125 オトコの真剣勝負?
しんしんと雪が降り、心の芯まで凍えそうな、十二月の冬景色。
しかし、窓ガラスの内側では逆に熱い勝負が繰り広げられていた。
「……」
片方は、温かく柔らかい木と布の檻に閉じ込められし、沈黙の金の虎。
小さき四肢を目一杯に広げ、自らの勇姿を誇示している。
「……」
そしてもう片方は、広き空間を自由に飛び回る、奔放なる銀の龍。
大きな身体をくねらせ、様々な角度から威嚇する。
「ママぁ~。 おにぃとリソ君、なにしてるの~?」
「さあ~、お見合い……かしら~?」
俺達の横には、勝利と慈愛の女神達が戦いの行く末を見守っているぜ!
……嘘っぽくて針小棒大で訳の分からない表現をしてしまったが、要するに俺がベビーベッドの上の弟と向かい合っているだけである。
「……」
「……」
目を逸らしたら負けなのか? と聞きたくなるくらいに俺をロックオンし続けるマイブラザー。
一点の曇りもない瞳で、俺の心の底でも見定めようとしている……なーんてことはないだろうが、ベッドの上にいるお袋とセーレたんには目もくれない。
表情こそフラットだけど、別に俺が嫌いだとか、興味ないとかいう風にはとても見えない。 腹ばいの同志リソベルは、俺が右に動けば右を向き、左に動けば左を向く。 興味津々だよね、明らかに。
「うーん」
「……」
試しに、右手の人差し指を彼の目の前に差し出してみる。 ……お、見てる見てる。 寄り目になっちゃって、可愛いぞおい。
これで指のニオイでもかいでくれたら……ってネコか!
「ほれほれー」
「……」
次に、指をゆっくり左右に動かすと……見てるな。 くーるくーると円を描いてみたら目を回すだろうか、ってトンボかっ。
と言いながら実際にやってみるが、やっぱり目は回さないな。 うん。
「つんつーん」
「……ぅ」
更に指を近づけて、ちっちゃいお鼻を突っついてみる。 おっ、顔がピクリと反応した! 手もちょっと動かしてる!
「ほれほれー」
「……ぅぅ」
ガマンしているのかどうかは知らないが、大きなリアクションがないのをいいことに、俺のつんつんはエスカレート。
鼻と左右のほっぺの三ヶ所をランダムに突っついてみる。 ジャスパー百烈拳だっ! ……おう、やわらけー。
「おらおらー♪」
「……ぶしっ!」
あ、クシャミさせちゃった。
「あらあら……はい、ジャスちゃん」
「あっ、ありがと」
真顔のままハナが垂れてきたのを見て、お袋がハンカチを手渡してくれた。 ちょっとシーツにもついちゃったので、両方拭いてキレイにする。 そしてハンカチをたたみ直してお袋に返した。
そのとき、祈るように両手を前で組んでいるセーレたんと目が合った。
「……セーレも、つんつんしてほしいなぁ~」
「え? あ……うん」
とっても物欲しそうな目でおねだりされました。 うらやましいの、コレ?
「やったぁ~♪ ……いっぱいつんつん、してね?」
「お、おう」
そ、そんな上目遣いで言わないでくれ……いぢめたくなっちゃうではないかっ。
妹様から目を逸らして弟っちに視線を戻すと、やっぱりじーっと俺を見ていた。
「はい」
「……」
何も起こらないか……ひょっとしたら仲間になるかな? と思ったけど。 んなバカな。
それにしても、一体なんなんだろうね。 まさか、俺みたいに前世の記憶があったりするんだろうか……。
『おーい、日本語分かるか?』
「……」
『掘ったイモいじるなー?』
「……」
『しもふさ君、幸せそうなのに?』
「……」
前世の三カ国語を操ってみたが、無反応。
……逆にお袋とセーレたんが目を丸くしているが、気にしないことにしよう。
うーん、なんとか喜怒哀楽のどれかを引き出してやりたいなぁ。 いや、哀はいらんけど。
「――フッ」
あるじゃないのー。 とっておきのアレがさ!
