父の帰宅
父さんはめったにこの国へ帰ってくることはなかった。
ある日貴族を急に理由も言わず辞め、母さんに
「この国の為だから」
と、それだけ話したそうだ。
その後詳しい他の理由を言わず、冒険者になり今は他国をいろいろと冒険をしながら旅をしている。
そんな父さんを母さんは、
「あの人は夏の優しい風のような人だから。夏の風に心癒されるように誰かを救わずにはいられないのよ」
そう言って話してくれた時があった。
その表情には寂しさという感情より、どちらかというと誇らしげだったのを覚えている。
父さんが貴族を辞めたのは俺が12歳になってすぐだった。
小さい頃から父さんは俺にこの世界で生き抜くための基礎を教えてくれた。
それは剣の基礎だったり、魔法の基礎だったり、罠の基本だったり、ありとあらゆることの生き抜くための知識。
「いいか。気持ちだけでは人は救えないし、技術だけあっても人は救えない、知識と技術があって初めて人を助けることができる。だから、毎日1つでもいいから自分にとってプラスになることをしろ。昨日の自分より今日の自分が誇れるようにならなきゃダメだぞ」
そう父がいつも言っていただけに、父が理由も言わずに貴族を辞めてきたと聞いた時にはショックをうけた。最下級貴族で領地もなにもなかったので今考えると貴族である必要はなにもなかったが。
そんな父が他国へ行くようになり、たまに帰ってくると国の中で必ず大きな問題がおきた。
前回父が帰って来た時には、貴族の裏金問題が暴露され中流貴族が1つ取潰しになりそこから派生するように、いろいろなところで不審死があいついだり、その前は王都内に兵士に変化した悪魔崇拝者の男が侵入しようとして捕縛され一時期大事件としてとりあげられていた。
たしかこの時に王宮内では姿形を変えて侵入できないように隠蔽魔法無効などの対処がとられるようになった。
これ以外にも父さんが帰ってくると問題が起きるので俺は父さんが何かやっているのではないかと聞いたことがあった。でも父さんは
「異世界勇者冒険譚にでてくる、殺人を招く小学生ではないからたまたまだよ」
そう言って俺の頭をなでてくれた。
異世界勇者冒険譚にでてくる殺人を招く小学生とは、異世界で流行っていたマンガだ。
その小学生が歩く先では必ずと言っていいほど殺人がおき、毎回その小学生が事件を解決に導く。
この魔物が溢れる世界でさえ、そんなに殺人などに遭遇することは少ない。
異世界がどれだけ厳しい環境なのかというのがよくわかるマンガだと言われている。
だからこそ、こっちの世界にきて勇者などと言った世界に名を残す人になれるのだろうけど。
父さんが帰ってきた夕食。
母さんが久しぶりだからといってウチにしてはかなり豪華な食事が並び父さんの帰宅を喜んだあと少しゆっくりしたいた。
「そういえばアルスは冒険者になったって聞いたけど冒険者としてどうだ?」
「クラウドと一緒に上手くやっているよ」
「この辺りはゴブリンとかしかでてこないからたいしたことないからね」
俺はこないだ父さんがたいしたことないと言っていたゴブリンキングを倒したって伝えると、なぜか顔を顔を青くしていた。
「……お前、あの冗談をずっと本気にしてたのか?」
「冗談? 父さんならゴブリンナイトでもゴブリンキングでも雑魚だから問題ないんでしょ?」
「あっ……もちろんだとも。だけど、外ではそんな話は気軽には言うなよ」
なぜか外でその話をすることを禁止されてしまった。
別に言いふらす程のことではないから言いはしないが何をそんなにムキになっていたのかわからない。
「ところで、冒険者のアルスに人探しを頼みたいんだがいいか?」
「人探し? 別にいいけど、父さんが俺に頼み事なんて珍しいね」
「あぁちょっと色々あってな」
父さんからの依頼は東の国、バルモノ国のダールン王様の隠し子の娘が数年前から行方不明になっており、その娘探しを手伝って欲しいという話だった。
現在冒険者として世界中を旅しているが、父さんは元貴族というだけあって交渉なども得意だ。
貴族と市民のやっかいごとや、商人との交渉、それ以外に普通に剣や魔法の腕も一流の冒険者にひけをとらない。
もうすでに亡くなってしまっているが、父さんの父、俺からするとおじいちゃんがものすごく教育熱心だったそうだ。
「貴族だからと言って誰かに守られなければいけない、そんな貧弱な身体ではダメだ。男なら自分プラス一人、自分の好きな人くらい守れる強さを持て。権力や護衛はいざという時に役に立たないことの方が多いからな。最後は自分の生き抜くっていう気持ちだ」
なんていうようなかなり熱血なじいちゃんだったらしい。
そのおかげで、父は小さい頃から帝王学から交渉術、その他いろいろなことを徹底的に教え込まれた。
まぁそれのせいで、貴族をやめて自由になりたくなってしまったのもあると思うけど。
ただ、それのおかげで父は行く先々で非常に重宝された。
どこの国でも腕の立つ冒険者として数年で認知される程に。
そんな時に父さんの噂を聞き付けたのがバルモノ国のダールン王だった。
ダールン王の娘は数年前に家出をしてしまいそのまま行方不明になっていた。
もしかしたら生存は難しいのではと思っていた矢先、数日前にそのダールン王家特有の魔力がこの国の方角で感じられたということだった。
ダールン王家は代々武道派の一族として知られており、特別な魔力を持つ家系として有名だった。
王の一族でありながら、肉体強化の魔法を得意として、前線でメインに戦うことのできる戦う家系だった。
その戦果はすさまじく、戦争中は名前を聞くだけで敵が撤退を考えた上で作戦を考えるほどだったそうだ。
そんな王にも秘密があった。
王には沢山の奥さんがいたが、そのほとんどはどこかの権力者の子供だった。
王は普通に恋愛をすることを望み、街へ一人で遊びに行っていた。
ある日、王様は一人の美しい女性と出会う。
王様は初めて王という肩書を抜きにして、その女性を口説いた。
もちろん始めは失敗した。
バカにもされた。気持ち悪いとも言われた。
王様はどうやって口説いていいかわからなかったが、決して王の権力は使わなかった。
それから、その女性は王の熱意に負け恋に落ちる。
その女性は王様だとは知らずに王様を愛してくれた。
この世界にいるただの平凡な男の一人として。
会うたびに好きになっていく王様。
彼女は王様のつまらない冗談にも心から笑ってくれ、いつのまにか寂しい時に寂しいと打ち明けられる唯一の女性になっていた。
でも、その身分違いの恋はもちろん長くは続かなかった。




