146 それは甘い?甘くない?
教室の中に入る。
三〇席くらいの、大小二種類ある生徒用の机とイスが間隔を空けて整然と並べられ、ぽつぽつと受験者らしい人が座っていた。 子供ばかりかと思っていたが、成人しているかもしれないくらいの人もいる。
全員年上のようで、既に試験中らしい。 ……入ってよかったのかな?
その更に前には一段高い教壇、そして教卓があり、試験官らしい白衣を羽織った女性が立っている。 真っ黒なボブカットの髪で、ちょっと気が強そうな目が印象的。
試験官さんの後ろの黒板には、認定試験の種類や注意事項などが丸っこい字で、白いチョークを使って書かれていた。 あれがもしこの試験官さんの字だったら、ちょっと面白いな。
それからもう一人、席と席の間の通路を見て回っている女性もいる。 こっちは銀髪のうさ耳お姉さんで優しそうな感じだ。 二人の試験官さんは、教室の後ろから入ってきた俺達にすぐに気がついてこちら見た。 歩いてきたのはうさ耳さんの方。
「よろしくお願いします」
「はい……へぇ、五歳なの」
俺達を誘導してくれた役所さん(仮)が、試験官さんに小声で話しかけながら俺達の受験票を手渡した。 カードの内容と俺達の顔を見たお姉さんは垂れた耳を少し持ち上げ、目を大きくした。
俺とセーレたんは無言でうなずく。 役所さんは、お姉さんに会釈をするとすぐに出て行ってしまった。
「じゃあ、こっちに来てくれる?」
試験官さんに手で示されたのは、手前の――教卓から見ていちばん後ろの席。 セーレたんは窓際、俺はすぐ右横の席に座る。 小さい方のイスだけど、かかとは床に着かなかった。
「これから、魔導具利用の認定試験をするわね。 ……おトイレは大丈夫?」
お姉さんが、俺と妹様との間に立ってささやくように話しかけてくる。 俺達はまたうなずいて返した。
「じゃあ、試験のやり方なんだけど――」
俺達が受験するのは、精製が必要なものと必要でないものの両方。 だが筆記は共通らしい。
あとはカンニングは即退出とか、筆記用具を落としたり、トイレに行きたくなったり、何か質問などがあったら手を上げる……といった、前世でもお馴染みの注意事項が続く。 お姉さんは懇切丁寧に説明してくれた。
すべての説明が終わって俺達が頷くと、うさ耳試験官さんは一旦教卓の方へ戻り、白衣のお姉さんから試験用紙などを受け取ってまたやって来た。
「これが答えを書く紙ね。 それと、鉛筆と消しゴム。
あ、名前はフルネームで、今のうちに書いてね」
少し茶色い縦長の答案用紙。 右上には名前を書く欄があり、その下には罫線で区切られた大小の回答欄が二十個並んでいる。 かつて何度も目にしたそれに、意図せず笑みが漏れる。
渡された鉛筆で名前を書いている間に、その横に裏向きの問題用紙が配られた。
「名前は書いたわね? ……うん、じゃあこれから試験を始めます。 お姉さんが『はじめ!』って言ったら問題の紙を裏返して始めてね。
時間は、さっきも言ったけど十五分。 五分ごとにこれが白く光って、三回目に赤く光ったら終わりです」
そう言って、お姉さんが机の右側に黒っぽい木製のキューブをことりと置いた。 上の面には魔法陣の刻まれた魔石が、サイコロの「二」のように二個ついている。 これが時計代わりなんだって。
ところで、十五分というと短いかもしれないけど、前世の単位に換算するとたぶん四〇分くらい。 そう考えるとそこそこの長さだ。
お姉さんは俺とセーレたんの席に置いたキューブの上に手を置いて、魔力を込め始めた。
「この箱に、自分で魔力を込めたりしてもダメだからね……じゃあ、はじめっ」
お姉さんがキューブをひっくり返し、遂に転生して初めての試験が始まった。
さーて……そんじゃ、やりますか。
なになに? 『次の中で、魔導具を使ってはいけない場所を答えなさい』か。 複数あるよね、これ。 引っ掛け問題か?
