97 永久保存版の贈り物
この街――セスルームに来て、半月が過ぎた。
まさか本格的な剣と魔法の修行ができるとは思わず、思ったよりも時間が経つのが早く充実した日々だった。
ここはファンタジーな世界だが「現実」だ。 ゲームみたいに、簡単にレベルが上がったりスキルを覚えたりするなんて、あり得ない。
……分かっていたつもりだったけど、本当に「つもり」だった。
触手特訓の頃から薄々気づいてはいたけど、セーレたんのトンデモないセンスと成長速度には……正直、ヘコむ。 あれは、間違いなく才能だ。
妹が才能に恵まれていることは嬉しいけど――。
ああっ! もうっ!! ヘコんでても仕方ないだろ俺!
俺は、あの子の兄貴なんだ。 たとえ勝てない分野があっても別の部分で引っ張って、兄だと認めてもらえればそれでいい。 すべてにおいて勝とうだなんて、それは傲慢もいいところだ。
それに幸いとして、他の才能はともかく俺にも武器がある。 『前世の記憶』だ。 他に転生者がいない限りこれは確実にオンリーワンだし、この歳でこんな思考ができるのも大きなアドバンテージだ。
でも、この世界って文明が進んでるから、俺の知識も将来はあんまり役に立たないかもしれないんだよな……。 特に専門的な知識もないし。
となると、「触手」か? ……俺、触手だけが取り柄なの!?
ぜ、絶望した…………。
いやいやいやいや! そうならないように、今のうちに頑張ればいいんだ!
俺は決して、残念な子ではないっ!!
では、ないんだ。 ないんだ。 ないんだ……。
ああっ、ダメだ! これ以上は泣けてくる。 鼻がツーンとしてきたぞ。
とにかく俺はこれからも、触手の能力を伸ばしながら勉強や鍛錬もして、知識も使える機会があれば使う――この方針しかない! うむ。
――おにぃ~?
「はっ!?」
妹様の呼びかけで、俺の意識が戻った。
横からセーレたんが俺の腕を引っ張っている。 俺は右手には鉛筆を持ち、外は真っ暗。 窓ガラスには、リビングのソファーに腰掛けてテーブルに向かっている俺達の姿が映っている。
部屋にいるのは俺達だけである。
「おにぃ~、どしたの?」
「あ、ああ。 なんでもないよ、ごめんなー」
心配そうに俺の顔を覗き込むセーレたんの頭をなでて、何でもないことをアピール。 柔らかい笑顔が戻って、腕を掴む力が緩んだ。
俺は鉛筆の反対側の先で頭をかき、姿勢を正すと机上の紙に向き直る。
そう。 俺達は今、王都のお袋達に手紙を書こうとしているのだ。
『赤ちゃんが生まれて落ち着いたら、手紙を送りますからねっ……!』
そう言ってくれたチャロちゃんの「先の先」を打って、サプライズにするために!
「うーん」
……だが、困った。
前世で物心がついたときには既にインターネットや携帯電話があった、メール世代な俺には「手紙」を書いた記憶がない。
ハガキで年賀状くらいは書いていたが小学校くらいまでだったしなぁ。 どう書こう?
『前略お袋様~』は堅すぎるし、『実家なう』とか『私は帰ってきた!』も変だな。 帰る、というよりは来た、って感じだし。
『ぼくたんinしたお』……あり得んな。 どんな発想をしてるんだ、俺?
つーか、フィラスタ語で子供っぽい文面って、どうすりゃいいんだろ? ま、大体でいっか。
「……よっし」
ある程度開き直って、俺はあまり難しい単語だけは使わないようにと考えながら思ったことを書いていく。
特に凝った内容を考える必要はないのだ。
「『お元気ですか? ぼくは元気すぎて死にそうです』……それはいらんか」
ついついギャグを入れてしまったのを消しゴム……というか、パンの欠片とゴムで消す。 少し黒いのが残ったが、仕方ない。
何回か書いたり消したりを繰り返して、ちょっと格好は悪いけど子供らしいといえばらしいものができた。
「――『ジャスパーより』っと。 よし、できた!
