朝まで拳で語り合う
それからが大変だった。
ゴブリンキングは天災級と呼ばれる魔物だったらしく、緊急の会議だとかなんとかで冒険者ギルドに朝まで拘束された。
正直うちの学校の同級生ならばあれくらいの魔物は倒せると思うのだが…。
魔王がいなくなったことで、冒険者のレベルも下がっているという話しを聞いたことがあるが、まさかこれほどまでとは思っていなかった。
それから解散になったのは翌朝だった。
魔物がすでに倒されていて、なおかつ他の危険を探しても見当たらないということが理由らしい。
ただ、悪いことばかりでもなかった。
長時間待機をしているうちに街の冒険者と少し仲良くなれたのだ。
俺が、アルフグレドの学生だというと、それならばゴブリンを倒してもおかしくはないと言われ、最初は実力を試してやると先輩冒険者の胸を借りるつもりだったが、最終的にはクラウドと冒険者の総当たり戦になっていた。
「こんなトカゲに負けるわけにはいかないんだー!」
「そっちからまわりこんで最大級魔法をぶつけろ!」
「ギルドの訓練場なんか壊れてもいい!」
「こうなったら街を破壊してでも一矢報いるんだ。」
「なんでなんだ!こんな小さなトカゲに。」
「俺…勘違いしててごめん。精進する。」
とかみんなでワイワイやりながら朝まで拳で語り合った。
クラウドも、レノバお姉さんや何人かの冒険者には勝てなかったが、一晩中戦い続けたのはかなり良い経験になったようだ。
特に人間相手の対複数戦が出来たのはかなり良かったと思う。
学校ではまだ従魔の魔法使用が禁止されているので徒手での格闘技しか出来ない。
冒険者ギルドではその制約が無いので、後で回復してあげればクラウドでも魔法を使って十分戦うことが出来る。
冒険者たちも安全に魔物との戦闘訓練が出来るという事でかなり喜んでいた。
凶悪な魔物が減ってきている中で、実際に魔物と戦う経験はかなり少ないらしい。
最後にはまた訓練を一緒にやろうと約束も出来た。
唯一の不安はレノバお姉さんがぼそぼそと
「これが、愛し合う殿方と肉体をぶつけあって一夜を共にするっていう、異世界勇者冒険譚の中にあった事ですね。」
と頬を赤めながらチラチラ俺の方を見て言っていたが聞かなかった事にした。
何をどう誤解したらそういう発想になるのか判らないが、訂正するのは俺じゃなくて良いはずだ。
良いよね?
大丈夫だよね?
その後、レノバお姉さんからはなぜかアルス様と呼ばれる様になり、レノバと呼び捨てにしなければいけなくなってしまったのだが理由は怖くて聞けなかった。
冒険者が全員バテた辺りでギルドの幹部から解散を言われ、今回の討伐報酬と夜勤手当は夕方支払うと言う事でまた来てほしいと言われた。
ゆっくりお風呂に入って寝るはずがとんでもない事に巻き込まれたもんだ。
俺は、家に帰りクラウドと風呂に入って眠い目をこすりながら学校に行く。
今から寝たら多分起きられない。
結局、夜中の冒険者たちとの訓練でも自分の訓練をほとんど出来ていないので、今日こそはしっかり訓練をしよう。そう思って訓練場に入るとそこにはちょうどアスリアがいた。
向こうは俺のことを知らないだろうから、あいさつだけして通り過ぎようとすると
「あっえっとそのトカゲ…先日私のことを助けてくれた方ですか?」
と予想外の反応があった。変なことをしなくて良かったと思う。
あの時変なことをしていたらば学生生活が終わる所だった。
「あっはい。体調大丈夫ですか?」
「はい。おかげさまで助かりました。ありがとうございます。あっ私1年のアスリアって言います。よろしくお願いします。」
それから少し雑談をしてお互いの訓練に入る。
ここの魔法訓練場は高位魔術師の魔法にも耐えられるように魔法障壁が何重にも張り巡らされていて、自動修復までされる優れものだった。
ただ、夕方には先輩たちが使うことが多いので1年生で使おうと思ったら朝の早い時間じゃないと使えない。
俺は基本的な魔法から上級魔法までをクラウドに見せながら説明をしていく。
すべてをマスターしなくてもいいが、実際に見た事があるだけで実際の戦いでも攻略の仕方が変わってくる。
クラウドも、理解できない事もあるだろうが一生懸命聞いてくれるのでこちらも熱が入る。
どれくらい集中して訓練をしていただろうか。
クラウドが少し飽きてきたので休憩に入る。
あれ?今日は音が聞こえない。
そう思ってアスリアさんの訓練場を見てみると、また倒れていた。
おっと。チャンス到来…って思って失敗していた異世界勇者もいた。
今日は魔力ポーションを持って来ていたのでアスリアさんにその場で飲ませてからおんぶして救護室まで運ぶ。背中のボリュームは…かなり良い。
この感触は正直反則だと思う。
昨日レノバに絡まれた悪夢から一転、今日は良い日だ。
ただ、こんなに連続して倒れるにはいささかおかしい気がする。
何か別の理由があるのだろうか。
救護室につく前に俺の背中でアスリアさんが目を覚ます。
「あっ…いつもすみません。今日も私もしかして…。」
「はい。静かだなって思って見に行ってみると倒れていたので。」
「ごめんなさい。降ろしてもらって大丈夫です。私…あの…その…結構おも…ゴニョゴニョ…」
「大丈夫ですよ。もうすぐ救護室つきますから。」
何も聞かなかったことにして救護室のベットまで運んであげる。
アスリアさんは俺に目線をあわせずにすごく恥ずかしそうにしている。
うん。これだよこれ。昨日のおっさんのもじもじしているのは誰も見たくはないけどアスリアさんがやるとものすごく可愛い。
「あの…本当にありがとうございます。それで、さっきは言えなかったんですけど、何回もこんなことになってしまって…あのもしよければ助けてくれたお礼にご飯をご馳走したいんですけど、お昼つきあってもらうことって出来ますか?」
「えっ…お礼なんていらないですよ。」
そう言うとすごく残念そうな顔をされてしまったが
「でも、もしよければ一緒にお弁当食べますか?俺の幼馴染も一緒になってしまいますが。」
「ぜひよろしくお願いします。」
こうしてお昼のお弁当友達が一人増えた。
ただ、俺はまだ知らなかった。この出会いが彼女の運命を大きく変えることになることを。