えっと――。
試験はその場ですぐ採点してくれるようで、時間切れになった人からうさ耳お姉さんが用紙を回収して受験者は待機、そして白衣のお姉さんが採点して名前を呼んで合否を伝える、という形だった。
俺達が答案を埋めている間にも、先に受けた人が次々と結果を知らされては出ていき、同時にぽつぽつと新しい受験者の子が入ってくる。
カンニングだと言われたらアレなので直接は見てないけど、試験官さんも意外に忙しそうだな。
かなり時間が余ったのでぼけーっとそんなことを考えていたら、うさ耳お姉さんに声をかけられた。
「どうかしたの? 問題の文が読めなかったりした?」
「ううん、終わったんだ」
「……え」
ぽかんとするお姉さん。 俺、全力で頑張っちゃったからなあ……。 前世でも経験ないくらいの手応えを感じたぜ!
それから間もなく、横のセーレたんからも手が挙がった。
「はぁ~い」
「え……な、なにかな?」
「ぜんぶ、おわったの」
「そ、そうなんだ……」
用紙や筆記用具などを全部回収したお姉さんの胸元を、キューブの二回目の光が明るく照らした。
「――二人とも満点、文句なしの合格よ。 大したものね……」
受験票の裏に点数を書かれその隣に合格印か何かのハンコを押されて、白衣のお姉さんから受け取る。 俺も妹様も満面の笑顔で、ハイタッチ……は試験中なので、静かに手を合わせた。
「次は実技試験がありますから、そこから部屋を出て、先ほどの男の人にそのカードを見せてくださいね」
「はーい」「は~い」
開いた手で教壇の横のドアを示されたので、俺達はぺこりと頭を下げてから手を繋いでドアへ向かう。
試験官さん達は、二人とも笑顔で見送ってくれた。
「随分、早かったですね……」
廊下に出て、怪訝そうな表情のオールバック役人さんに受験票を渡す。
俺達に気づいて待合席を立ったセラさんは、逆に薄い笑みを浮かべている。 二人でサムズアップして見せたら、ニンマリと口角が上がった。
「満点、ですか……では、次の実技試験の場所ですが」
驚いてメガネがずれた男の人が、くいっとフレームを上げながらセラさんに次の行き先を伝えている。
どうやら、実技会場は地下にあるらしい。
セラさんに「ほらねー、余裕だったしょ?」と頭をなでられた俺。 セーレたんもなでられて嬉しそうだ。
俺達は途中のトイレでスッキリしてから、デパ地下ならぬ学地下へ向かう。
踊り場を三回経て長い階段を下りていくと、三、四階分くらいはありそうな高い天井の、明るい地下室が姿を現した。 床はタイル張りで窓もないが、壁沿いの二階くらいの高さには手すり付きの通路があったりなど、前世の体育館によく似た様相だ。
奥には、更に別の部屋に続くらしい扉もある。 用具室かもしれないけどね。
ここにも高いところに時計があって、針は四時を指していた。
その一角に、実技試験であることを示す手書きの看板があったので、そっちへ。
看板の隣には長机が置いてあり、ジャージみたいな服を着た男性が座っていた。
「お早うございます、受験票を拝見します」
カードを係の男の人に渡すと、また「五歳か……」と呟かれた。 やっぱり珍しいみたいだな。 特に俺の顔をじーっと見てたけど、なんでだろう?
