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マリアの憂鬱な日

 ごめんなさい。ごめんなさい。

 私があんなことを言わなければ。

 無理よ。これはさすがに無理。


 本当に気持ち悪い。

 身体の震えがとまらない。


 目の前に広がる一面の白い液体。

 ウネウネと動く白い植物型の魔物。


 そして……視界が奪われる。


 その魔物はシュッシュッと触手の先から液体を飛ばしている。


 身動きできない。 

 ここから1秒でも早く逃げたい。

 アルス助けて。


 イヤ!本当に無理。

 あっあーダメ。


 遅かった。

 もうすべて遅かった。



 ★



 私とアルスとアスリアさんは用務員のエルガさんに頼まれて学園の端にある作業小屋の掃除をすることになった。

「2人とも本当にいいんだね?始まったら後戻りできないけど……」

「えぇ任せてください。私掃除得意ですから」

「私もアルスさんには返しきれない恩がありますから」

「わかった。じゃあこの中を掃除してもらいたい。まぁ2人ともテイマーを目指しているから大丈夫か。それじゃ3人でやればすぐ終わると思うから」


 そう言って案内された小屋の中には何体もの白い植物型の魔物が触手をウネウネと動しながらいた。

 魔物は部屋中が白くなるくらい触手から白い粘ついた液体を吐いていた。

 なにこいつら生理的に無理。


「いやーしばらく見てなかったら授業で使うホワイトプラントが逃げちゃってね。こいつらの回収とこの小屋の掃除をお願いね。ホワイトプラントの液は服を溶かすからこの特別製のコートを羽織るといいよ。あと髪の毛につくとすごく臭くなるから気をつけて。ホワイトプラントはそこの容器に。その時もし触手から液をだしている場合は液だけはこの容器にいれておいて。これは授業で使うから捨てないでね。それが終わったら部屋の掃除。掃除は従魔の魔法を使いながらやってね。もちろんホワイトプラントを倒すのはなし。」


「エルガさん、この量って学校はじまるまでに終わらなくないですか?」

「えっそう?終わらなくてもいいけど、その時は昼休みとか明日の朝とかでも大丈夫だから」

「それに学園からもらった従魔を掃除に使うなんてできません」

「えっ?従魔に掃除させないの?じゃあ何に使うの?」

 エルガさんは心底驚いたかのように聞いてくる。


「何にって……戦闘とか?」

「あぁなるほどね。学園からもらった従魔にはどんどん掃除とか手伝わせた方がいいよ。掃除に使う繊細な魔力コントロールは実際の戦闘でも役に立つし。クラウドちゃんなんか掃除とかでも魔力コントロールめちゃくちゃうまいよ。それに君は将来子供が生まれた時に、『私の子供は掃除をさせるために産んだわけではありません』って言って掃除をさせない人?」

「いやそんなことはないですけど……」

「過保護は時に人をダメにする。それは魔物も同じ。なんでもいいから魔物と一緒に楽しんでチャレンジすること。それが絆を深めてテイマーとしても成長させてくれるから」

「……わかりました。やってみます」

「それじゃあよろしくね。俺はそこで見てるから」


 そういうとエルガさんは近くのベンチに座ってしまった。


 こうなったらばやるしかない。

「やるわよアルス!」

 ちょっと動きが気持ち悪いくらいの魔物だからって私が負けるわけがない。


 

 なんて、そんなことを考えている時期もありました。


 

 コートを羽織り、私が1歩踏み入れた瞬間足に白いねばっこいのが絡みつく。

 手伝うって言ったのは私だけど、アルス後で覚えておきない。

 アルスへの理不尽な怒りがこみあげてくる。

 私の従魔であるペガサスのペガも後からついてきていることから、緊張しているのが伝わってくる。


 でも、よく考えれば別に魔物を回収して液を分けて掃除するだけの簡単なお仕事だ。

 たかが掃除。

 そう思ってホワイトプラントに手をのばした瞬間。

 ホワイトプラントの触手が手に絡みつく。

「ヒッ!」

 思わず声がでてしまう。本当に気持ち悪い。


「大丈夫かマリア」

「大丈夫ですかマリアさん」

「だっ大丈夫!ちょっと気持ち悪かっただけ」

 心の中ではもう触りたくないと悲鳴をあげている。

 でもだからと言ってアルスの前でカッコ悪い姿は見せられない。

 反対側に進んでいったアスリアさんからも小さい悲鳴が聞こえてくる。

 女性にこんなことさせるなんてセクハラだわ。

 いったい誰が……うん。エルガさんはやめておきなさいって言ってた。


 もうやるしかない。

 1匹捕まえて籠に運ぶ。

 触手から液をばらまいているので液を容器にいれるしかない。

 そう思い容器を探していると足元を滑らせ頭から転倒してしまう。


「髪の毛につくと臭くなるから」


 その言葉が頭の中で思い出された瞬間鼻をつく刺激臭が。

 ダメだ!やっぱ無理!逃げなきゃ。

 そう思って足を踏み出したとき、今度は足元にいたホワイトプラントを踏んでしまう。

 プニュとした感触に全身が震える。

 あぁ!もう。

 気が付くとホワイトプラントを蹴り上げていた。

 ホワイトプラントの色がみるみる赤く染まっていく。


 ホワイトプラントは触手を絡めて私の身体を持ち上げる。

「なにこれ!」


 こんな小さな身体のどこにそんな力があるんだ。

 こうなったらやってやるしかない。

 風魔法でホワイトプラント攻撃する。

 こんな雑魚そうな魔物私の風魔法なら……


 そこには無傷なホワイトプラントがいる。

 ただ、身体の色が赤から黒に変わっていく。


 触手が身体に絡み目が覆われる。

 助けてアルス。恐怖で身体が震え言葉にならない。


「マリア!今助ける!離せこの野郎!」


 急に触手が緩み私は白い液の中に顔からダイブする。

 ひどい。ひどすぎる。私はこんなキャラじゃない。

 異世界勇者冒険譚のヒロインになるくらいの素材をもっているのに。

 こんなポジションじゃないのに!

