119 泣いた分だけ、前に進めるんだよ
精霊の日である次の日は、朝から遊び倒すのかと思いきや。
「ふっふー♪ どう? どう、ジャス君、このサラダおいしくない?」
「……うん、おいしい」
「やったぁ!」
リビングの席に座ったまま、飛び上がって喜ぶエルネちゃん。 ……すぐに謝ったけどね。
料理が苦手だというエルネちゃんの力作、たかがサラダと侮ることなかれ。
この世界の野菜は不恰好なものが多い。 品種がそうなのもあるけど、品質の統一的な意味で。
他の食材もそうだけど、似たような色・形・大きさの野菜が揃っている方が珍しい。 というか日本人がこだわりすぎ。
特にこちらの世界は農薬なんてほとんど使っていないので、多少の虫食いなんて当たり前だし、虫やタマゴなどがついてても当たり前。 「虫も食わないようなモンを人間様が食うかっ!」である。
つまり何が言いたいのかというと……サラダを作るときは加熱しない分、虫を取り除くのに特に慎重になるのだ。 それを自分がやったと言っているのです。
虫ごときできゃーきゃー言っているようでは、料理は作れません。 肉の捌き方なんてもっとエグイよ?
「うん、早さはこれから慣れればいいから、あの丁寧さがあれば大丈夫だよー♪」
「あはははは……チャロさんにほめられると照れますよぉ~」
ちなみにウチの食事で、料理の中から虫が出てくることは滅多にない。 調理方法の関係でどうにもならない場合もあるので、それを考えるとほぼ完璧。
……買い物に付き合うようになって、初めてその凄さを知ったよ。 本当にありがとうねー。
そして朝の爽やかなジュースの一服のあと、エルネちゃんは……今度はマールちゃんと一緒に外へ手伝いに行ってしまった。
働き者すぎる……。 給料を出してあげたいくらいだな。
お姉ちゃんだけじゃなくて、妹も負けていません。
エミーちゃんもけっこう負けず嫌いな性格してるから、今日も俺たちの部屋に戻ると、自分からオドを感じる練習をしたいと言ってきた。
「うぅ……ぐすっ」
とうとう、悔しさのあまり泣き始めてしまった。 しかも泣き声さえ押し殺そうとしていて、なんといじらしいこと。
「ほらほら、エルネお姉ちゃんも一年かかったって言ってたよね?
ゆっくりやろうよ、エミーちゃん。 ぼくも手伝うからさ」
「ぐす……うん、がんわる……」
「うん、よしよし」
「エミーちゃん、がんばって~」
妹様と二人ではげますと、赤くなった目でにっこり笑ってくれた。
その後の特訓はそこそこで切り上げて、残りはお絵かきに。 エミーちゃんの絵はやっぱり、魔法を使っている自分の絵だった。 ほめてあげたら照れてたよ。
夕方の帰る前にも、また自分から言い出して少し特訓していった。 また成功せずに顔をしかめるエミーちゃんを、俺はいっぱいほめてあげてから見送った。
――翌朝。
俺は起きるなり、手の中の物体をまじまじと見つめていた。
「おおー……」
エミーちゃんの頑張りに感動した俺は、寝る前に身体の中のオドを使い切る勢いでまた凝縮実験をやってみた。
結果としてできた宝玉は、最初は白く淡い光を放っていたのだが……今見てみたら光は消えていたものの、その球形はほぼそのまま保たれていた。
爪で弾いてみたら、キンと音がする。
「大きさは……ちょっと縮んだ、かな?」
ゴルフボール大のオド球は綿のように軽い。 手からこぼすと水中に落としたかのように、音もなくゆっくりとベッドのシーツに着底した。
指で少し転がすと、球の中心がかすかに煌めいたように見えた。
「へえ、中は層になってるんだ……」
内部を調べてみると、各色の魔力粒子が球の中心部にぎゅっと固まり、その周囲を無色のオドが取り巻いていた。
