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魅了の魔法が解けたので。  作者: 遠野
遠征編

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23 アナザー・プレリュード(3)


 確か……ヴィルは『そこそこ裕福な家の出身で、問題のある婚約者から逃げ出してきた』と言っていたはずだ。

 あの話を聞いたあと、『めったに現われない新人(しかも可哀想な目に遭った女の子)を守ってやらなきゃならねぇ!!』と騒いだギルドの男たちが夜通しああでもないこうでもないと話し合っていたので俺もおぼえているというか、年が近いんだから特に気を付けろと散々言い含められたので、嫌でも覚えざるを得なかったからすぐに思い出すことができた。



(ふむ……?)



 あの時、俺も食堂の端の方で話を聞いていたが、ヴィルはうとうとしながらもつらつらとよどみなくナタリーに話していたように思う。

 なんの違和感も持たせないくらい自然な語り口は、嘘をついているとか誤魔化しているとか、そういった印象を抱かせることもなかった。


 ……ということは、ここから推測される可能性はふたつ。

 ヴィルがよほど嘘をつくのが上手いか、ヴィルの語った話は全部が全部嘘というわけではない場合のどちらかということになる。



(……とすると後者、か?)



 後者が正解であれば、ヴィルが素性を偽って身を隠しているのも納得できる。

 お忍びで別人のふりをするのなら、わざわざ監視の目を掻い潜って失踪する、などと事件性のある手段を取る必要もないはずだ。


 ――なら、ヴィルの身の上話に出てきた『問題のある婚約者』に相当する人物からどうしても逃げたかった、という話が真実なのではないだろうか。


 ヴィルがまったくの事実を語っているとは思えないので、あの話のどこかしらに嘘は混ざっているはず。

 だとすれば『問題のある婚約者』と言いつつ、実際に問題があったのは王太子ではない可能性もあって、……。

 

 ……、……。



(……否、本当に王太子に問題があったから逃げたのでは?)



 ふと思い浮かんだ可能性を打ち消すことができなかったのは、ひとえに俺が完全無欠・完璧無比の王太子という人間をうさん臭く感じていたからだろう。


 眉目秀麗、才色兼備。非の打ちどころなんてない、誰にとっても優しくお綺麗な期待を背負った王太子サマ。

 初めて話を聞いた時はそんな絵に描いたように完璧な人間がいてたまるか、と捻くれた陰気な俺は考えたし……そういう俺だからこそ思いついた可能性ではあるのだろう、と思う。


 考えれば考えるほど俺は確信を深め、憶測を否定するための材料がなくなっていく。

 だが、もしかしたら、俺は『ヴィルとウィロウが同一人物である』という思い込みと先入観によって、否定材料を無意識のうちに弾いてしまっている可能性もあるわけで、まだまだ断定するには早い……はずだ。



(……そうだと信じたい、な)



 けれどそうして『冷静になれ』と俺に語りかけてくるのは、憶測が外れていればいい、むしろ外れていてくれと願う自分なこともわかっているから、……それこそ冷静に考えれば、ほとんど確信しているようなもの。


 しかもそこまできて、うっかりとんでもないスキャンダルを握ってしまったことをようやく自覚したものだから、一人でこっそり頭を抱える羽目になったのは言うまでもないだろう。

 こうして気付かない方がいいことをどんどん深追いして突き詰めてしまうあたり、自分の世間慣れしていない部分や世渡りの下手さがよくわかる。


 気になるから、知りたいからと、なんでもかんでも深追いしてはいけない――ヴィルの件でそんな教訓を得た俺は、これ以上の面倒ごとに巻き込まれないように気付いた事実を胸に秘め、『俺が気付いている』ということすら知られないように口を閉ざすことにした。


 俺がまだ実家にいた頃、一番上の義姉が言っていた『言質さえとらせなければどうとでもなる』という言葉を活かすなら、きっと今回の件ほどうってつけなものはないと思ったので。

 俺自身の身はもとより、仲間ヴィルの身の安全にもかかわる以上、軽率な行動は慎まなければ。











 ――そう思っていたのだが、成り行き上(?)、俺の決意は自分から踏み倒すことになった。


 それもこれも、俺自身、義姉たちのことがあって女と話すのは苦手だし、ヴィルも俺の一挙手一投足を警戒するように気を遣ってくるので必要最低限しか口を開かないでいたところ、これじゃクエストに支障が出る! と危機感をおぼえたらしい彼女とギルドを出発して二日目の夜に腹を割って話す事態が発生し。

 いざ話してみたところ、なんというか、ヴィルは存外俺のことをよく見ていたんだな、とびっくりするくらい俺の『女嫌い』という建前の実情をよくわかっていたし……彼女は思いのほか俺に心を砕いてくれているらしい、ということが文脈から読み取れたからだ。


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