94 深く深く、触れ合って
マールちゃんが窓を開けると、心なしか涼しくなってきたような空気が流れ込んできた。
でも、俺の身体は逆に温かくなっている。
「えへへへへへ~♪」
「よしよーし」
放置された反動か、人前で珍しく甘えモードに入ってしまったセーレたん。
脚を広げて座った俺に、前から全身を預けてくる。 後頭部からほっぺたまでを、飽きることなくすりすりしてくる妹様が可愛くて仕方がないぜ!
「次はセーレちゃんの番なんだけど……どうしよ?」
「お邪魔しては申し訳ないような雰囲気になってきましたね……」
いちゃつく俺達を見て決まりが悪そうな表情で顔を見合わせているセラさんとマールちゃん。
「ん? だいじょーぶだよ? セーレたんも、ちゃんと魔法のお勉強するよねー♪」
「はあ~い♪ おべんきょうしゅりゅのお……♪」
「セーレちゃん、すっごい蕩けてるんだけど……まあ、ジャス君がそう言うんなら教えましょうか。
というか、私よりお兄ちゃんが教えた方がいいんじゃないかなー?」
「へっ?」
「ジャス様が、ですかっ?」
いやいやいや! 俺から教えるって、魔法……っていうかオドを流し込むことしか分からない俺に一体どうしろと?
ムチャクチャでござりまするがな!
「うん。 マールちゃんも習ったでしょ? 本当は、瞑想とかやって自分の中のオドを感じるところからスタートするものなんだから。
ジャスくーん、オドの感じ方だったら教えてあげられるでしょ?」
「え……うん、たぶん」
それは乳児期にさんざんやったし、最近またやり始めたから教えられないこともないけど。
「じゃ、私は見てるから。 ……セーレちゃ~ん、今からお兄ちゃんが教えてくれるからねー♪」
「は~い! おにぃ~、セーレにおしえて?」
「お、おう」
丸投げされてしまった。
でも、マイハニーにもお願いされちゃったし、やってみますか。
「――んじゃ、セーレたん。 目をとじてー」
「ひゃ~い」
両手で後ろからそっと妹様の目を隠して、まぶたを閉じさせる。
「からだの力を抜いてー」
「ふにゅ~……」
セーレたんが軽くうつむいたので目の上から手を離して、右手はお腹に回す。
そして、左手で頭をなでながら右側の耳元でささやいた。
「おへんじしなくていいから。 もーっと、力を抜いてー」
「ゅ……」
「ぬいてー」
「……」
肩がすとんと落ちて、背中からも力が完全に抜けるのを感じるまで、俺は優しくささやき続ける。
「はい、ゆーっくり息をしてー」
「……す~~っ。 ……はぁ~~っ」
「力を抜いてねー」
「すー……はー……」
よし、いい感じにリラックスしてきた。
なんか、ちょっとした催眠状態みたいになってるが……。
「自分のしんぞうの音、分かるー?」
「……にゅ?」
むむ、ちょっと言葉が難しいか……。
「いいよ、力を抜いてー」
「……」
さて、どうしよう? セーレたんの意識を、自分の身体の中に向けないといけないんだけど。
……触覚で誘導しようか。
「頭をなでなでしてるの、分かるね?」
「……うん」
「気持ちいい?」
「うん……♪」
次に、頭から手を離して左肩に触れた。 セーレたんの口からは惜しむ声が漏れる。
「今、肩に触ってるね。 分かる?」
「ん」
より彼女の感覚をハッキリさせるために、しばらく肩をなで続ける。
それから再び手を離して――。
「……さあ、次はどこかな?」
「……」
まだ四歳とはいっても抵抗あるんだけど……ここが最も分かりやすそうだしなぁ。 やましいことはない! うん。
俺の左手は一瞬ためらった後、意を決しておもむろにセーレたんの胸の中心――窪みのあたりへ。
四本の指の腹で胸に触れると、その指先に彼女の心臓の鼓動が伝わってきた。
「さあ、今はどこを触ってる?」
「……おむね」
「ちょうどそこで、『とくん、とくん』ってしてるの……分かる?」
「うん」
「それが、セーレたんが生きてる、っていう音だよ」
「セーレが、いきてゆ……?」
「そう」
「えへへ♪ おにぃの生きてゆおとも、きこえるよ……?」
「ぁ」
ああ、ピッタリくっついてるから、俺の音まで聞こえちゃったか……。
「そ、そっか……。 でも、今はセーレたんの音を聞いててねー」
「……うん」
「……」
ふぅ。 さて、次が問題だな。
俺自身がオドを知覚した時は、とことん自分の内部に向かって感覚を研ぎ澄ましていったけど。
もし、自分自身で感じることが難しいというんなら――。
「セーレたんの生きてる音、聞いてるね?」
「ん」
妹様に心臓の音に集中させながら、俺も目を閉じる。 それから俺自身も精神を集中して、セーレたんの中のオドを探ってみる。
これだけ身体を密着させて、更に彼女もリラックスして無防備でいる状態なら、きっと俺にも分かるはず。
「……」
「……」
「――――っ!」
「ひゃうっ!?」
感じたっ!
