130 脱・甘えん坊将軍?
トイレ設備の説明が少しありますけど、行動の描写はありません。
冬の朝の、寝起きの微睡みは至高である。 異論は認めない。
薄明るい光差す部屋の中で、暖かい布団の温もりと眠気の残り香に包まれて、寝返りを打ちながらただただ時間を浪費する。
これを贅沢と呼ばずして、何と呼べばいいのだろう?
「あんっ♪ ……んふふ~」
「あったかー」
俺の上に乗っかり、抱きついて胸に頬を擦りつけているセーレたん。
年齢的に身長体重に大きな差がないので、幼児の肉体的にも楽な状態ではないんだけど……。
布団の中で髪が乱れまくるのも構わずに甘えてくる妹の様子を見ていると、できるだけ自由にさせてあげたい気持ちになる。
「んにゃははははは~♪」
「ほらほら、髪がムチャクチャだぞー」
「えへへへへ~」
「こーら、動かないの」
「や~ん」
布団をめくると寒いから、中をのぞき込んで両手でなんとか整えてあげようと試みる。 でも、いやいやと首を振るものだからどうにもできず。
大人しくしろーと言いながら、俺もセーレたんの首や脇腹をくすぐってるから無茶苦茶もいいところなんだが。
「ほれほれー。 ……ふぅ」
「やはははははあ~ん! ……ふにゃあ~」
やりすぎて服が乱れて布団の中も熱くなってきたので、これくらいにしておこう。 眠気も吹っ飛んだし。
手で布団に隙間を空けて冷たい空気を中に入れると、妹様が気持ちよさそうに深呼吸をした。
ちょっと疲れたので、這い上ってきたセーレたんを横に転がして俺も深呼吸。 カーテンの隙間から漏れる光は、先ほどよりも少し強くなったようだ。
身体が軽く涼しくなって、俺の頭も本格的に回り始める。
左を見ると、ハニーが俺の肩に顔をすりすりしていた。 その安心しきった笑顔に俺の口元も緩んだが、冷静な頭の中ではひとつの考えが浮かんでいた。
――最近のセーレたん、ちょっと甘え方がエスカレートしすぎかな、と。
二月に入って、離乳食にもだんだん慣れてきたマイブラザー。 朝食の後、そのまま一緒にリソ君の部屋について行く。
「セーレちゃん、リソ君に何か本を読んであげて」
「は~いっ」
背中くらいまで伸びてきたキレイな髪と厚手のスカートをひらひらさせながら、妹様が本棚に急ぐ。
お袋は、首を左右にかしげながら本を選んでいるセーレたんの後ろ姿を見て微笑むと、俺に後はよろしくと声をかけて部屋を出ていった。 さっき帰ってきて一人で食事してる親父のところにでも行くんだろう。
絨毯の上でしっかりとお座りして姉を見つめるリソ君の頭をなでながら、俺はまた思考の中に沈んでいく。
……エミーちゃんもこの間誕生日を迎えたし、俺達も来月には五歳だ。 来年の春には、とうとう初等学校へ通うことになる。
そうなると、週に二回だけど俺と離れて半日授業を受けることになる可能性もあるわけだ。
彼女が暖炉に魔力を補充している間に俺は風呂の水張りに行く、ただそれだけでも俺と離れることに説明や説得が必要だった現状は、ちゃんと話せば分かってくれるとはいえいい傾向とは言えないだろう。 甘えてくれるのは嬉しいけどさ。
「――おにぃ?」
頭の上からふってきた声に意識を急速浮上させると、妹様が本を三冊持って俺の前に立っていた。
「ん、どうしたの?」
「おにぃは、どのご本がいい?」
そう言って、隣の定位置に座って俺に本を見せてくる。
「セーレちゃんは、どれがいいと思う?」
「う~ん」
俺の顔をチラチラと見ながら考え込むセーレたん。 何を望んでいるのかは分かるけど、自分で考えようね。
微動だにせず蒼い瞳を見つめると、本に目を落として本格的に考え始めた。
……さっきから弟くんは、しきりにあーうー言いながら俺の右の手のひらを擦ってるけど、触手は出さないからね? 一度出すと一心不乱にかぶりつくんだから。
というか、さっき食べたばかりなのにまだ口に物を入れたいのか……デザート代わり?
「じゃあ、これ……かなあ?」
妹様が厳選した一冊を俺に差し出す。 俺達も読んだことのある、男の子向けの普通の絵本だ。
「うん、それでいいと思うよ?」
「えへへ~。 うんっ♪」
「んじゃ、他の本は元にもどしてねー」
「はぁ~い」
うんうん。 セーレたんは頭がいいんだから、言えばできるのだ。 ……残りの二冊、どっちも地雷だったからな?
