王妃の裁き
「そうね。気が付かれたらば大変だもんね」
そこにはメルナが静かに立っていた。
「ねぇあなた。今回のこと私にもわかるように説明してくださいます?」
その場にいた誰一人声をかけられるまで気配を感知できなかった。
なにかしらの隠密スキルを持っているのだろう。
「執務室に行ったら誰もいないし、執事からは街の外から強い魔力の反応があったって言って王宮は軽く混乱するし色々大変だったの。それでこれはどういうことかしら?」
「いや、メルナさん、わしとばあさんがちょっと……」
「お義父様は少し静かにしてて頂けますか?私今夫と話していますので」
リドルド王の目から急速に光が消えていく。
あの目はコボルトたちと出会った時の絶望の目だ。
「メルナ、帰ったらば話をしようと思ってたんだよ。本当だよ。これには実は山よりも深い訳があって。それにアルスくんだってこんなに元気だし。街は無事だし。それにアスリアも学校に慣れたって。えっとそれから……」
もはやリドルド王が何を言いたいのかさっぱりわからない。
なんだ山よりも深い訳って。
まくしたてるように話、なんとか誤魔化そうとしているのだけはわかる。
「あなた知ってます? 人はやましいことがある時、必要以上によけいなことまで話をしてしまうんですよ。それに何を言いたいのかわかりません」
リドルド王の威厳はすでになくなっていた。
街中で見かけたら普通のおじさんだ。
「お義父様、王宮の窓を壊して侵入したのはお義父様たちでよろしいということですね?」
「はい」
先ほどまで脳筋一直線だった生きる伝説が今ではしゃべる屍のようになっている。
「お義父様に常識がどこまで通じるのかわかりませんが、お客様をお呼びしてお客様に怪我と呪いをかける王室なんて前代未聞ですがお義父様たちの中ではそれが当たり前なのでしょうか?これが表沙汰になった時点で王室としての威厳がなくなり崩壊へとつながりかねないと思うんですがそれについてはどうお考えですか?」
「それはお客様を喜ばせる余興としてだな」
リドルド王の父親はとんでもないことを言いだした。
人って追い込まれると苦し紛れにとんでもないこといったりするよね。
でもだいたい事態を悪化させるけど。
「ではお義父様からしたらば、王宮の窓ガラスを割って賊さながらに入ってくるのも、アルスさんに呪術をかけるのも余興だと。それを聞いた国民はどう思うと思いますか?私が今までどれほどあなたたちがしたことをもみ消すのに力を使ってきたと思うんですか。」
「いや、わしはただ純粋にアルスくんを強くしようと思っただけじゃ。それの何が悪いと言うんだ。今この国は危機に瀕している。一人でも若い人間の強い力が必要なんだ。それくらいわかってくれるだろ」
「そうですね。お義父様の言うことにも一理ありますわ。ただ、先ほど命の一度や二度かけるのが当たり前とか死ぬことと見つけたりって言ってましたよね?」
リドルド王の父親から毒でもくらったかのように徐々に生気がなくなっていく。
「メルナさんちなみにいつから見ていらっしゃったんですか?」
「お義父様が『なんだバレたのか』っておっしゃっている頃からですね。ずいぶん楽しそうに語っていらっしゃいましたよね。警備強化のために身体をはってやったとか。そんなに身体をはりたいのであれば存分に身体をはってもらいましょう。」
メルナの到着はかなり最初の頃だった。
「それとお義母様、そこで知らない顔していますが同罪ですよ。」
「メルナさんや年寄りの軽い、いたずらじゃけ許してやってくれ」
「へぇこれが軽いいたずら。賊に忍び込まれ客が襲われるなんて他国に知れたら舐められますよ。しかもその犯人が身内なんて。いったいどう説明しろと?」
「そんなのは簡単じゃ。片っ端から殲滅していけばいいじゃろ」
メルナの顔から余裕の笑みが消える。
「本気で言ってますか?」
「ごめんなさい。場を和ませようとしただけです」
「次はキイロ」
「はいっ」
こっちはすでに蛇に睨まれたカエルのようになっている。
直立不動で全身が震えをおこしている。
「確かあなたはお義父様たちの見張りをする約束でしたわよね? なぜ一緒になってアルスさんを攻撃しているのかしら?」
しばらくの沈黙のあと出た言葉が
「……ごめんなさい」
もう言い訳すらできないときあるよね。
「大丈夫よ。全然怒ってないから理由をいいなさい」
「この襲撃に協力して秘密を守れたら、学校に通わせてくれるって言われました。」
「へぇーあなたは学校にいく為に娘の同級生の命を狙うんですね」
「ごめんなさい。まさかこんな大事になるなんて思いもしませんでした。王妃様に報告をしなくちゃとも思ったんですが、小さい頃からお世話になっているお二人を裏切ることができませんでした」
「そう。わかったわ。あなたは今日付けで解雇します。暗部からも除名です」
言葉にならないキイロ。
ただ、その場で立ち尽くすだけだった。
キイロの顔に一筋の涙が頬を伝う。
「メルナさんそれは勘弁してあげてください。わしらが巻き込んだのが悪いんじゃ」
「お義父様! キイロの雇用主は私です。口をださないでください」
