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魅了の魔法が解けたので。  作者: 遠野
遠征編

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20 ある雛鳥の話をしよう(5)


 ……私というかウィロウの身の上も結構アレだけども、風さんの身の上もまた中々にしんどくて、いかんせんちょっと頭を抱えたい気持ちになった。


 いやホント、嘘偽りなくリップサービスでもなく、マジで心底同情しちゃうレベルだなこれは。

 控えめに言っても地獄という、昼ドラも真っ青の展開に『事実は小説より奇なりとはよく言ったもんだなぁ……』なんて現実逃避したい気持ちに駆られたが、誰よりも現実逃避したいのは間違いなく風さんなのでここは年長者としてぐっと我慢の場面である。

 肉体的にはウィロウより風さんの方が年上だけど、精神的に見れば私の方が年上なので間違いではない。



「……なんというか、大変でしたね」

「わかるか?」

「わかりますとも。お茶のお代わり、要ります?」

「もらう」

「はーい」



 月並みな言葉しか返せないのは申し訳ないが、それ以外の言葉を返しても薄っぺらにしかならない気がして、だったらまだこちらの方がマシかなと考えた所存である。

 代わりに労いのお茶を淹れるので、気の利いた返しができない点については勘弁してもらいたいところ。



「でも、お前に比べれば俺のことなんて大したことはないだろう?」

「んー? ……いやぁ、そうでもないと思うけど」



 そりゃあ確かに、魅了の魔法によって長い年月を縛られたウィロウの身の上は酷いものがある、と思う。

 でも、あの子は魔法が解けるまでその自覚がなかったぶん、意思を曲げられていることが無自覚なストレスになっていても『大変だった』とは感じていないわけで。


 それに私だって、ウィロウのために王太子から逃げて市井に降りたものの、なんだかんだ好き勝手しているから『大変だ』とは思わない。

 苦労を苦労と感じていない、という点では私もウィロウも共通しており、風さんよりも自分たちの方が大変だった……という感覚はあまりないのである。


 まあ、そういった事情を知らない風さんからしてみれば、何故か世間から身を隠しているお嬢様ウィロウの方が大変だと思うのも当然なのだろうが――



「……というか正直、人の苦労って比較のしようがなくない?」

「そうか?」

「そうだよ。だって、自分の身に降りかかった出来事の辛さとか、しんどさとか、結局のところ本人にしかわからないじゃん?」



 辛かったと思うのも、悲しかったと思うのも、全部自分自身なのだ。

 私はちょっと特殊だから、ウィロウの感情を共有することもたびたびあったけど、それでもあの子が感じていたことのすべてを理解できているとは思わない。

 だからそう、ウィロウの感情さえ理解しきれない私が風さんの辛い、悲しい、しんどいって気持ちを本当の意味で理解することができない以上は、『私の方が大変だった』とか『風さんの方がマシ』とか、軽々しく口になんてできないのである。


 辛かったことは辛かった。

 悲しかったことは悲しかった。


 それでいい、と私は思う。


 ほかの人からすれば『そんなことで?』と思うようなことが、当人にとっては『そんなこと』じゃなかった――なんてことはざらにあるのだから。

 ……ううむ、そういう風に考えているからこそ、月並みな反応以外の言葉はどうにも薄っぺらく感じてしまうのかもしれない。



「……そうか」

「そうだよ。というわけで、『お疲れさまでした』の一杯をどーぞ」

「ん」



 ウィロウ関係のことは伏せつつ、概ねそのようなことを伝えれば、風さんは食い下がることなく黙り込んだ。

 ならばこの話はおしまいってことで……と労いの言葉と共に淹れたてほやほやのお茶を渡したら、風さんは何故かうろうろと落ち着きなく視線を彷徨わせているので、そんなに私は変なことを言っただろうかと首を傾げてしまう。


 ――けれどもその後、風さんはすぐに落ち着きを見せ、風さんが苦手に感じていることをひとつひとつ教えてくれた。

 女の人から高圧的な態度を取られることや手を振り上げる動作、必要以上に物理的な距離を狭められること、あとは……身体に触れられることもどうにも苦手だ、と言っていたかな。


 おそらく、否、確実に最初の二つに関しては本妻さんと娘さん、後者の二つは風さんの父親の愛妾が原因だろうと思う。

 ……なんというか、風さんってある種の女難の相があるのかもしれないなと、ちょっと遅れてそんなことを考えた。


 一通り風さんの話を聞いたあと、『やらないように気を付けるし、どうしても必要に迫られた時は事前にきちんと声をかけるようにする』と約束すれば、風さんはすまないとひとつ頭を下げて。



「でも、たぶん、ヴィルたちは大丈夫だ」

「……私『たち』?」

「ノラとか、パトリシアとか、ナタリーとか……ギルドのヤツらは、あまり嫌な感じがしない」

「そうなの?」

「反射的に警戒してしまうこともあるが、職員たちは事務的な態度を一貫してくれるから平気だし……ヴィルやノラは、その、あまり誤解しないでほしいんだが、良い意味で女を感じさせないというか……」

「風さんの『苦手』の琴線には触れてないってことでしょ? なら、良いことじゃん」



 申し訳なさそうに、言いにくそうに風さんはしているけど、要はアレだ。

 私もノラさんも、風さんの腹違いの姉妹たちや本妻さんとは違う系統であり、男女の仲を無理に迫ってくるタイプでもないと思われてるってことでしょ?

 それはたぶん、風さんなりに私たちを『信用/信頼できる』と思っていてくれていることの裏返しだろうし、だったら目くじらを立てるようなことじゃないなーというのが私の意見。


 なので、それは良かったと笑って見せれば、風さんは目に見えて安心した様子。

 うんうん、ノラさんたちはもちろん、ヴィルも(ウィロウへの実害を与えられない限り)そんなに悪い子じゃないので安心して信用して欲しい。



「――あ、そうだ」

「?」

「今、風さんが苦手だなーと思うことに関しては一通り教えてもらったんだろうけど……もし今後、新しく『これも駄目だ』って判明したことがあればまた教えてね」



 あと、女関係で困ったらそれもいつでも相談して。女避けにすっ飛んでくから。


 へらりと笑って付け加えた言葉を、風さんはぱちぱちと瞬きしながら黙って聞いていて。

 それからたっぷり数秒かけて言葉の意味を咀嚼し、飲み下したかと思えば――



「ありがとう」



 照れくさそうに少し身じろぎして、小さな声で一言、呟いたのだった。


次回からは風視点です。

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