「これでもくらえー」
俺はとっておきのアレを、弟の目の前ににょろろーんと出してみた!
「ぁ!?」
顔の前に上向きの手のひらを出して、そこを見た瞬間に飛び出した触手。
はっはっはー、さすがに驚いただろう! 全身がビクリと震えたぜ!
「どうだ、リソ君っ!」
「……ぅあっ! おーっ!?」
手のひらの上で、海中の昆布のように踊る触手。
くねくねしながら伸びたり縮んだりする謎の物体に、彼の目はにわかに輝きを増してすっかり夢中になっている。
「どうだー、それそれー♪」
「あー! だーうーあーっ」
「きゃはん♪ リソくん、わらった~!」
「ほんとう~♪ よかったわね、ジャスちゃん……あら?」
「わっはっはー……ん?」
ちょっと待て? 見えた?
「あーうーあー♪」
足をばたつかせ、手を伸ばして触手を掴もうとしているマイブラザー。
試しに掴ませてあげると、ぎゅっと握ってかじりついた。 適度な弾力が気に入ったのか、すんごい笑顔でちゅぱちゅぱしてる。
これ、どう見ても――。
「リソ君、見えてるよね?」
「見えてるわね~。 しかもハッキリと」
「んゃ?」
顔を見合わせる俺とお袋。 セーレたんは首をかしげているが、それは仕方ないだろう。
「ちゅぱちゅぱ♪」
特に味はしないハズだけど、美味しそうに触手をちゅーちゅーしているこの子は、ハッキリと触手が見えているようだ。
セーレたんが身近にいすぎてすっかり忘れていたが、改めてリソ君から漏れ出る魔力に注目してみると、妹様には及ばないけどチャロちゃんに近いレベルのものを感じる。
つーコトは、その逆も然り。 この子は俺達の身体から漏れる魔力を感じ取っているのかもしれない。
とすれば……オドが強固すぎてまったく漏れ出さない俺の存在は、とても奇妙に見えたハズだ。
「ねー、ママ?」
「なにかしら~?」
「パパって、リソ君に叫んだりほおずりしたり、した?」
「ええっと~……弱っていたから叫びはしなかったけれど、頬ずりはしていたかしら~?
リソちゃん、すごく泣いちゃったわね~」
――謎は全部解けました。 たぶん、間違いないだろう。
そして……親父は単純にヒゲのじょりじょりで嫌われただけだ。 俺もセーレたんも苦手だったし。 いや、今もか。
つまり、俺は嫌われているワケじゃなかったんだ! ……俺はな?
「はぁぁぁぁぁぁ~」
全身から力が抜けて、俺はベビーベッドの前に座り込んでしまった。
転生者かどうかは以前のセーレたん同様にまだ要観察だと思うけど、この子は魔力の量と感度に恵まれた、才能ある子だということだ。
いやいや、めでたい話じゃないか!
「ちゅーちゅー」
「うふふふ、よほど気に入ったみたいね~」
「あはははは、そうだねー」
嬉しそうに触手に吸いつく弟を、俺は飽きることなくずっと眺めていた。
「――おにぃ」
「ん……どうしたのセーレちゃん?」
いつの間にかベッドから降りていた妹様が、後ろからしだれかかるように抱きついてきた。
この甘え方は……ジェラシーかな?
「おにぃ~っ」
「んー?」
左肩にあごを乗せて、俺の耳をくすぐるように甘えた声を出す。 目を合わせることができないので、代わりに空いている左手で頭をなでなでしてあげた。
嬉しそうに息を漏らすのが、またくすぐったい。
「ねぇ~、おにぃ」
「どした?」
「……セーレも、ちゅーちゅーしたいの」
「ちょばむっ!?」
さ、最近のセーレたん、パねぇ……!!