……今までに見たことがない現象だ。
「おー、おー……やっぱり中心に集まってくわ」
眠って回復したオドを更に注ぎ込んでみると、新しい粒子はすべて中心に吸い寄せられてくっついた。
そして少しずつ中心部分が光り始めて、やがて全体が淡い光に包まれた。
「雪玉みたいに、どんどん大きくしていったら何かに使えるかな? 例えば魔力の予備タンクとか」
今はまだよく分からないけど、しばらくオドを継ぎ足しながら観察してみよう。
「……こんにちは」
昼になって、マールちゃんの引率でやって来た幼児園でお昼のおやつを食べ終わった頃に、お姫様がご出勤なされた。
「おっ、こんに……」
「こんにちは~っ」
いつも通り、白銀メイドさんに手を引かれてやってきたるーちゃん。
そのファッションはTシャツにパーカーを重ねて、下はゆったり系のメッシュパンツ。 色合いは地味で、これはまた非常に男の子らしいクールなコーディネートだ。 心なしか、目つきも女装した時よりちょっと鋭いような気がする。
白銀さんがすっと手を離し、今度はセーレたんに手を取られながら落ち着いた様子で挨拶している。
服装で、そこまで雰囲気変わっちゃいますか……。
ビックリしている俺に対して、妙に周囲の皆さんが冷静なのが気になるんだけど……もしかして、これが普通?
「るーちゃん、なにして遊ぶー?」
ソファーを降りて、俺もるーちゃん改めるー君のもとへ。
「うん……」
垂れ下がった自分の長い耳を、まっすぐに伸ばした人差し指と中指ですっとなでながら、るー君が考えるそぶりを見せる。 クールだ。
「れっしゃごっこは、どう?」
……出てきた単語は非常に幼児らしい。
だけど、視線は問いかけた俺じゃなくてまずセーレたんに向いているあたり、なんかキザっぽいぞ?
「んに? うん、いいよ~」
妹様も若干首をかしげながら答える。 るー君はその返事にクールな笑顔でうなずくと、俺に視線を戻してくれたので俺も了承した、けど……。
「るーちゃん、なんでそんなキャラなの?」
「ん? ……ダメ?」
どうしても違和感が拭えなくて、聞いてみるといつもの口調で返ってきた。 おめめもパッチリだ。
演じてたのかよー。
「いや……ダメってことは、ないけど」
「……じゃ、このままで」
そしてまた鋭い目つきに戻る。
「――つぎは、ちゅうおうひろばまえ」
車掌になったるーちゃんが、俺の前で次の駅名を言いながら歩いている。 俺は彼の腰を掴んで、セーレたんは俺の後ろで俺の腰とヒモを持っている。
あくまでクールキャラに徹しようとするのが妙に許せなくなって、俺はなんとかそれを崩してやろうと思い始めた。
「おおりの、おきゃくさま……あんっ」
「……」
「……は、おわすれ、ものぉ~ん♪」
「……」
「な、ないようにぃ……ひ~っ!」
「あ」
背骨に沿って指をつーっとやったり脇腹をこちょこちょやったりしてたら、腰砕けになっちゃった。
そして、急に止まった俺の背中に「わっぷ」と妹様がぶつかった。 急ブレーキは危険でーす。
「……る~っ!」
「ご、ごめんごめん」
崩れ落ちたまま振り返って涙目で俺を睨むるーちゃんは素に戻っていて、やっぱりこっちの方が可愛いなと思った。
……あれ? 男の子なんだから、クールでカッコイイ方がいいのか?
「ゆるしてよ、るーちゃん……と!」
「ひゅいん!」
「わぁ♪ セーレもやるの~」
「きゃあん!」
心の中にハテナマークをいくつか浮かべたまま、俺は三つどもえのくすぐり合戦を始めた。
朱い目に涙を浮かべて笑いながら、俺達をくすぐろうとしてくるるーちゃんは、とても輝いて見えた。
「ほりゃー♪」
「る~ちゃ~ん♪」
「きゃっ! やっ、あっ」
――ゴメン、二対一になっちゃってる。