 言葉にできない悲鳴をあげる。


「大丈夫か!マリア」


「もうやだ。おうち帰る。なんでアルスの言うことは聞くの?」


「いや俺の言うことも聞かないと思うよ」

「でもアルスが離せっていったら触手離したじゃん」

「えっ……ホワイトプラントあそこの容器にはいれ」


 ホワイトプラントは植物型なのに触手を使いながら自分で歩き容器に入っていく。

「触手から液がでる奴はそっちの容器に液をいれてから」

 そうアルスが指示をだすとそれにも従っている。

 いったいどういうこと?


 そう思っていると入口にエルガさんがやってきた。

「なんだ楽しそうに遊んでるな。言い忘れてたがここのホワイトプラントはきちんとテイムされているから人の言葉がわかるぞ」

 とニコニコしながら言っている。

 この野郎!絶対に知ってて黙っていやがったな。


「なんで先に教えてくれないんですか!」

「室内にいるホワイトプラントは飼いならされているなんていうのはテイマーにとって常識だぞ。知らない方がおかしい」

「はぁ?そんな常識まだ習ったことないんですけど」

「習ったことがない……か。よしわかった」

 エルガがアルスの方にむかって距離をつめる。

 狙いはクラウドちゃん!?


 クラウドちゃんは何かを察し余裕だと言わんばかりに魔法障壁をはる。お前の攻撃なんて当たらなければ意味がない。そう思っていた。


 だが……


 確かにクラウドちゃんは魔法障壁をはっていた。

 でも、パリンという音と共に障壁を突破されクラウドちゃんの喉元にナイフが突きつけられる。


「もし仮に今回本気で殺そうとしていたら、教わっていませんって言える?アルスくん、アスリアちゃんもそうだけど、学校にきているからって安心しちゃダメだよ。知識は自分から吸収していくもの。誰かが教えてくれるって思っていたら一生飼い犬で終わってしまうからね。今のうちだからこそ自分から興味をもって色々なことにチャレンジしないと。おっと、そろそろ行かないと間に合わなくなるから授業にいきなさい」


 そういうとクラウドちゃんの喉元に突きつけたナイフをしまい、変わりにクラウドちゃんにお菓子をあげている。


 正直なにも言い返せなかった。


「あっアルスくんはこの溶液を持っていきなさい。それマジックボックスでしょ?使ったらまたもらいにくればいいから。ただ変なことには使用禁止だからね。あと今のはマジックキャンセルね。魔法障壁はっていても破られるから常にそのことも頭にいれて行動しないとダメだよ」


 そういうとアルスの鞄をあけて勝手に溶液をしまっている。

 用務員なのに変なおじさんだ。

 私たちはお礼を言って教室に向かった。

 まだまだ知らないことが沢山ある。

 正直今回は悔しかったけど、この学校でやっていく以上前を向いて進んでいかなくちゃ。


 ★


 3人が授業に向かった後、エルガの側にすらっとした黒髪メガネお姉さんがやってきた。

 異世界勇者だったら美人OL秘書とでもいいそうなそんないでたちだ。


「エルガドフ学長、そろそろ会議のお時間ですが。」

「ありがとうラムル。ただ私はもう学長を引退しているし、学校では用務員の気さくでカッコイイ、エルガってことになってるから、そこんとこよろしく」

「ハイハイ。それにしてもダンジョン攻略の鍵になるホワイトプラントの溶液あげてしまっていいんですか?エルシア先生が何か考えていたようですけど。」

「いいのいいの。先に学べることはどんどん学んでいけばいいし、得られるアイテムはどんどん集めて行けばいいの。学校のペースにあわせなきゃいけないなんて誰が決めたのさ。」

「それ元学長がいいます?」

 ラムルは少し笑みを浮かべながら楽しそうにしている。


「それに不穏な噂が流れているからね。崩れる時はあっという間。平和なんてのは熟年離婚みたいなものだよ。知らない間に事態は進行していくものだから。少しでも彼らの生存確率をあげてやるのが俺らの仕事でしょ」


「そうですね。元学長の家の離婚のようにあっという間に崩れますからね」

「そうそう。どうしてリーナは俺のことを捨てていってしまったんだ……ってうちのことはいいんだよ!」

「今年は楽しみな学生が多いだけに、なんとか阻止したいですね」

「あぁ今後が楽しみな奴らばかりだからな。それに懐かしい顔もいたし。まだ懲りていなかったならば、また遊んでやることにしよう。それじゃ行こうか」


 そう言うと2人は転移魔法でどこかへ消えて行った。

 災難というのは知らない間に忍び寄ってくる。

 それがいつ起こるかはわからないが……

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小説書籍化しています。 ぜひ手に取ってもらえればと思います。 テイマー養成学校 最弱だった俺の従魔が最強の相棒だった件
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