでも広がっているのは、とにかく青・青・青っ!
海は思ったよりもずっと大きくて、どこまで続いているのか全然分からない。
これでも、ずっと東の方にあるらしい外海と比べると全然小さいって言うんだから……もう全然想像つかない。
砂浜の砂粒はサラサラで、果てからは波が行ったり来たり。 波ってどこから来てるんだろう?
波と砂浜の境目? くらいのところで、子供が遊んでいたりお父さんお母さんがいたり。
そんな海にくっついている空はすごく濃い青色で、もくもくと盛り上がっている白い雲がいくつかあります。
あの海と空の向こうには、もっと大きい陸地があるんだって。 ……もうサッパリ想像できないよ。
そして、駅にいたときから気付いてたけど、このお魚のような匂いとしょっぱい感じがする風。
さっきまで気持ちが悪かったから、ちょっと「うっ」とするんだけど……でもキライじゃないかも。
「凄く……大きいですね」
「うん、スゴイねー」
海って、なんかスゴイ。
しばらくふたりでぼーーっと見てたけど、その後は砂浜を散歩したり、遊びに来ていた子供といっしょに遊んだりしました。
それから、海の幸をおみやげに買ってお家に帰りました。
すごく安かったから、いっぱい買っちゃった!
だから、けっこう重かった……。
――帰ってきた後、夜のお風呂に私の声が響き渡りました。
「ひゃう~~っ!! 腕がひりひりするぅ……」
「真っ赤になってたものね……。 上がったらお薬塗りなさいね」
「な、なんかわたし、今日一日さんざんだったような気がするぅ~」
「ふふふっ、でも楽しかったわね♪」
「うん!」
明日から、またガンバろうー!




