19 ある雛鳥の話をしよう(4)
そんなこんなで風さんの身の上話を聞くことになったので、その前にお茶のお代わりを準備させてもらった。
私も風さんもコップが空っぽだったし、私……というよりは風さんが緊張し、口の中が渇いて話しづらくなってしまうかもしれないな、と思ったので。
ぱぱぱっと手早く用意をして、なみなみお茶の注がれたコップを抱えて、話す方も聞く方も準備万端。
さぁどうぞ、と話を促せば、風さんはひとつ、ふたつと深呼吸を繰り返して。
「……まず、見てわかる通り、俺は東の国の出身だ」
「知ってる」
「黙って聞け」
「はーい」
なんだか風さんがものすごく暗い顔をしているので、そこまでして話す必要はないんだけどと何度目かの感想を抱く。
が、当の本人はやっぱり話すことを止める気はないようで、ぴしゃりと浴びせられた指示に今度こそお口チャックをキメることにした。
……風さんはウィロウの身の上話を聞くのは荷が重い、なんて言っていたが、それは正直私としても同じこと。
あんまり重い話は出てこないといいんだけどと、こういう時だけ都合よく神様に祈ったらやっぱり怒られるものなのだろうか?
この国は特に、神様の加護や寵愛といったものが昔から存在しているらしいので、少しばかり心配なところ。
……さて、そんな私の懸念など知る由もない風さんによるカミングアウトが始まったわけなのだが、案の定ヘビーというかやべぇ話がじゃんじゃん――というほどではないものの、まあまあ出て来たものだから内心震え上がってしまった。
私が予想していた展開をざっくりと言い表すなら『お家騒動からのスプラッター劇場開幕、満員御礼!』だけど、なんというか、それとはまた違った方向性の地獄っぷりに思わず「うわ……(ドン引き)」とかなり露骨な声を上げてしまったのも仕方ないことだったと弁明させてもらいたい。
だって風さんの実家マジでヤバい……(震え声)。
まず、と風さんが前置いた通り、彼はやっぱり東の国の出身だった。
それも実家はそこそこ良いおうちらしく、先祖代々宮廷に出入りする人材を輩出し続けている、というお役人の家だったそうで。
良いとこの生まれなのは納得だなぁとうんうん頷けば、わかっていたのか? と驚かれたので、市井の生まれの人にして所作が綺麗だからなんとなくと答えておいた。
だって実際その通りだし。
ただ――風さんは良いおうちの生まれなのは事実だが、嫡子ではなく庶子、つまりはお妾さんの子どもなんだそう。
風さんのお母様がとんでもない美人だったようで、その美貌に惚れ込んだ父親が無理やりお母さまを妾として召し上げたのだとか。
(……いやもうホント、どこの世界にもいるよなそういう相手の都合を考えないクソッタレ)
思わずイラっとしたが、二度も三度も風さんの話の腰を折るわけにもいかなかったので、そこは頑張って抑え込んでやり過ごした。
まあ、風さんは眉を片方ついっと持ち上げたので私の苛立ちには気付いていたのかもしれないけど、彼は気付かないふりを選んだのでグレーだけどセーフではあると思います。
私の所感はさておき、お妾さんと言えばやはり本妻とのキャットファイトが連想されるところだが、風さんの実家でも似たようなことはあったらしい。
といっても、風さんのお母様は大人しい性格の方だったようで、本妻とその娘たち、おまけに家の使用人たちからさえ母子ともども散々辛く当たられても、それを享受して泣き寝入りするしかなかったそう。
結局、日ごろのストレスが祟ったのか、風さんのお母様は彼がまだ小さい頃に流行り病で亡くなってしまったんだとか。
まあ、悲しいかな貴族社会ではよくあることだ。
お妾さんの家柄も良ければもうちょっと大切にしてもらえるだろうが、そうじゃないからお妾さんになっている、ってパターンが大概だし。
それで……ここまで話を聞くと、風さんが女の人が苦手になったのは本妻さんや娘さんたちから辛く当たられたからなのかなーと思うじゃん? 違うんだなこれが。
否、そこも原因の一部ではあるのだろうが、むしろここからが本番――風さんが女の人が苦手だと強く思うようになったきっかけとも言えるので、どうか最後まできちんとついてきてほしい。
死なばもろとも、死が分かつともズッ友だヨ!
……うげ、やっぱ柄でもないこと言うもんじゃないな。
(自分でふざけておいてなんだけど、寒々しくて鳥肌立ってきたわ……)
では本題。
ここまでフワッとしか登場しなかった風さんの父親だが、これがまたかなりの好色家で、なんと風さんのお母様が亡くなった数日後には新しい愛妾をとっかえひっかえ連れ込んできたという。
とっかえひっかえ、というのは厳密にはちょっと違うらしく、本妻さんや娘さんたちに苛烈にいびられて愛妾たちが次々逃げ出してしまうので、新しい娘を誑し込んで連れてくる……というのが実情だそう。
どちらにしてもドン引き案件に変わりはない。
しかもその上、風さんの父親は妻子(※ただし風さんは除く)がお気に入りの娘たちを追い出していることを知った途端、じゃあ簡単に追い出せないようにしたろ! ……と、何をトチ狂ったか『風さんの婚約者』という立場を愛妾に与えて屋敷に居座らせることにしたらしい。
それだけでも十分やべーのに、その愛妾は実の娘と同じくらいの年頃という2コンボ。
さらにさらに、庶子として家の中での権力が皆無の風さんがそれに逆らう術はなく、けれど腐っても父親の愛妾だからと距離を置いていたところ、愛妾の方が風さんにまで手を出そうとしてきたところで3コンボ目が決まり、もう嫌だ! と風さんが全部投げ出して実家から逃げ出した折、たまたま東の国に来ていた同士によって拾われ、現在に至る……と。
ざっと話せばこんなところだろうか。
……いや、うん。
軽い口調で茶々入れしながら話したけど、いくら他人事だからってそうでもしないと話せない内容だわこれ。
よくもまあ、私なんぞを相手に風さんも話す気になったものだと感心すればいいのか、そこまで信用ないし信頼されて嬉しいわと返すべきか。
適宜相槌は打っていたけど、風さんへの返答はもとより、どういう顔をすればいいかわからないです先生……。




