25 アナザー・プレリュード(5)
オフの時間も、俺たちは基本的に二人一組で動いていた。
そうしないとやたら絡まれる、というのは現地に到着した日の出来事で嫌というほど思い知らされたので、『抑止力としてなるべくお互いに傍にいた方が安全』と早々に意見を一致させたからだ。
――とはいえ、それでも絡んでくる輩は絡んでくるので、俺が困った時にはヴィルがスマートに助け舟を出してくれた。
なんなら女同士のネットワークなるものを使って『噂』を広め、下手に手出しされないよう先手を打つ……という鮮やかな手腕を見せたほど。
その手腕には素直に感心したし、俺もこんな風にヴィルに助け舟を出せばいいのだな、とこっそり見習うつもりでいた。
……まあ、結論から言えばよその男冒険者や現地の男たちに声をかけられたヴィルが困っていても、俺には彼女のように颯爽と手を引いて連れ出すことはできなかったのだが。
それでも、少し離れた場所から名前を呼べばヴィルが抜け出す隙くらいは作ることができたので、どうにかかろうじて壁役はこなせていると信じたいところ。
以前までの俺ならそんな風に思い悩むことすらなかっただろうに、ずいぶんな心境の変化だとは自分でも思う。
だが、それほどまでにヴィルが俺を救出する姿は自信たっぷりで、本当にかっこよかったのだ。
「いや、うん……。ハッタリを使う時は変に自信のない素振りを見せるより、堂々としていた方が案外バレないからそうしてるだけで、ぶっちゃけ私も結構ヒヤヒヤしてるよ?」
「でもまあ、風君にそう見えてるんならきっとほかの人にもそう見えてるんだろうし、ハッタリもちゃんと効いてそうで安心したかな。……アリガト」
周囲の目を誤魔化すためにも、親しさの演出として敬称を変えさせて欲しい――そう言ってきたヴィルに構わないと頷きながら俺の素直な感想を述べると、彼女は少し気恥ずかしそうにうろ、と視線を彷徨わせてからはにかんだ。
話を持ち掛けたからには積極的に頑張らなきゃねと笑っていたヴィルの誠実さは、押しつけがましくない優しさは、俺よりもずっと彼女を『大人』だと感じさせたが……初めて垣間見たはにかむ表情が俺の中にあったその壁を崩し、代わりに『ヴィルは俺と同じ年頃の人間なのだ』という親近感を湧き上がらせた。
……母が死んでからの俺にとって、女というのは恐ろしい存在だった。
すべての女がそうではないと頭ではわかっていても、心がついて来ないと言えばいいのか。
男が特別俺に優しかったとか、そういうわけでもないのだが、男よりも女の方がことさら俺への当たりが強かったからこそ女という存在が恐ろしかったのだと思う。
けれど今回の遠征で強制的にヴィルと過ごす機会を与えられたことで、その感覚は以前にも増して薄まってきた気がする。
かなりの荒療治ではあったが、わかりやすく俺に心を砕いてくれる女の姿を間近で見たことが功を奏したのだろう。
受けてきた仕打ちは忘れられないが、それを理由に目の前にいる女を敬遠する気持ちは少しずつ目減りしてきているような、そんな感覚がして。
俺の心の奥底に溜まった澱がほろほろと崩れて溶けて、その体積を着実に減らしてきている。
――ヴィルは俺を傷つけてこない、という確かな安心があるから、心の余裕が生まれたのだと思う。
後日……コボルトをあらかた蹴散らしてギルドに戻った日、ヴィルの隣で普通に会話する俺を見て、ラッセルは驚いた顔をした。
けれどそれも一瞬のことで、お前らずいぶん仲良くなったじゃねーか! と俺たちの頭を髪をぐしゃぐしゃにする勢いで乱暴に撫でたものだから、怒ったヴィルが力いっぱいラッセルの尻を蹴飛ばしていた。
まあ、魔法使いのヴィルの盾使いのラッセルでは力の強さも頑丈さもまるで違うので、ヴィルに蹴飛ばされたところでラッセルにはなんのダメージもないのだが。
ヴィルを同士と呼んではばからないラッセルは、彼女をどうやら尊敬しているようなので、大仰なリアクションをすることでヴィルに留飲を下げてもらうことにしたようだ。
……なお、疲れて戻ってきたところでラッセルにウザ絡みをされたヴィルが、ラッセルの相手を面倒臭がって早々に切り上げただけ、という可能性も無きにしも非ずではある。
「なぁ、風」
「なんだ?」
「……お前、前にヴィルと領主様の娘が似てるって言ってたよな」
「だが、それは俺の勘違いだった、という話で終わったはずだろ」
「おう。……まあ、そうなんだけどよ」
「?」
「王太子殿下がな、今、ご自分で婚約者を探しているんだと」
「……それがどうかしたのか?」
「風が勘違いしたくらいだ、王太子殿下も同じ勘違いをしないとも限らない。……まして、今の殿下は婚約者が失踪して憔悴しきってるってもっぱらの噂だからな。勘違いしちまう可能性は大いにあるんじゃねぇかと思う」
「――なるほど」
「せっかく仲良くなれたんだろ? ……お前も気を付けてやれよ」
「わかってる」
ヴィルと別れたあと、こそりと話しかけてきたラッセルの言葉に食い気味に頷けば、意外そうな顔でまじまじと見られた。
その視線の意味がわからず首を傾げるも、ラッセルはふ、と笑うだけで何も言わない。俺の肩をポンと叩いて早く休めよ、とそのまま背中を押し、自分は食堂の方へと歩いて行く。
……仕事終わりのかけつけ一杯でもするつもりなのだろうか。
(王太子が婚約者を探してる、……か)
ラッセルがもたらした、当然とも言える情報。
俺には不穏なものしか感じられなくて、胸にもやりと黒い靄がかかったような、そんな気がした。
次回、皆さんお待ちかね(?)の『例のあの人』視点が一話入って遠征編は終了になります。
最後までお付き合いのほどよろしくお願いします!




