09 まもなく開演、ご着席ください。(3)
愛する婚約者の失踪、そして足取りがつかめないことに心を痛めながらも、純潔の乙女の献身と弟である第二王子に支えられ、気丈に振る舞う王太子。
現在は執務の合間を縫って自ら婚約者を探しており、失踪中のウィロウ嬢との一刻も早い再会が願われる。
おおむねそんな内容の記事を読み返すたび、『ウィロウの身体で、顔で、そんな意地の悪い顔をするわけには……』と思う私の意思とは裏腹に、いや~な笑みが顔に浮かんでしまうのが手に取るようにわかった。
そうでなくとも、こうして思った以上に順調に事が進んでいるのが確認できて、テンションはぐんぐんうなぎのぼりしているこの現状。
下手に口を開いたら失言してしまいそうな予感しかしないし、……なんたって自分のことだからさ。
なんとも悲しいことにこの予感は確信に近く、そうとなれば軽々と無視するわけにもいかないので、今日の予定に組み込むつもりでいた散歩は中止することにした。
なにしろウィロウと違って私はポンコツなのでね、うっかり口を滑らせて余計な発言をしたり、このギルドの仲間や町の人たちに余計な迷惑をかけないためには、こういう物理的な措置が必要なのよね……ふふ……。
マ、それならそれで、屋内というか室内でできることをやればいいだけなので、別段気にするほどのことでもないかなというのが正直なところ。
ストレッチくらいならベッドの上でできるし、夕方……日が落ちてあたりもすっかり暗くなるころになれば、さすがに私の最高にハイなテンションも落ち着いてくれる、はず。
それにほら、遠征中に秋も終わって今やすっかり冬だし、冬めいた気候のおかげで夜風もかなり冷たくなってきてるし、その冷たさで強制的に普段の状態に引き戻されそうじゃない?
我ながらだいぶパッパラパーな頭になっている自覚があるので、ちょっと強引――むしろ無理やり? なくらいの方がポンコツ極まってる頭をよく冷やせる気がするから、うん、それじゃあ今日の散歩は日が落ちてからってことで!
じゃ、そゆことで。今日の予定はそれでけってーい!
……。
……、……。
……もっとも。
ポンコツ頭でもなんとか比較的冷静に下すことのできたこの判断は、その日の昼には、あっけなく崩れてしまうことになるんだけど。
下手なことをやらかさないようにと、部屋の中でぐだぐだしながら過ごしているうちに、太陽はすっかり中天にかかる頃。
ストレッチも済ませて手持無沙汰になったからと、遠征中に暇がなくてできなかった日記をつけたり、四次元ポーチの中身を整理して過ごしていたんだけど……窓から差し込むぽかぽか陽気があんまりにも気持ち良いものだから、ついうとうとと船を漕いでしまう。
うーん……なんでこう、昼下がりの陽気って眠気を誘うんだろう?
ウィロウの年齢的にいくらでも寝られる年頃だから、というのも一理あるんだろうけど、こればかりは前世からまったく変わらないような気がする。
ふわふわ、とろとろと心地よい眠気にまどろみながら、ぼんやりとそんなことを考えていると――
「ヴィル、いるかい?」
「! いる! ヴィルいます!! ――わぷっ」
「ありゃ、ずいぶん熱烈な出迎えだね? ただいま、ヴィル」
「おかえりなさい!!」
「ははっ、めちゃくちゃご機嫌じゃないか! 何かいいことでもあったのかい?」
「ノラさんが帰って来た!!」
「まったく。可愛いこと言ってくれるね、この子は!」
トントントンッとノックの音がして、続けざまに聞こえたのは在室を問うノラさんの声。
その途端、私に昼寝をさせようと手ぐすね引いていた眠気は一気に吹き飛び、鈍くなっていた思考も覚醒する。
なにしろ私と風君がギルドに帰ってくるのと入れ違いになるかたちで、ノラさんは要請を受けて別のクエストに出かけてしまったから、顔を合わせるのはかれこれ一ヵ月ぶりといっても過言じゃない。
そんなわけで、眠気でちょっぴり落ち着いたはずのテンションが再びぶち上がったのも仕方がない話だと思うんだよね……!
……ただ、その、テンションが上がりすぎたせいか、部屋のドアを開けた時に勢い余ってつんのめってしまったのはかなり恥ずかしい失態。
でも、そうしてよろめいた身体はノラさんが抱き留めてくれたんだけど、結果的に私がノラさんに抱き着いたような体勢になってさ。
それがノラさんの言う『熱烈な出迎え』に繋がるわけだけど、……なんか、思ったより嫌がられていなくてびっくりしてる。
それどころか、むしろぎゅーっと抱きしめ返されて、危うく顔がノラさんのたわわな胸に埋もれてしまうところだったし。
……いや、うん、私は別に勇者じゃないけど、同性だから。
ノラさんの胸に顔が埋もれたところで咎められることはないんだけどさ。なんか、こう、ちょっと恥ずかしくて、つい回避しちゃったんだよね。
……私がノラさんに憧れてるから、恐れ多い気持ちが先行しちゃったのかな?
足元がお留守になっていたせいで起きたハプニングで驚きと、恥ずかしさと、緊張と、あとは照れのような、嬉しさのようなくすぐったい感情で、さっきから心臓がすごくドギマギしてる。
それを誤魔化すようにいつもよりもちょっと大きな声を出したんだけど、どうやらノラさんにはバレていないみたい。
ご機嫌な様子でにこにこ笑っているノラさんに、内心ほっと胸を撫でおろした。
「ねぇヴィル、これから時間はある?」
「? うん。特に予定はないし、時間ならたっぷりあるよ」
「じゃ、ちょっと出かけようよ。ゆっくりお茶でもしながら、遠征先でどんなことをしてきたのか聞かせとくれ」
……とまあ、そんなわけで。
ノラさんもクエストから帰って来たばかりで疲れているだろうし、ゆっくりした方がいいんじゃないかな。とか、考えたりもしたし、実際にそう言ってみたけれど。
当の本人が平気だと笑い、むしろ一緒にお茶した方がよっぽど息抜きになる、なんて言い張るものだから。ノラさんのことが大好きな私が、そういうことならと頷いてすぐに出かける準備をするのは、至極当然の成り行きだったってわけ。