「いや、こればっかりは何とか慈悲を。キイロはわしらの家族同然じゃろ。だからわしらを裏切れなかっただけなんじゃ」
「元々は誰のせいだと思っているんですか?お義父様お義母様がキイロを巻き込まなければこんなことにはならなかったんですよ。それにこれは明らかな私への裏切り行為です。王妃への叛逆は死刑ですよ。でるとこでて勝負しましょうか?」
「キイロすまなかった」
「ワシらが後で……」
「暗部への再雇用は認めませんからお義父様お義母様は自分たちがしでかしたことを反省してください」
もう誰も言葉を発することはできなくなっていた。
「アルスさんあなた剣って持ってますか?」
「もっ持ってません」
「じゃあこれ差し上げますわ」
そう言ってくれたのは先程王が魔法を叩き切った剣だった。
リドルド王が急に慌てふためく。
「メッメルナ早まるな。その剣はドワーフの中でも歴代一と呼ばれる鍛冶ゴッシュがやっと作ってくれた剣なんだ。二度と同じものは手に入らないんだぞ。それにアルスくんだってまだ使いこなせない」
「えっ王妃の言うことが聞けないの?」
どっかで聞いた言葉だ。きっとこっちが本家だろう。
「いえ……そんなことは」
目で殺す。その言葉を体現したようだった。
王様のHPが0になった瞬間だった。
王様が灰になって風に飛ばされそうなくらい真っ白になっている。
「アルスくんこれ今は装備できないかも知れないけど、これが装備できる頃にはきっと今よりいい男になってるから。受け取ってくれる?」
「えっと。とても欲しいことは欲しいんですけど、今装備できない自分が持っていても宝の持ち腐れですし。あっそれでは装備できるようになるまで王様に預かってもらうという形ではどうでしょうか?」
「フフフ。アルス君は優しいのね。そういうとこ嫌いじゃないわよ。どうせあの人似たような剣、沢山持ってるから後で装備できるのを1本送るわね」
「ありがとうございます」
「さて、次はお義父様とお義母様は身体をはったお仕事がしたいんですよね?それに戦力増強まで考えてくださっているとか。」
リドルド王の両親は無言でうなずいている。
「そこのコボルトたち」
「「「「「はい」」」」」
「このままアルス君の役にも立てず毎回やられてやられていくのと、今のうちに一から鍛えてアルス君の役に立つのどっちがいい?」
「俺は役に立ちたいです」
「私も!」
「僕も!」
「わぉーん」
「それじゃあ、お義父様お義母様はコボルトたちの訓練よろしくお願いしますね。彼らはまだ子供ですからきちんと優しく指導してあげてください。私も定期的に見回りにいきますから、寝ないで戦闘訓練とか自分たちを基準に考えてやらないでくださいね」
「いや、わしらは強い敵と戦って戦闘の後に友情を勝ち取る勇者スタイルがいいと言うか、弱い者をいちから育てるのには向かないと言うか」
「別にいいですよ。『アレ』の方がよろしいのであれば」
「わしら昔からコボルト好きだったよなばあさん」
「そうじゃなじいさん」
「お義父様お義母様は少しコボルトたちから一般常識学んでくださいね」
それからまわりを見渡し、
「アスリア」
「えっあっはい私ですか?」
完全に自分は関係ない空気をだしていた。
「好きな人がいるならちゃんと自分の力で勝ち取りなさいね。恋愛で王女の力を使うなんてそんな姑息なことはダメよ。相手に自分を選んでもらう努力をしなさい。あなたは一番気楽なポジションなんだからもっと自由に生きていいのよ」
「お母様ありがとうございます」
アスリアの目には涙が浮かんでいる。
そして、
「あっ忘れるところでした。キイロ」
「はい」
キイロはうつろな目をして立っているだけだった。
死刑にはならないとしても、王妃を裏切ったことに変わりはない。
それがどんな理由であろうと。
王宮内では権力争いが常日頃からある。
こういった問題にならないようにキイロが派遣されていたのだ。
今回のことも本来王妃にいち早くその情報を届けていれば問題になることはなかった。
ただ、もう後悔しても遅い。結果は変わることはないのだ。
王妃は静かに、そして優しい口調で、
「あなた明日から暗部をやめて暇よね? ちょうどアスリアの学校内の警護の仕事があるんだけど興味あるかしら?ただ、従魔の学校にも通わなければいけないし今からだとクラスは一番下のクラスにはなるけど。」
「えっそれって……」
「こんな面倒な仕事みんな嫌がるから受けてくれる人がいればいいんだけど」
「私やります!やらせてください」
「ただ、試験は終わってしまっているから編入という形にはなるわ。編入試験は実力で頑張りなさいね。書類関係はこっちで準備はしてあげるから。あなたは国の中でもエリートなんだから編入試験で落ちたら承知しないわよ。あと、あなたも大切な家族の一員なんだから、やりたいことがあるならちゃんと言わないとダメ」
そう言ってキイロの頭をコツンと叩く。
「とくにあの人たちはすぐに間違った方向へと進んで行ってしまうから、あなたがしっかりしないと」
「はい」
「それじゃ帰るわよ。キイロの準備もしないと」




