144 試練とは言えないかもしれん
子供は早く寝ましょう。
そう親に言われている家は多いと思うし、子供の身体自体も睡眠を求める。
……なんだけど。
「セラさん、おやす――」
「まだ寝ちゃダ・メ♪」
「うえっ」
「はい、こっちいらっしゃーい?」
「え、あ、ちょ」
夕食が終わって、幼女コンビのお風呂タイムの後に続いて俺も一人で入って出てきたら、セラさんが待ち構えておりました。 そしてリビングへと強制連行。
靴を脱がされて部屋に押し込まれ、次にセラさんも入ってきて後ろ手にドアを閉めた。
「ジャス君……キミのアレが、欲しいの」
「……はい?」
夕食前に既に入浴済みのセラさん。
ピンクのネグリジェ姿で、いきなりそんなコトをのたもうた。
「いろいろ試してみたけど、やっぱりアレじゃなきゃダメなのよ!」
「わわっ!?」
セミロングの髪と薄い生地のスカートをひらめかせ、俺は両肩をガシッと掴まれた。
その表情は真剣、というか切羽詰まっているかのようだ。
「だから……出して? キミのス・ラ・イ・ム♪」
どんなエイジングケアも、アレほどではなかったらしい。
「おかげでまた、化粧品が手放せなくなったのよおおおおーーーーっ!」
「は、はい……」
師匠がまだダイニングでチャロちゃんに晩酌してもらっている時、セラさんはリビングで自分の寝間着の袖を噛んでいました。
外には声が漏れなかったようで、何より。
「おそかったのお~っ!!」
「ただい――うわっ!?」
湯上がりの熱もすっかり冷め、やっと二階の部屋に着くと、ドアを開けた瞬間セーレたんに飛びつかれた。 寝ずに待っててくれたのね……。
廊下に押し出されそうになるのを踏み留まって、力いっぱい抱きしめられたままペンギン歩きでベッドにたどり着く。
「お兄ちゃん、おそいよ~」
「ごめんごめん……あ、『もういいよ』」
「おにいいいいいい~~~~~っ♪」
「おおっ!? わかった、わかったから」
ぶつけられたパイのように離れない妹様。 仕方ないので、触手で布団をめくって二人一緒に持ち上げベッドの中へ。
ちなみにエミーちゃんは、チャロちゃんとお袋の使っていた部屋で寝ることになっている。 もう寝ているかもね。
「はむっはむっ」
「ちょ、くすぐったいって!」
相当待ちくたびれていたようで、横になってもがっちりホールドされたままパジャマから出た露出した肩の素肌のところを甘噛みされる。
感情メーターが振り切れるとこうなるのは前からだけど、「けじめ」を始めてから逆に増えてきた。
まあ、慣れるまではそうなるだろうなーと予想してたけど……。
「ぺろぺろ~」
「うひっ……はいはいー」
「ぺろ……ふやっ!? んぁ……」
満足すれば自然に離れるんだけど俺のゾクゾクがものすごいので、セーレたんの身体を下からスライムで包んでいく。 これなら一発で大人しくなるからな。
「ふぅ」
ハニーの腕から力が抜けて、ようやく脱出成功。 首筋から口が離れたセーレたんの表情は、まるでフルマラソンの後に熱い湯船に浸かったかのように蕩けきっている。
他の誰よりもスライムに対して積極的に身を委ねる、この……体質? あるいは現象かな?
