143 ビリビリしちゃうの♪
一日ゆっくり休んで、次の朝からとうとう修行開始。
外で運動するには最高の五月晴れと気持ちいい風が吹く中、青い空に吸い込まれるようにボールが一直線に飛んでいる。
「たあ~っ♪」
そこそこ長いツインテールをなびかせているセーレたん。 脚を高く振り上げるたびに、スパッツの上に穿いたミニスカートがぴらぴらとめくれる。
……分かっていても目が行ってしまう悲しいサガよ。
「次、ジャンプして!」
「ひゃあ~い」
パンツルックのセラさんの号令で、妹様がいつもの脱力系の掛け声と共に宙を舞う。 ボールについたヒモが限界まで伸びると、ベクトルを反転させて――急速に地面へ落ちてくる。
王都でもやっていたトレーニングだけど、元祖のセラさんが用意したのはヒモではなくてゴムのついたものだ。 よって、蹴り飛ばしたボールは猛スピードで戻って来る。
「回し蹴り!」
「にょわ~!」
鋭い指示に従って、フィギュアスケートのように華麗でエッジの利いた回し蹴りを放つ。 ぼむっと音を立てて弾かれ、ボールがL字に軌道を変えて横に飛んだ。
「もう一丁♪」
「くる~ん」
束ねた髪を名前通りのしっぽのごとく引き連れて、セーレたんが軽い足取りで着地する。 直後、少し曲げた膝をバネに今度は逆の左脚を振り上げて回し蹴り!
限界までゴムを伸ばしたボールが意志を持ったかのように彼女の脚に飛び込んできて、再びL字を描いて空へ飛んでいった。
ファンタジーなサッカーマンガを実写化したかのような光景。
庭の反対側で俺と一緒にいるエミーちゃんは、口を閉じるのも忘れて魅入っている。
「す……すごい」
「まあ、セーレちゃんだしね……」
王都でも見てはいるけど、ゴムになるとそのスピードは段違いな上にノンストップ。 度肝を抜かれるのは当然だ。
セラさんの隣に立っているチャロちゃんなんて、言葉も出せずに固まってるし。
……セーレたん、将来はサッカーかセパタクローの選手にでもなる?
「そらそら、ジャス坊も嬢ちゃんもこっち向いた!」
「はいっ」「おっと」
白いジャージみたいな上下を着た師匠に注意されてしまった。 妙に爽やかだな。
「早く嬢ちゃんに木刀渡して、始めるぞ」
「はーい。 ……じゃあコレ」
「うん」
ゴムで後ろの髪を束ねている、同じくパンツを穿いたエミーちゃん。
親父がエミーちゃん用に買ってくれた木刀を渡し、数歩分の距離を取ってお互いに構えた。 その途端にエミーちゃんの表情が引き締まる。
「……よし、やってみろ」
「はい!」「はいっ!」
親父と俺が教えてるというと、師匠は予想通り見せてみろと言ってきた。 なので、まずはいつもやってる稽古を見せることにした。
エミーちゃんがわずかに膝を落としたので、俺もすかさず硬化魔術を発動させる。
「やあああああっ!」
「くんぬっ!」
踏み込みと共に、エミーちゃんが木刀を全力で振り下ろしてきた! 対して俺は、持ち手を上にして剣先を下げ受け流しの構え。
直後に鉄の棒を擦るような音が鳴り、俺の両手に衝撃が加わる。 いつもながら鋭い剣筋だわ……。 強化なしで受けられる気がしない。
だって、一度試しに受けてみたら……木刀にヒビが入ったもん。 俺が今使っているのは二代目だ。
「たあああっ!」
エミーちゃんは地面に叩きつけず、ちゃんと寸止めした木刀をすぐさま薙ぎ払いに切り換えてくる。
上かっ、下かっ!?
「真ん中かああーーーっ!?」
なんとか後ろに下がりつつ、身体をくの字に曲げてギリギリで回避に成功。
だけどエミーちゃんはキッチリ木刀を止めて、身体を回転させずに踏み込んできて再び振り下ろしの構えに。 一方俺は構えを崩し、重心も後ろに流れている。
「はああああっ!!」
「とわーーーっ!」
だが甘いっ!
