06 坂道転がる赤い靴(6)
「王都の流行り廃りなんて、お前には必要ない情報かもしれないが」
「部屋に戻ってゆっくり読んだらいい」
「……特にちょうど真ん中あたりページの記事が、俺には興味深い内容だった」
そんなセリフと共に新聞を渡され、感じた違和感はみっつある。
まずひとつは風君が言う通り、今の私に王都の流行り廃りなんて関係ない、ということ。
なにしろ王都というからには、あそこは国一番の大きな都市なのだ。私が……というか、元に戻ったウィロウが王都に戻る頃にはどうせ流行なんてまた変わっているだろうし、最低限、髪の長さが貴族令嬢として恥ずかしくないレベルに戻るまではウィロウも表舞台に立たない(立てない)はず。
流行なんてその間に情報収集をすれば十分な話だから、わざわざ新聞を渡される理由がない。
ふたつめの違和感は、ゆっくり部屋で読むようにと勧められたこと。
新聞なんてどこで誰が読んでいたって問題ないはずの内容しか書かれていないし、部屋で読むことを勧められる、というのは疑問しかない。
彼が無意味なことを言わない、むやみやたらに他人をからかわない……からかえないタイプだから、何か相応の理由があるんだろうけど。
もし同士が似たようなことを言ってきたら、正直、条件反射でつっかかってしまいそうだと思う。
みっつめの違和感は、風君おすすめの情報について言及があったこと。
まるで『ここの記事をを特別読んで欲しい』と言わんばかりの発言をするわりに、その内容について彼は一言も口にしようとしなかった。
普通、他人に何かを勧めようとする時って、軽くでも内容について言及するものじゃない?
どんなところがほかに比べて優れているとか、何が特に自分は気に入ったとか……勧める相手にちょっとでも興味を持ってもらおうとするのが人間の性、みたいな?
まあ、風君って口下手だし、コミュニケーションが苦手みたいだから、そういう発想に至らなかっただけの可能性もあるんだけど。
(何はともあれ、珍しく風君から『こうして欲しい』とお願いされたわけだし、反発する理由もないから部屋に戻って読んでみようかな)
――結果から言えば、風君の気遣いも、その判断も、何も間違っていなかった。
『尋ね人 ウィロウ・フォン・イグレシアス侯爵令嬢』
『憂いのヘンリー王太子殿下、愛する婚約者の無事を願う』
新聞のちょうど見開き一枚になっているページ、その端の方に並んだ小さな記事ふたつ。
片方はウィロウというか、私が学園を逃げだして以降、新聞に毎回掲載されているウィロウの目撃情報を求めるもの。
あの子の姿絵と容姿の特徴、背格好、失踪直前の服装についてと、あとはもしも見かけたらどこそこへ連絡してくださいとか、見つけた人には謝礼を払いますとか、そんなような内容が変わりなく載っているだけだ。
……でも、その隣に載っている記事は、私の記憶にある限り今回初めて掲載されたものだと思う。
風君が特別気にかけるだけの理由がある、何か変わった内容でもあるのかな? と深く考えずに記事をさらうなか、尋ね人の情報の隣に並んだ見出しを見て反射的に目を見開いたくらいだし。
うん、やっぱり初耳の情報で間違いないはずだ。
ぎゅっと鷲掴みされたような感覚のあと、心臓がドクドクと早鐘を打ち始めたのが否応にもわかる。
まるで恋する乙女のような反応だけど、その実情はもっと残酷で、それでいてどろどろとした汚らしい感情に違いない。
だってそうでしょ? 恐らくはウィロウの次に長い時間見守るしかなかった、よく言えば感受性豊かで繊細な、悪く言えば自意識過剰なまでに周囲の目が気になって気になって仕方がない可哀想な男の子の破滅を願って、期待して、確信して。それでどうしようもなく胸を高鳴らせるなんていったいどんな悪党だよ! 酷い女すぎるだろ! と思わず笑っちゃうくらいなんだからさ。
……もっとも、笑顔は笑顔でも自虐のの方の笑顔なんだけど。
(えーと、なになに……?)
はやる鼓動とたかぶる感情を落ち着かせるために、まずは深呼吸をひとつ。
そうして意を決した私は、ざっと記事に目を通して頭の中で概要をまとめ、咀嚼のち嚥下、逡巡して、記事の全容とこの裏側で起きているであろう事態を正確に把握・理解して――そのひとつひとつの段階を踏むにつれ、口角が意地汚く釣り上がっていった。
「ふ、ふふ、! ふふふふふ、っ、――あはっ!」
こらえきれずに口をついた笑いが、一人きりの部屋に大きく響く。
ああ、風君の忠告をきちんと聞いておいて本当に良かった!
風君がこうも的確に私の反応を予想した……かどうかまではわからないけど、少なくともこの記事を読んだ私がなんらかの反応を禁じ得ない、ということには気付いていたはず。
だからこそああして、私に訝しまれることを承知の上で妙な発言をしたんだ。
「あーあ、おっかし! まさか本当に予想した通りになるなんて、私の勘も捨てたもんじゃないなぁ!」
マ、私がウィロウの次に見守ってきた、もとい観察するしかなかった相手わけだからさもありなんと言うべきか。
それでもここまで正確に当てられちゃうなんて、やっぱり私の勘の良さもあるんじゃない?
これならきっとアレクシス殿下も、上手に事を進めていてくれてるんじゃないかなぁ……?
遥かなる王都に思いを馳せてうっそり笑いながら、記事に添えられた姿絵――イルゼちゃんに寄り添われる王太子の姿絵をなぞるように、私はゆっくりと指を滑らせた。
一週間毎日投稿にお付き合いいただきありがとうございました!
次のお話からは更新頻度が下がりますけれども(週1〜)、引き続きよろしくお願いします!




