15 似た者同士の君と僕(5)
「はぁ……」
「ずいぶん深いため息ですね。どうかしました?」
「ノラたちにも使ってないんだから、俺も敬語じゃなくていいぞ」
「そうなの? じゃあ、お言葉に甘えて。……なんか悩みごとでもあるの?」
「……俺たちを敢えて組ませた、パトリシアたちの考えがわからないと思わないか? 俺もお前も、正直、相性は良くないと思うんだが」
はああ、と深い深いため息をつく風さんも、私に合わせて吹っ切ることにしたのか。
ここへきて初めての不満を漏らし、ずぞぞ、とお行儀悪く音を立てながらお茶をすする。
この二日間、風さんの食事の仕方はとても綺麗だったので、音を立ててお茶をすすっているのはきっとわざとだろう。
もしかしたら、突発的に共同クエストが決まった時から溜め込んでいた行き場のないもやもやを、愚痴と共にどうにか発散させようとしているのかもしれない。
……もっとも、これはあくまでも私の予想であって風さんの本心はわからない。
でも、仮にこの予想が大当たりだったなら、風さんに気持ちは私にもよーくわかる。
前世ではイライラしている時にペットボトルの飲み口や缶コーヒーの缶のふちをがじがじと噛むことがあった身としても、これくらいのマナー違反には目をつぶろう。
そもそもお互い、表向きは青い血とは無関係の身の上だ。
お堅いことは言いっこなし、ってね。
とはいえ――
「相性については、たぶん、そんなに悪くないんじゃないかなぁと思うけど」
「は?」
「マジで私たちの相性が悪ければ、さすがにパトリシアさんもギルドマスターも共同クエストなんて行かせないでしょ。ただでさえ今回は隣の領地まで行くんだし、ギルドの名前に泥を塗る可能性があったら私も風さんも絶対選ばれてないよ」
私も、なんで風さんと組まされたんだろ? とは思うし、どうせ組むならノラさんが良かった。
だけどノラさんは忙しい人だから都合がつかないのも仕方ないし、駄目なら駄目で、せめてよくおしゃべりしている同士とだったらまだ良かったのに、と思っている。
連携が必要なのにたいして親しくもない風さんと組むのはさすがにちょっとね、なんて。
そう考える気持ちは、もちろん私だって今でもある。
でも――最初に説明された通り、今回のクエストには一撃必殺が得意(らしい)な風さんが主力として向かった方が良いのは確かだし、その壁役、あるいはコボルトのヘイトを集めて風さんから注意を逸らす囮役が必要なのもまた事実。
そう考えれば、真っ先に名前が挙げられるのは盾使いの同士だけど……アイツもアイツで、ああ見えてうちのギルドの高ランク冒険者。
日によって多少波があるようだが、ここ最近はあっちこっちで引っ張りだこになっているようなので(野郎にモテても嬉しくないと同士は酒を飲んで管を巻いていた)、ギルドとしては代わりの人員を出す必要があった。
そこで急遽、私に白羽の矢が立った――というのが、今回の共同クエストに至る顛末なのだろう。
(ハッキリそう言葉にされたわけではないけど、概ね間違ってはいないはず……)
ギルド側としても、たぶん、ちょうどいい機会だと思ったのではなかろうか。
私はうちのギルドで唯一の魔法使い要員だし、ノラさんと一緒にオーク討伐にしょっちゅう行っていてもケロッとして帰ってくるし、私が魔法で一体どこまでできるのか? というのがギルド側は気になっているだろう。
その一環として、まずは持久力や耐久力から試してやろうという魂胆が今回のクエストではちらちらと垣間見えている……ような気がする。たぶん。おそらく。いやきっと。
それに――
「風さんは女の人が苦手で、私は男の人が苦手でしょ」
「そうだな」
「お互い、異性相手に嫌な思いをした経験があるからこそ、相手にとってちょうどいい距離間を持って話したり、協力したりできるんじゃないかってパトリシアさんたちは思ったんじゃない?」
「……なるほど?」
それは盲点だった、というみたいに、風さんは首を傾げながら頷いた。うーん器用。
「あと」
「『あと』?」
「……『うちのギルドで働くんなら二人ともさっさと妥協点を見つけなさい』っていう、経営陣からの言外の圧を私は今さらながらに感じてる」
「ああ……」
ある意味では対極の位置にいる私たちだけど、少し見方を変えて『異性が苦手』という括りにしてしまえば、私たちは同じ穴の貉になる。
だからこそ、お互いにこの共同クエストで良い距離感を探しつつ、どうにか妥協点を見つけて異性ともそれなりの関係を築けるようになっておきなさいよ……みたいな。
そんな意図がもしかしたら隠されていたのかもと、風さんと話しながらふと思い至ったので口に出してみた。
すると風さんはそっと視線を逸らし、なんとも心当たりがありそうな返事をしたので、このクエスト以前に誰かしらから指摘を受けていたのかもしれない。
ということはやっぱり、コボルト討伐以外のミッションが私たちにはあると考えるのが妥当なわけで……もうちょっとお互いに踏み込んだ話までしたほうがいいのかなぁと、だいぶぬるくなったお茶をすすりながら私は考えるのだった。




