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魅了の魔法が解けたので。  作者: 遠野
嘲弄編

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03 坂道転がる赤い靴(3)

「おはよう、ヴィル」

「おはよう風君」



 さて、そんなこんなで休暇五日目。

 ようやくちゃんと朝と言える時間に目を覚まし、身支度を整えてギルドの一階に降りると、こちらに気付いた風君がぱたぱたと歩み寄ってきた。

 その表情は三週間前に比べてはるかに柔らかく、なんなら犬耳や機嫌よさげに揺れる尻尾すら幻視してしまうくらい雰囲気がほんわかしている。

 一緒に遠征しただけなのに、ずいぶん印象が変わった――というか、かなり懐かれた? ものだなぁとしみじみ感じながら朝の挨拶を返せば、今度はないはずの尻尾をぶんぶん振っているのが見えた気がした。

 ……うーん、こんな風に幻覚が見えるあたり、どうやらまだまだ遠征の疲れが残ってるのかもしれない。

 このままもう一週間くらい休暇取るべきなのでは???


 ――冗談はここらでやめにしておくと、遠征で三週間行動を共にしたからか、はたまた私が風君の女避けとしての実績を作ったからか、彼はすっかり私に気を許してくれたようだった。

 遠征前はちっとも私に寄りつかなかったにもかかわらず、こうして朝一番、わざわざおはようの挨拶をするためだけに近寄って来てくれるあたり変化が顕著すぎてちょっと笑う。

 まあ、マジレスするなら遠征中の名残というか、人見知りが強い風君は初対面の人だらけの遠征先でほぼほぼ私にべったり……コホン、雛鳥よろしく後からついてくることが多かったので、その習慣が残っているんじゃないかなと。

 いつかのどこかで聞いた話だけど、人間、一度身に着いた習慣をやめるためには習慣づけにかかった時間の二倍はかかるらしいしね。

 風君のこれもそういうことなんだよ、たぶんおそらくきっと!



「ヴィルはこれから朝食か?」

「そうそう。風君も?」

「ああ」

「じゃあ一緒に食べる?」



 会話の流れが半分、遠征中の習慣がもう半分で同席を誘うと、風君は迷うことなく頷いた。

 一も二もなく頷くスピードの速さよ、とまたしても失笑しそうになるところだけれど、それを受け入れる私も私なのでここはぐっと我慢しておこう。


 ……というかぶっちゃけ、今は風君との同席に対するあれこれよりも朝ごはんのことで頭がいっぱいなんだよね、私!

 ここ数日はもっぱら食い気よりも眠気って感じで、あまりもののスープとかパン粥とかを食べるのがやっとって感じだったんだけど……疲労から回復した今、すごく腹ペコな気分でさ。

 今朝は何を食べようかなって、頭の中は本当にそればっかりが占めている。


 だから、その、うん。

 フランクに会話する私たちを見て、同じギルドの人たちが目をまんまるに見開いていることなんて、全然、まったく、ちっとも気付いていないのだった、まる!











「お待たせー。ごめんね、時間かかっちゃって」

「いや、これくらい別に構わないが……ヴィル、お前、朝からそんなに食べるヤツだったか? 俺の記憶だともう少し、いやだいぶ量が少なかった気がするぞ?」

「だいぶって言うほどの量でもなくない? ……今朝はちょっと特別かな。このところ寝てばっかりでちゃんとごはん食べてなくてさ、その反動が来てるんじゃないかとは思うんだけど。普段はほら、あっちで一緒に食べてた時と同じくらいだから! いただきまーす」

「いただきます。……確かに、何度か見かけた時はかなり眠そうだったな。というかむしろ食べながら半分寝てなかったか? 俺の見間違いでなければ、スープに顔を突っ込みかけて慌てたナタリーに起こされていただろう?」

「えっうそ見てたの? 見られてた? うわやだはっずかし!!」



 空腹具合と相談して普段の1.5倍――ごめん嘘ですちょっと盛った。

 だいたい1.25倍くらいの量で注文し、できたてほやほやの湯気が立つ朝食プレートを受け取って、一足先に注文を終えて着席していた風君に合流する。

 そのあとはいつも通り、おしゃべりをしながら流れるようにいただきますを済ませて食事を始めた……までは、良かったんだけどね。

 私が眠気に負けている間の醜態をばっちり風君に押さえられていることが判明して朝から羞恥心がえぐい件について……!


 予想外の指摘にびっくりしたのもそうだけど、顔から火が出そうなくらい恥ずかしいやらなんやら、とにかく動揺しまくって茹でた人参がフォークの先からぽろっとお皿の上に落ちてしまった。

 だけどそれをすぐに拾って口に運ぼう、と思えなかったのは、とにかく、あの、ほんと『恥ずかしい』以外の言葉が出てこないくらい恥ずかしすぎて顔が熱いからですね!


 さっき『顔から火が出そうなくらい』って言ったのは冗談でもなんでもなく、こう、ぼぼぼぼぼわーっと顔中が発熱しているからなんですよいや本当に。

 この貧相な語彙力からもいかに私が動揺しているかがよくわかるでしょうふふふ……穴があったら入りたいとはまさにこのこと……。



「く、くそぉ……風君にはダサいところばっかり見られている気がする……!」

「? そうか?」

「そうだよ!」



 うっかりお茶の温度調整に失敗して舌を火傷した時といい、今回といい、本当にタイミング悪すぎない?

 私がポンコツすぎるだけだって言われたらそこまでの話ではあるけどさぁ……!



「ヴィルはいつも頼もしいと思う」

「……慰めならいらないデス」

「あっちで俺が人に囲まれて困っていた時に間に入って助けてくれたのは格好良かったし、コボルト討伐の時の陽動はしっかり注意を惹きつけてくれたおかげでとても急所を狙いやすかった。それに、あっちのギルドのやつらにコボルト討伐のコツを教える時も矢面に立って話をしてくれたし、俺が感覚的にしか話せない部分をどうにか通訳してくれただろう? あれも助かった」

「ヴァッ」



 待て待て待て、待って。待って?

 確かに羞恥心からうぐぐっとなって風君の慰めにすげない返答をしてしまったとは思うけど、だからっていくらなんでもこの仕打ちはなくない??

 ただでさえ動揺さめやらぬ今は心の防壁的なもの(?)が全然役に立たないレベルで脆くなっているのにそこへ私なんかが褒め殺しされたらどうなると思う???

 |奇声を上げて固まるしかなくなる《当然こうなる》。


 ……あーもう、心臓に悪いな。

 ウィロウのことを最優先に考えつつも基本的には自分本位な私なので、自分が褒められた人間性をしていると思っていない。

 だからこそ、リップサービスのおべっかだとしても面と向かって馬鹿正直に褒め言葉を投げつけられれば、照れたりいたたまれない気持ちになったりせずにはいられないわけでして。

 ……いや、人見知りの気が強くてなおかつやや口下手気味の風君にそんな器用な真似ができるとは思わないけどさ(我ながら酷いことを言っている自覚はあるが、私が接した風君は少なくともそういう人間だと思っている)。

 そう考えないとやってられないっていうか、ね?



「ヴィル?」

「あのね風君、突然の褒め殺しはとてもよくないと思うんだよね私」

「え」

「なんでも素直に話せばいいってもんじゃないことは君も知っているはずでしょ?」

「えっ」

「というわけで、これから私も君に同じことをするから真正面から褒め殺しされる気まずさを味わうがいいよ……!」

「えっ……」



 ぎょっと目を見開いて固まる風君なんて知りません。

 じゃれあう私たちを見てヒソヒソ話をする外野なんて、もっと知りません……!

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