表面の抵抗がすっとなくなって俺の「見えない手」が彼女の身体をすり抜けた感じがした瞬間、薄皮一枚隔てたすぐそばに、ふんわりとしたオドの感触が!
触れたところから、俺の中に温かい「何か」がゆっくりと染み込んでくるような気がする。
そしてセーレたんも声を上げたということは、触られた感覚が分かったはず!
「今、セーレたんの中におにぃが触ったの……分かった?」
「ぅ……んぅ♪ ……うんっ」
な、なんか、セーレたんの声が色っぽいんだが……大丈夫かな? 身体もぴくぴく震えてるし。
自分以外の人のオドなんて初めて触ったし触られたこともないから、セーレたんがどう感じてるのか全然分かんないんだけど……。
「だ、だいじょうぶ、セーレたん?」
「ん……うん……♪」
どうやら大丈夫らしい。 だけどちょっと苦しそうにも聞こえるし、あんまり触り続けるのは良くないかもしれないな。
そう考えて俺は『指先』を動かすのをやめ、彼女には触れられている感覚だけを感じてもらうことにする。
間違っても力を入れて傷つけてしまわないように、本当に触れるか触れないかという感じなのだが……ほんのわずかな指先の震えによってもオドの表面にさざ波が立ち、波紋が広がっていく。
「触ってるの、分かる? 苦しくない……?」
「ひゃぁ……ぁ……んんっ♪ ら、らいひょう、ぶ……ぅあん!」
「……」
こ、これ以上はやめておこう。 セーレたんの反応が妖しすぎる!
それに、最初は雲みたいだったオドの触感が徐々に水みたいにハッキリしてきたし、俺も染み込んでくる何かによって身体の中が少しずつ温かくなってきてるし……。
俺は絡みつくいてくるオドに注意を払いながら、身体からそっと指先を抜いていった。
「んやぁ♪ ……あぁぁ」
「……はぁ」
俺は集中を解いて目を開ける。
すぐに見てみると、セーレたんは息を乱し、顔だけじゃなく首や耳まで真っ赤になって震えていた。
もしかして、すごく辛いのを我慢してたんじゃないだろうね……?
「はぁ、はぁ、はぁ」
「だ、だいじょうぶ? つらくなかった?」
「はぁ……うん……はぁ」
そ、そうか。 よかった……。
でもこれで、なんとか自分の中のオドを知覚できたんじゃないかなと思う。 あとは、忘れないようにしてもらえれば。
「今、おにぃが触った感じ、覚えといてね」
「はぁ、はぁ……うん。 お、おぼえゆ……♪」
「うん、よくがんばった! よしよしー」
「にゅへへへへ~♪ もっとぉ~」
「よしよしよーし♪」
「ふわぁぁぁぁぁ~~~~」
よしっ、これでミッションコンプリートだ!
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後ろから妹を優しく抱き締めて、耳元で何かをささやきながら胸に触れている兄と。
悩ましい声を上げて震えながら、蕩けた顔を上気させて息を乱している妹。
「ちょ……ちょっと、これは予想外な展開ね……」
「ああぁぁぁ、な、なんて……なんて凄い……♪」
大人の女性達の目には、そのように映っていたのだが――。
今日の練習をこれで打ち切った翌日に、妹は魔光灯にあっさりと光を灯して見せて二人を更に驚かせたのだった。