『ボクだけのお兄様』と『オトコの料理の仕方』って、なんつーモノを仕掛けてるんだ。 敢えてコレを選んできたセーレたんも謎だが……。
戻ってきた妹様に場所を譲ってリソ君と向かい合わせに座らせると、俺はトイレに行くために立ち上がる。 俺が離れようとした瞬間にセーレたんも立ち上がろうとしたが「本を読んであげて」と言うと、悲しそうな顔をしながらも腰を下ろした。
ちょっと胸に突き刺さるものがあるけど……弟を放置するのはいけない。
すぐ戻るからと再度声をかけて、ハニーが本を開くのを見てから俺は部屋を出た。
廊下の突き当たりにある三つのドア。 左がキッチンで正面が脱衣場、そして右側がトイレだ。
簡易水洗の洋式トイレはニオイも遮断されていて清潔感があり、前世と比べても本当に遜色がない。 違うのは、トイレットペーパーの代わりに専用の布がいっぱい置いてあるところぐらいだ。
俺は一段低くなっている床だけ石造りの小部屋に足を踏み入れ、木製の便座に子供用の便座アタッチを被せた。
「はあ……」
便座に腰掛けると、自然とため息が出る。 やっぱり、個室トイレは落ち着くわー。
高い窓から差し込む日光をぼんやりと見ながら、また考え事を再開しよう。
……そう。 セーレたんは、やれば大抵のことはすぐに覚えてできるようになるだけの才能があるし、更に慢心せず努力もできる。
ただ、自発性がないんだよなー。 いや……自分自身よりも俺の意志を優先すると言うべきか。
今はまだそれでもいいんだけど、学校へ行くようになればある程度の自発性・自立性は絶対に必要になる。 常に俺と一緒にはいられなくなってくるんだから。
だったら今のうちに日中だけでも、セーレたんが一人で考えて動く時間を作った方がいいだろう。 妹様は嫌がるだろうし悲しがるだろうけど、ここは心を鬼にすることが彼女のためになるのだ。
かといって、急に突き放すのも問題だから……その分、夜とかにいっぱい甘えられる時間を作ってあげればいい。
セーレたんには、立派な女の子に育って高く羽ばたいてほしいからな。 俺のことを好いてくれるのは嬉しいけど、鳥カゴに閉じ込めるつもりは毛頭ない。
「さて、と」
ちょっと考え事が長くなりすぎたな……。
やや急いで部屋に戻ると、ドアを開けた瞬間にセーレたんに飛びつかれた。
「おにぃ~っ! おそいのおぉ~!」
「ごめんごめん」
「う~っ……ぐす」
「よしよし。 よくがんばったね」
靴を脱ぐのは取り敢えず後回しにして、涙目ですがりつくハニーを抱きしめてなでてあげる。
きょとんとしている弟くんの横には、本が何冊か積んであった。
……後で、本の内容を確認しないと。
昼のおやつに柔らかくてバターが香ばしいマドレーヌを食べ、チャロちゃんに連れられて幼児園へ。
春のような暖かい陽気に、すれ違いに挨拶した近所のメイドさんも嬉しそうな顔をしていた。 道中の木々にも緑が増えてきている。
「こんにちはー!」
園長さんの代わりに出てきた学生バイトさんに、セーレたんと一緒に手を振る。 なんでも接客中だとか。
忙しそうなので、手続きが終わったらすぐにいつもの部屋へ。 ……この部屋とももうすぐお別れか。
「おいっす。 るーちゃん、くりむちゃん」
「こんにちは~♪」
「こんにちは」
「――ご無沙汰しております」
「ジャスだ! ……わんっ」
他に遊んでいる子が少ないからか、白銀さんことツェツィーリエさんが、るーちゃんとわん子ちゃんの相手をしていた。 今日は男装……じゃない、普通の格好だ。 メイドさんも込みで。
そして、くりむちゃんは相変わらずボーイッシュないでたちだ。 それでも十分女の子らしいんだけど、隣のるーくんがガーリィ過ぎてユニセックスな二人組になっている。
そんなコンビに挟まれたメイドさんも加えた五人で、最近頻度が減ってきた例の儀式を始める。
「えにぐまー」
「えにぐまぁ~」
「えにぐまー」
「クマー」
「――えにぐま」
さすが白銀さん、唐突な流れにもしっかりついてきた。
それと、その隣にいるわん子ちゃんが、膝立ち状態のメイドさんと頭の高さがほとんど変わらないというのが凄い。 俺とは頭ひとつ分くらい違うのになあ。
ちなみに俺より二ヶ月誕生日の早いるーくんは、横のセーレたんよりもわずかに背が低い。 だからなおさら女の子っぽく見えるわけだ。
「それにしても、最近人が少ないねー」
儀式が終わると輪になったまま座り込んで、取り敢えず俺から適当な話題を出してみる。 すると輪を抜けようとしていた白銀さんが、疑問に答えてくれた。
「年明けを切っ掛けに、来年からの初等学校の予習のために勉強を始めさせるご家庭が少なくありません。 〈塾〉へ行かせる事もありますね」
「うへぇ、スゴイねー」
教育熱心なことで……でも初等学校って、義務教育なのに単位制だからなぁ。 飛び級もあるが留年もあるらしい。
「将来の事を考えれば当然です」
他は知らないけど、この国の成人年齢は十五歳と早い。 しかもその時点で職業に就く義務があるので、進路を決めるのも早い。 高校になったら、学部によっては職業訓練もあるらしいし。
平和な王都に住んでいると忘れがちだけど、それだけ早く労働力になってもらわないと国が困るってことなんだろうな。
元日本人としてはかなりシビアに感じるけど、横で聞いているるーくんも白銀さん同様に、当然とばかりに無言でうなずいている。 家がスゴイだけに、るーくんも既に勉強を始めているのかもしれない。
「くりむちゃんは、大きくなったら何になりたいの?」
「ん……ほあんたい、かな?」
わん子ちゃんに聞いても、特に迷うことなく答えが出てくる。 お父さんと同じ仕事か。
普通君もああ見えて既に家の仕事を手伝ってるって言ってたし、エミーちゃんも最近はウチに来るたびに木刀を振ってるしな……。
エルネちゃんにいたっては、具体的な目標に向かって爆進中という感じだ。 何を目指しているのかは知らないんだけど。
――前世では社会人経験もなかったし、特になりたい職業もなかった俺。
だけど生まれ変わって、早くも進路を考える必要が出てきたようだ。
「セーレは、およめさんになりたいの~♪」
ふんわりと微笑んで俺に寄りかかる妹様。
……セーレたんも一緒に考えような。