はい、次はセーレたんね」
「はぁい! ……んと、んと」
うにゅうにゅ言いながらお待ちかねだった妹様に鉛筆を渡すと、身体を左右に揺らしながらうーんうーんとうなり始めた。 真面目な表情も可愛いねー。
ちなみにセーレたん、鉛筆の持ち方はバッチリである。 しっかり教えたからね。 筆圧が弱いのは、四歳だから仕方ない。
「ね~ね~、おにぃ~」
「ん、どした?」
「あのね~、セーレね~」
「うんうん――」
**********
数日後の昼下がり、一通の手紙が王都に届けられた。
配達人から受け取ったチャロアは差出人を見ると耳としっぽと跳ねさせ、小走りで屋敷の中に入っていった。
「あら、どうしたのかしら~」
穏やかで暖かい空気が流れる、光に満ちた室内。
部屋の主であるセフィアは、出産の近づいたお腹を気遣いながらベッドから上半身を起こした。 チャロにクッションを背中に挟んでもらい、もたれかかると一息つく。
受け取った封筒には、母親の筆跡でこの家の住所と自分の名前が書かれている。
前回の手紙で、また送るということは書いていなかった――。 軽く首をかしげながら、セフィは丁寧に封を剥がして中身を取り出した。
そして開いた手紙に軽く目を通すと、その表情は軽い驚きから満面の笑みへと変わっていった。
「……ふふふふっ♪ あらあら~」
「奥さま?」
「チャロちゃ~ん。 悪いけれど、キッチンにいるアナとエミーちゃんを、呼んできてもらえるかしら~?」
「えっ? ……はいー」
二人を呼んでくる意味が分からず、視線でその疑問をたずねながら耳の向きを前にするチャロ。
その様子に更に口角を上げると、セフィは手紙を裏返して彼女に見せてその理由を明かした。
「ふふふ……ほら、チャロちゃん。 ジャスちゃんとセーレちゃんから、私達にくれた手紙よ♪」
『ふにゃっ!?
き、きっきききたああーーーーーーーっ!? キターーーーーーーーーー!!』
ドアを閉めるのも忘れて飛び出していったのを見て肩を揺らすと、セフィは目を閉じて彼女達が来るのを静かに待った。
**********
――エミーちゃんを隣に座らせて頭を撫でながら、私は順番に手紙を回して読んでいる彼女達の表情を観察します。
敢えて自分の番は最後にしてわくわくしつつ、彼女達のリアクションを楽しみます。 私の気持ちが伝わったのか、お腹の子も元気に動き始めました。
「まあ――――あ。 ……あはは」
アナは最初に感心の声を漏らすと、次に無言で目線を数度往復させます。 彼女の頬がピクリと動き、軽く目を瞠りました。
その後、一度止めた視線を今度はゆっくり滑らせると、その目が更に大きくなって……最後に乾いた笑顔を見せました。
短時間にころころ変わるママの表情を、エミーちゃんはきょとんした顔で見つめています。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございますー」
笑顔で読み終わったアナから手紙を受け取って、チャロちゃんも黙読を始めました。
最初にアナと同じような百面相を見せてから、一旦表情をリセットすると次を読みます。
「くすっ。 ……あはははっ♪」
今度は穏やかな笑みから始まって頬が緩みっ放し、そして最後にはあふれるように声を出して、嬉しそうに笑いました。
手紙をチャロちゃんに渡したときのアナとよく似た、優しい笑顔です。
「では奥さま、どうぞ♪」
最後にやっと、私の番です。
興味深げに紙面を覗くエミーちゃんにも分かるように、私は指で文字を追いながら声に出して読み上げます。
――ママ、アナさん、チャロさん、エルネお姉ちゃん、エミーちゃん、パパへ。
初めて手紙を書きます。 お元気ですか? 僕も、セーレも、マールさんも元気です。
僕達、ヴィンスさんとセラさんのお家で暮らしています。 二人とも、すごく若々しくてビックリしました。
ヴィンスさんは雨が降っても外で剣を振っているし、セラさんのお肌はもっとツヤツヤになりました。
今、僕はヴィンスさんに剣術を、セーレはセラさんに運動を、そして魔法はセラさんに二人で教わっています。
修行は大変ですけど、楽しいです。 帰ったら教えてください。
ママは、出産が近くなってきていると思います。
僕達を出産した時よりも楽だとは思いますけど、体力をつけて、陣痛が来たら早めに医者を呼んで頑張ってください。 出産後も気をつけてください。
ジャスパーより
こんにちは。 わたしとお兄ちゃんは、げんきです。 おじいちゃんとおばあちゃんも、げんきです。 わたしはまほうができました。 お兄ちゃんがわたしをなでてくれました。 うれしかったです!
せーれ
「――ふふ、ふふふふふっ♪ ……はあっ」
およそ半月、目にしていないあの子達の笑顔を思い浮かべて、私はまぶたを閉じて余韻に浸ります。
決して長い文ではないけれど……何度も書いては消した跡から、あの子達がリビングかどこかで肩を寄せ合ってうんうん言いながら、一生懸命に書いている姿がハッキリと見えてきます。
ジャス君とセーレちゃんが、初めて書いて送ってくれた手紙。
またひとつ、私の宝物が増えてしまいました。
――同封してあった残りの二枚は、マールちゃんからとお母さんから。
『何をどうすれば、あんな凄い子供が育つのよ』
そんなことを聞かれても、私には分かりません♪
……あと、あれの美肌効果はよく知っていますけれど。
『返したくない』だなんて、絶対に許しませんからね?




