39 いーこへんなこふつーのこ
既に暑いくらいの陽気の中、時折爽やかな風が吹き抜けて庭の緑を揺らす朝。
俺達の部屋の中では、少々重い空気が流れていた。
向き合っているのは二人と二人。
いや、それぞれがもう一人にしがみ付いているから、一対一と言っても良いか。
一方は、皆さんお馴染み「触手マスター」こと俺。 ……そんな称号いらんわ!
しがみ付いてるのは勿論、マイスイートハニーのセーレたん。
そしてもう一方は、ちょくちょく遊びにくるヨ! で有名なミス絶対領域ことエルネちゃん。
じゃあ、その彼女にしがみ付いてるもう一人は一体誰なんだ、というと――
「せーれたん、こあくないよー」
「……ぅ~」こそーり。
「ゴメンねージャスちゃん? この子、人見知り激しくってー。
って、ジャスちゃんもこの子と同じ年だよね?
しかも、こっちの方が一ヶ月だけど年上だし……」
「……」おどおど。
「ほら、エミー? 大丈夫だからこっちに……!」
「ヤーーー!!」
この、エルネちゃんの絶対――もとい、脚にしがみ付いて後ろに隠れている子。
アナさんの二人目の子供、つまりはエルネちゃんの妹である。
「もう、エミーリアったら離れ……っ!」
「ヤー! ヤーーッ!」
お姉ちゃんと同じ色の、黒い瞳と赤茶色の髪。
髪は短くて、ちょっと男の子っぽく見えるがそれは仕方ないか。
背丈は、ひょっとすると俺より少し高いかな?
お姉ちゃんそっくりの、強気そうな顔立ち。
しかも、なかなか強靱な腕力をお持ちのようで。
さすがドイツ人ぽい返事をしているだけある。 それは関係ないか。 しかもイエスの意味だし。
「はぁーーー。 この子ったらもー」
困った様子で俺をチラチラ見てくるエルネちゃん。
え? 俺が何とかしろって?
『あのねー君、二歳児相手になんてムチャ振りしてんのよ?』という目で睨んでみる。
「あっはははは……ご、ゴメン、でもお願ぁ~い♪」
手を合わせてお願いされてしまいました。
『仕方ないなーもう』と彼女へ一瞥返すと、俺は左腕にくっついているセーレたんの肩に右手を置いて、声をかける。
「せーれたん、ちょろまっへー」
「……ぅ~」ぎゅっ。
おや、珍しく聞いてくれない?
も、もしかして、ジェラシー? ジェラシーだったりする!?
「せーれたん♪ らいじょふー」
俺はセーレたんに微笑みかけて、肩から離した手をセーレたんのほっぺに添えて、なでなでしてあげる。
セーレたんは、目を閉じてうっとりしている。
「ひゃうぅ♪ あぃ~」
しばらくの間、くすぐるようになでてあげると満足してくれたようで、俺の身体から離れてくれた。
「な、なんか、まるで恋人どうしみたいね……。
あんたら、ほんっっっと~に、エミーと一ヶ月しか変わらないの?
ウソでしょ……」
俺の無言の返事に苦笑いを浮かべていた、エルネちゃんの頬が引き攣っているが気にしなーい。
最後にもうひとなでして、俺はセーレたんから離れると、お姉ちゃんにぎゅっとしがみ付いたままのエミーちゃんを見つめながら、一歩だけ進み出る。
「えみーたん?」
「……っ!」
呼びかけると目を合わせてくれたが、その目線はどう見てもメンチです。 ありがたくありますん。 つまり微妙。
しばらく見つめ合ってみるが、なんかもう『ぐるるるる~』って言ってる子犬に向き合ってる心境だよこれ。
「もうエミーの名前覚えてるし……」
『もういいから君は黙ってなさい』と姉を一瞬睨み付けて、すぐに妹ちゃんに向き合う。
「うぐっ……わ、私、もうすぐ七歳なのにぃ~」
「えみーたーん」
「……」
「しくしく~」
ああもう! 面倒くさい姉妹だなぁー!
口でしくしく言ってる姉を満面の愛想笑いで黙らせて、妹ちゃんに向かってもう一歩前へ。
おい姉よ、二歳相手に何マジで照れてんの……。
「えみーたーん♪」
妹ちゃんにもそのまま満面の愛想笑いを向けて、更に右手を差し出してみる。
「っ! ……ぅー」
ビクッとしたが、すぐ落ち着いて俺の顔と手を交互に見始める。
ちょっと脈ありか?
「えみーたん」
少しずつ、姉にしがみ付いている手が緩んできているように見える。
もう一歩近づくか。
「えみーたーん」
「ぅ……」
今一瞬、妹ちゃんの右手がピクンとしたか?
よし、目の前まで近づこう。 そしてにっこり!
「えみーたーん♪」
「ぁ……ぅーっ」
おっ、右手を姉ちゃんから離したぞ!
人差し指を出して、ちょっとずつこっちに伸ばしてきた!
俺も伸ばすと一瞬引いたが、また伸ばしてくる。
「えみーたん」
「ぁぅ~」
よし、もうちょっと!
妹ちゃんと俺の人差し指どうしが、もう少し、もう少し……触れたっ!!
……。
――なんか、宇宙人とのコンタクトに成功! みたいな画ヅラになってしまった。
俺、自転車で夜空を飛んだりしないからな?
「よろひくー」
驚かさないように、そっと彼女の手を掴んでシェイクハンズすると、左手も姉の脚から離しておずおずと出てきた。
「あうー」
「よろひくー」
「まー!」
ふー、何とか打ち解けられたようだ。
ミッション完了の旨を笑顔で姉ちゃんに報告すると、姉は膝立ちになって俺達に視線を合わせ、両方の頭を撫でてきた。
うむ、そのまましゃがみ込まれたら危ない所だった。 アングル的なトライアングルが。
「エミー、エライねー♪
……でも、こんなにすんなり行くなんて。 ありがとうねジャスちゃ……あー、いや、もう『君』の方がいいわね……ジャス君。
ホント、ジャス君ってスゴイよ!」
「ん、んー……」
なんか、キラキラした目でもの凄い褒められた。 慣れない相手から褒められると、ちと照れるなぁ……。
目を逸らすついでと言うと何だが、そろそろウチの妹様もお待ちかねなので呼ぶことにする。
「せーれたーん」
「……ぁ♪ おにぃ~~!」
てててと小走りにやって来て、ひしっと俺に抱き付くセーレたん。 ずっと待っててくれたんだなー!
そして、すっごいキラキラした目で見つめてくる! テラカワイス!!
「よしよーし♪」
「きゃあ~んやぁ~ん♪」
「……うぅ」
左手でセーレたんをなでなでしていると、繋いだままの右手がぎゅっと強く握られる。
おっと、忘れちゃいけないな。 つーか、ちょっと手痛いよ。 握力すげぇな。
「セーレたん、エミーたん。
エミーたん、セーレたん」
両手が塞がっているので、首を振って女の子達に互いの名前を紹介する。
「えぅ~?」
「うぅー……!」
どっちも、あんまり分かっていないような感じだが……まあいいや。
それに、エミーたんはセーレたんの事をちょっと警戒している様子。 慣らしていかないとな。
「ねーねー。 私はー?」
なんか拗ねた目つきで俺を見てくるお姉ちゃん。
君も、急に子供っぽくなったなーって、子供か。
「えるねたーん」
「うわっ!? 私の名前も知ってるんだっ! ありがとぉーーーーーっ♪」
「うぉ!」
「ひゃぅ!?」
「ねー!」
三人まとめて抱き締められました。




