戦争の中で
それからはもう走馬灯のように時間が過ぎていった。
レノバの死を知ったバルモノ国は遺体を引き取り、死んでいた場所が亜人街だということで犯人を亜人だと決めつけた。
そして亜人を住まわせている国は悪だといいはじめ一方的に宣戦布告をしてきた。
もはやどんな理由も理屈もつうじなかった。
ただ、影ではバルモノ国に残された食料事情などもあったようだ。
食料を奪うための自作自演。
そんなものに巻き込まれた俺たちの国はいい迷惑だったが。
マリアは親の勧めもあり田舎へ避難し、アスリアは前線へ自ら志願して2度と返ってくることはなかった。アスリアの従魔のフェンは重症を負いながらも発見され、最初は見る者すべてを攻撃し誰にも懐くことはなかったが、今は俺と一緒に戦っている。
マリアの従魔のペガもマリアが戦うかわりにとマリアが俺の元へ置いていった。
ペガは置いていかれたことに最初は反抗していたが、今では空の魔物たちのリーダーをしてる。
仲間のテイマーたちも沢山死んだ。
仲が良かった奴も、仲良くなかった奴も。
死は平等に訪れた。
誰にも死んで欲しくないと願っていたが、そんなことは無理だとわかってしまった。
手の中からこぼれていく命。
どんなに俺が強い力があっても、どんなに強い従魔がいても遠くで戦っている仲間はどんどん死んでいった。
戦争が始まって3年クラウドは今では立派な大人の竜になっていた。
あのトカゲとバカにされていたのが今では嘘のようだ。
仲間の兵士からは守り神とあがめたたえられ、その反対に敵からは恐れられた。
バルモノ国との戦いは一進一退だった。
敵にも強いテイマーがいたせいで俺が奪い返した土地も何度もそいつに奪い返された。
戦線は長く一人でできることは限られていた。
日に日に戦いは激しさを増していった。
血と土と埃が舞う戦場。
俺は常に戦い続けた。もう何もかも忘れただひたすら目の前の戦いだけどを求めて。
そんな前線にメルナ王妃が慰問にやってきた。
俺は女王がきたからといって何も変わるわけでもないと、式典をばっくれた。
何より、メルナを見ることでアスリアのことや楽しかったあの時期を思い出すのが辛かった。
学園にいた時は本当に幸せだった。
いつになく感傷的になった俺は前線の城壁の上で月を眺めていた。
横には大きくなったクラウドとフェン、ペガがいる。
3匹とものんびりしているようだがまわりを常に警戒をしてくれている。半径1㎞以内に俺たちに害意をもったものはいないようだ。
過去は変えることができないとよく言われる。
それは俺も知っている。
でも、だからこそ思ってしまう。
もしこの未来を知っていたらあの時どう行動していただろうか。
最悪の未来なんて誰も望んではない。
だけど、そんな未来が待ち受けているとわかっていたら、あの日俺はどんな行動をとっただろうか。
楽しかった学園生活は俺の中で一番の思い出になっている。
でも、もっと学園生活を楽しむために何かできたのではないか。
過去に戻ることもかえることもできない。
だから今できるのは今の人生を変えることだけだ。
今できる最善のことが未来をいいものに変えてくれると信じている。
こんな簡単なことがわかるのに俺はこんなにも時間がかかってしまった。
今でも思う。もし俺がレノバを助けていられたらこんな未来にはならなかったんじゃないかと。レノバが嬉しいといってくれたプレゼントはそのまま誰にも着られることもなく今も俺の手元に残っている。
もしも、あの日レノバが死ぬとわかっていたら、なんて言葉をかけてあげれば良かったのだろう。アスリアもそうだ。もし帰ってこないと知っていたのなら別れの時にどんな言葉をかけてあげればよかったのだろう。もしくはひきとめればよかったのか。
今、目の前にいる大切な人にいずれは別れがくるのは知っていたはずだった。
どんな人だって従魔とだって別れがやってくる。
それが早いか遅いかの違いだ。
だけど、その別れがくる前にもっと伝えられたことが沢山あったはずだ。
好きな人には好きだと伝えて側に寄り添うことだってできた。
恥ずかしいと思っていた気持ちも今なら素直に相手に伝えられる。
それ以上に大切なことはないんだから。
『アルス』
「わかってるよ」
声をかけてきたのはフェンだった。
俺は手触りのいいフェンの頭をなでる。フェンは気持ちよさそうに目をつぶっている。
俺のところにくる人間が敵意がない証拠だ。
もちろん敵意があったとしても負けるつもりはないが。
気配感知で一番広範囲にわかるのはクラウドだが、特定の人物や敵意のない者の接近ではフェンが一応声をかけてくれる。
フェンは昔から気をつかえる本当にいい子だ。
「こんなところにいたんですね。式典にでないなんて私への反逆罪ですよ」
「そんな理由で俺のことを処罰しにきたのか?」
「はぁ。昔はもっと素直な子だったのになんでこんな子になってしまったのか」
そこに来たのは王妃メルナだった。王妃はゆっくりと俺に近づくと俺の肩へと手をおく。
王妃にしてはなれなれしい。
他には誰も側にいないようだ。
「護衛もつけずにこんなところに来るなんて襲われても知らないぞ」
「大丈夫よ。あなたがいるじゃない。どこの前線よりもここは一番安全よ。もし敵がいたとしてもすぐにわかるでしょ。久しぶりねフェン」
フェンは知らん顔をしたまま寝たふりをしている。
さっきまで起きていたのでフェンもメルナのことが苦手のようだ。
「寝たふりなんて冷たいのねフェンは。私悲しくて泣いちゃいそうよ」
「フェンは疲れているようなのでそのままにしてあげてください」
「あら仕方がないわね。魔王様に言われたらフェンを起こすのは諦めるわ」
「その呼び方辞めてもらえますか?」
俺はいつの間にかテイマーとして魔物を戦わせていたことで敵から魔王なんていう称号をもらってしまった。まったく俺のような優しい人間を捕まえて魔王だなんて失礼な話だ。
「あなたには本当に感謝しているわ。まさかあなたにここまでの才能があるなんて驚きだったわ」
「こんな才能なんていりませんよ。平時に使える才能の方がどれほどありがたいことか」
「そんなことないわよ。あなたが活躍してくれたおかげで何人の人が助かったことか。それに今日前線まで来たのはバルモノ国との戦争が終わることを報告しにきたのよ」
「本当に?」
「えぇ。ただその同盟のためには必要なものがあるの。あなたを突き出せって言われてしまったのよ。困ったものね」
「それで俺のことを探していたんですね。やめろフェン」
フェンは起きだすとメルナの前に立ちはだかり俺を守るように低い声でうなりだす。
俺はフェンの顔の前に手をだす。
「あら、怖い。元はアスリアの従魔であれほど仲良くしていたのに」
「王妃はどうするつもりなんですか?」
「答えは決まっているわ。私はこの国を守るために最善をつくすことにしているの。妥協はしないわ」
『アルスニゲロ』
ペガが俺をくわえ空高く飛びあがる。どこから集まってきたのか黒服の男たちがいる。
気配感知にまったくひっかからないとは、事前に俺たちへの対策をとっていたのだろう。
「王妃、それがあなたの答えなんですね」
「あら、そんなに高いところへ逃げなくても大丈夫よ。まったくビビりなんだから。それにもう終わっているわよ」
『ドクン』
心臓の音が大きくなる。
「アルス、こんな未来には……頂戴ね」
俺の意識はそこで刈り取られた。
大絶賛書籍が発売中です。
空いた時間のお供にどうぞ(´◉◞౪◟◉)