身体の表面からスライムを取り込もうとさえするんだけど、考えてみると「食後の触手」と似ている気がする。 吸収速度は全然違うけど。
「ふぁ……ああ」
「おおっと」
妹様の顔が赤くなってきた。 リソ君もそうだけど、あんまり吸収すると酒に酔ったみたいになっちゃうからなあ。
電池みたいに、魔力やオドを外部に保存しておいて補給することは一応できるらしいから、大丈夫だろうとは前から親父やお袋も言ってたけどね。 でも、その場合は酔っぱらうみたいなことはないらしい。
直接俺から吸収したせいだろう、という話だけど……。
それ以外の問題はなさそうだし、俺も減った分は休めば回復するしね。
「はい、おやすみー」
「ほやふぃ~」
ぐったりしちゃった妹様に頭まで布団を被せると、俺は触手で明かりを消してから家から持って来たオド球への補充を済ませ、眠りについた。
――翌朝。
昨日の夕方から増えてきた雲から弱い雨が降ってきたので、剣の稽古はお休み。
代わりにリビングで魔法の練習だ。 昨日はできなかったし、ちょうどいいだろう。
「うーん……これ以上になると、かなり専門的になるのよねぇ」
前みたいにテーブルやソファーを寄せてスペースを作り、絨毯の上に座る俺達。
瞑想しているエミーちゃんの手に触れてオドの流れをチェックしながら、セラさんはもう片手を頬に当てている。
「お兄ちゃん、せんもんってなに~?」
俺の横で女の子座りをしているセーレたんが、可愛く小首をかしげる。
だけどその右手にはいつもの光球を打ち出す魔導具というか魔石、そして左手は絨毯に置いている懐中電灯に添えられていて、左右同時にぽんぽん、ピカピカと光を出していた。 とてつもなく器用だ……。
「もっと難しいというか、細かいというか、そんな感じ」
「ふわあ~っ」
その説明を聞いて、妹様の瞳の輝きが増した。
確かにセーレたんの成長っぷりはすごいんだけど、俺だって指を咥えて見ているだけじゃない。
風呂焚きの手伝いや、触手デザートでかじられたりしたおかげで「ちょっとだけ使う」という感覚が分かってきて、微調整がある程度できるようになってきたのだ。
今ももう一つの懐中電灯の明るさを変えて見せているけど、コイツの場合だったら四目盛り――二五%くらいの間隔でざっくりとなら調整できる。 魔力量だけではなく、精製の純度によっても明るさが微妙に変わるのが面白い。
前に、セラさんが「純度は高すぎても効率が悪い」と言ってた意味も分かってきた。 純度を上げると確かに明るさは増すんだけど、一定の割合を超えるとその変化が小さくなっていく。 つまり、直線グラフ的な比例関係じゃないということだ。
だから一〇〇%純色の魔力を使うよりも、だいたい八〇%くらいにして〈無色〉やそれ以外の色の魔力を混ぜた方が長持ちする。
ちなみに無色というのは、俺の「海と魚」というイメージで言うと「海水」の部分だ。 特に使い道がないと言われている魔力のこと。
「二人とも、それでいいならやってみる?」
「うん、やりたい!」
「わたしも、やってみるの~!」
それぞれ強くうなずく俺達。
俺は試行錯誤がわりと好きだし、ハニーはチャレンジ精神が旺盛だ。
セーレたんだけでなく、たぶん俺もキラキラしているだろうその表情を見て、セラさんも膝を叩いてニヤリと笑った。
「分かったわ。 ……こうなったら、正魔術師になるくらいの勢いでやっちゃいますか♪」
「はーい!」「わぁ~い♪」
兄妹揃って諸手を挙げる。 ガンガン行きまっしょい!
「じゃあ早速、来週くらいに認定試験を受けちゃいましょう」
「はーい……え?」
「にんて~?」
い、いきなりテストですか……。
「大丈夫よ~。 使い方はバッチリだから、最低限のルールを覚えて筆記ができれば問題ないわ」
お気軽におっしゃってくださるお姉様。
だけど……読み書きはまったく問題ないんだし、聞いてみれば、内容も初等学校一年の教科書レベルとのこと。
「だったら簡単だねー。 ……セーレちゃん? ぼくらが魔導具を使うとこ、今度えらい人に見てもらおうねー」
「は~いっ」
「試験を通れば、その次は戦闘魔術を教えてあげるからね」
「はーい!」「はいなの~!」
つ、ついに攻撃魔法が……これは、絶対にパスせねば!
「うぅ……わからない」
俺達がはしゃいでいるその傍で、セラさんの横で瞑想中のエミーちゃんがうなだれてしまった。
し、しまった……。
「ほらほら、焦っちゃダメよ。 落ち着いてやれば、ある日突然『これだ!』っというのが分かるようになるから」
「……うん」
ちょっとにじんだ涙を拭って、エミーちゃんはまた目を瞑った。
オドへの干渉ができない以上は、自転車の練習みたいに自分で感覚を掴まないといけないからね……何かいい方法、ないかな。
「エミーちゃん、ゆっくりやればいいからね」
「がんばって~」
「うん、がんばる」
「いい子ね、エミーちゃん」
二階から持って来た教科書で勉強しながら、静かな時間を過ごす。
セラさんになでられながら、エミーちゃんは外の小雨の音に耳を澄ますかのように、じっと精神統一を続けていた。