単なる下がるのではなく、後ろに飛んでいた俺。 前髪を揺らし、鼻の先数センチで追撃の唐竹をやりすごす。
そして――。
「……まいった」
「ふぅ」
ちょっぴり悔しそうな表情で、エミーちゃんは身体の力を抜いた。
俺の木刀の切っ先は、彼女の胸元で止まっていた。
「ふむ……嬢ちゃん、やるじゃねぇか」
二人で師匠を見ると、うなずきながらエミーちゃんをほめる。
それを聞いて、エミーちゃんの顔に明るさが戻ってきた。
「つか、パワーと軸の安定性はジャス坊以上だよなぁ」
「……ぼくもそう思う」
「そ、そうかな……えへっ♪」
二人でほめると、ほっぺを赤くしてうつむいたエミーちゃん。 もじもじしてる仕草は可愛いんだけどな。
でも、あの攻撃を受けるのはマジで怖いよ? 当たったら冗談抜きで必殺になりそうだから普段は加減してもらってるけど、今日はけっこう本気だったみたいだし……。
「よし、次は二人で俺に打ち込んでこい!」
照れまくっているエミーちゃんを見ながら微妙な気持ちになっていると、師匠が待ちきれない様子で大きな声を出した。
ボクシングのように構える両手にはブレスレット、そこから強化魔術の黄色っぽい光が立ち上る。 なんか、格闘ゲームのキャラみたいだな。
「やっぱりねー」
「えへへ……えっ、ふたりで?」
エミーちゃんが我に返って、不安そうに俺を見つめるけど……大丈夫大丈夫。 親父だと、手加減しすぎてひーひー言ってるから逆にこっちが不安になるけど、師匠はその点心配ないから。
ニヤリと笑ってうなずいてあげると、エミーちゃんも頬を緩めた。
「じゃあ、いくよー?」
「うん」
「どっからでも来ーい!」
俺達はアイコンタクトを交わすと、胸の前で拳をぶつける師匠に向かって声を張り上げながら同時に突っ込んだ!
まずはエミーちゃんが、示現流もビックリな上段振り下ろしを繰り出す。
「やああああああっ!」
「ほいや!」
師匠は右腕をかざし、受け流さずに敢えて受けた! すっげー……。
だが俺も負けじと、一拍遅れで横から下段狙いの横薙ぎを放つ。 硬化魔術の光が三日月形の軌跡を描く。
「そいやあああ――」
「どっせい!!」
しかしなんと、師匠はゲンコツでそれを叩き落とした! それから間髪入れずに蹴りが飛んでくる。 側頭部に直撃のコース!
「うひゃ!? うおーーーっ!」
下向きにかかる衝撃に逆らわず、俺はそのまま身体を投げ出して地面に転がって蹴りを避けた。
進行方向では、エミーちゃんが上から横から打ち込み続けているが、俺はその後ろに回り込んで師匠の視界から消えようとする。
だけど。
「おりゃあ!」
「きゃあっ!?」
あの恐ろしいエミーちゃんの振り下ろしを、カウンターのアッパーで殴り飛ばした!?
真正面から弾き返された木刀は回転しながら空に舞い、更にエミーちゃんが可愛らしい悲鳴を上げて俺の方に倒れてくるっ!
「おっと!」
「ほらとどめだー!」
俺は思わず、後ろから背中を押してエミーちゃんを支える。
そうして動けなくなった俺達に、師匠がとどめの拳を振り下ろす――。
「ひゃああああああ……はれ?」
――なんてことは当然なく、エミーちゃんの額を指でつーん。
これで、勝負あり。
「はっはっはー!」
片手を腰に当て、楽しそうに笑う師匠。
アッパーを繰り出した手で、上から落ちてきた木刀を見事キャッチした。
「……はふぅ」
「おおっと!?」
そこまで見届けて、後ろに傾いていたエミーちゃんは腰が抜けて座り込んでしまった。
とっさに俺が両脇から手を入れて抱きしめ、おしりを地面に強くぶつけることだけはなんとか堪える。
「はっはっは……って、大丈夫か嬢ちゃん?」
「は、はひ~」
さすがにやり過ぎたと思ったらしい。 師匠は気まずそうに頭をかきながら腰に当てていた手を差し出すが、エミーちゃんはどうも手が痺れているようで左手をさすっている。
俺もそれに気づいて、後ろからその手を包んでさすってあげる。
「だ、大丈夫か、エミーちゃん?」
「う、うん……」
肩の横から覗き込んでみたけど、見たところ異常はなさそうだ。
「……ししょー、女の子相手にやりすぎ」
「す、すまん……」
「――ちょっと、大丈夫なのエミーちゃん?」
「大丈夫ですかーっ!?」
「お兄ちゃああ~~~~ん、エミーちゃあ~~~ん!」
なかなか立てないエミーちゃんを介抱していると、向こうにいたセラさん達もやってきた。
結局、初日の修行はこのままお開きということになった。
――その後。
立てるようになって、ダイニングでおやつを食べる頃にはエミーちゃんはすっかり回復していた。
そしてリビングへ行き、幼児三人でソファーに座ってお喋り。
「ケガがなくてよかったねー」
「エミーちゃん、いたかった~?」
「うん。 ビリビリしたけど、もうへいき。
でも……」
「でも?」「でも~?」
「……おじいさん、すごいね」
そう言って微笑むエミーちゃんの目は、キラキラと輝いていた。
この強さ、すごいわ。