そして、少し離れた別の机に行くように言われた。 その男性から受験票を渡された、同じ服装の別の若い男性の誘導で、俺とセーレたんだけでそっちへ歩いていく。 セラさんはそこで待機なのね。
机は二つあり、その片方にはまた別のネコ耳のジャージの男性が座っている。 机の上には魔導具らしいものが十数個並んでいるのが見えた。 もう片方の机も同じで、そこでは他の受験生がそこにいる係員の人と話をしていた。 あっちだけがお姉さんだった。
「では、今から実技試験をします。 両方の受験ということですけど、まずは精製補助のない方からです」
黒いネコ耳の人が立ち上がって、俺達に説明を始める。
「ここにある魔導具をどれでもいいので三つ、発動させてください。
それぞれどんな魔導具なのかは紙に書いてますけど、分からなかったら聞いてください。 危険な物は置いてないので安心してください」
俺は改めて長机の上の魔導具を見てみる。 飲み物を冷やすコースターとか、見覚えのあるものも。 机の横には三角コーン形の送風機も置いてある。
この実技試験では、とにかく三つ発動できれば合格らしい。 何度失敗しても問題ないが、同じものを二回試すのはダメ。
「では、男の子からいきましょうか。 ……もしも途中で気分が悪くなってきたら、すぐに言ってくださいね。
無理は絶対にだめだよ?」
「はーい」
ネコミミさんのご指名で、まずは俺から。 ものすごく真剣な顔で俺のことを見るんだけど……心配性な人だなー。 安全なんでしょ、魔導具?
まあせっかくだし、見たことのないものを適当に選んで手に取ってみた。 魔力を入れる部分に触れて軽くオドを接触させると、どんな魔力が必要なのかなんとなく分かる。
「――かなり早かったですね。 はい、合格です」
一つだけ、俺の中にあまりない魔力を使うものがあって苦労したけど……何とかかき集めてノーミスで三回やり遂げた。 ちょっと疲れた……。
オドの中にある色の成分やその割合は人によって違うので、中には使えないものがあっても不思議ではないのだ。
心配性なネコ耳さんが、とっても優しいまなざしで「よかったですね」と言ってくれた。
「次は女の子ですね」
「は~いっ♪」
見慣れない魔導具を前に、目を輝かせてそわそわしていたセーレたん。
ぴょんと机の前に躍り出て、おあずけを言われたわん子ちゃんのように係の人の合図を待っている。
「では――」
「は~いっ!」
俺と同様に、初めて見る魔導具ばかりを次々に手に取り、次の瞬間には発動させていった。 さすがセーレたん。
それにしても、この世界にハンドドライヤーがあるとは思わなかったよ……。 手を洗った後に温風で乾かすアレのことなんだけど。
「これはまた、あっという間だったね……合格です。
ボクはともかく、お嬢ちゃんくらい魔力量が多いと、初めて見るものから試していく子が多いんだけど。
普通に慣れているものにしたんだね」
「ううん。 ぜんぶ、はじめてだったよ~?」
「ぼくもそうだよー」
「……え?」
この人も、目を見開いて固まってしまった。
次の精製補助つきの魔導具の方も難なくパスし、これで両方の資格を無事ゲッツである。 認定証は後日発行されるらしい。
そこの係だったお姉さんからも、なぜか俺だけやたら心配された。 そんなに変な顔してたのかな?
それにしても、けっこう時間がかかるかなと思ったけど昼前に終わってしまった。 一時――前世でいう二時間半もかかってない。 日本の原付免許よりも早いんじゃない?
まあ、普通に生活の中で使うような資格だし、こんなもんなのかな……。
「二人も、合格おめでとう♪」
「ありがとー」「かんたんだったの」
校舎を出てグラウンドを歩きながら、改めてセラさんからお祝いの言葉をもらった。
俺は最初の気疲れで少しだけ疲労感があるけど、妹様は何ともないようだ。 俺も横にいたから、人見知りもあんまりしなかったし。
「じゃあ、早く帰っておやつにしましょうか。 エミーちゃんと一緒に、チャロちゃんが大きなケーキを作るって言ってたからね」
「おおーっ」「わああ~~いっ♪」
食べる前から甘いケーキを想像して疲れが吹っ飛び、俺達は張り切って家路を急いだ。
早く着いてしまい、匂いに誘われてダイニングへ行くと、エミーちゃんがスポンジの上にクリームをデコレーション中だった。
真剣な顔なのに、鼻の先っぽにクリームをつけているのがすごく面白かった。 教えてあげたら、顔を真っ赤にしたのがまた可愛らしい……。
そして、ちょっと形の崩れたフルーツいっぱいのケーキをみんなでいただきました。
甘くて美味しかったよー!




