04 ワンス・アポン・ア・タイム(4)
私がギルドに加わってから、およそ一ヵ月半ほど。
それはつまり、私が風さんと知り合った日からも一ヵ月半ほど経っている、ということなのだが――いかんせん風さんに関しては『よくわからない人』という微妙な印象しか、私の中では残っていなかった。
……というのも、それだけ私と風さんの関係は希薄なもので、挨拶以外の雑談を交わしたことがないから。
なんなら、私がギルドに初めて足を踏み入れたあの日が一番たくさん喋っていたんじゃないか? と思うほど、言葉を交わす機会もなければ、お互いに会話する気もなかったのである。
いやまあ、風さんに関しては憶測だけど、たぶん間違っていないはず。
風さんはこちらの国では珍しい黒髪黒目に、東の国特有の掘りの浅い顔立ちが、なんともオリエンタルな雰囲気を感じさせる人だった。
一言で表すなら『切れ長の目が涼やかな美男子』といった容貌をしているので、きっと世の中の女の子たちは放っておかないんじゃないかなぁと、なんとも他人事のような感想を抱く。
……なにぶんウィロウの周りには美男美女が集まってくるため、あの子の中にいた私も必然、ちょっとやそっとの相手じゃ動じないメンタルを手に入れざるを得なかったもので……ハハハ。
もっとも――当の風さんの心境を想像するなら、『下手にモテても困る』の一言に尽きるのではないかと思う。
なんでも風さんは女性が嫌いらしく、実際、ギルドで見かけることがあっても大抵一人で静かに過ごしているか、先輩冒険者の男性陣に絡まれているか、構われているかのいずれかだ。
彼が女性と話しているのはクエスト受注の時とか、カウンターで何かしらの事務手続きを取らなければいけない時ぐらいのものだったと思う。
しかもそれすら、あんまり口数は多くないみたいだし。
それを踏まえて考えると、やはり、風さんは私と会話する気がないんだろうなという結論に至る。
同時に、私がギルドに来た日に風さんから声をかけられたのも、風さんが私と会話してくれたのも、本当にレアなことだったんだな……とも。
いったいどういう風の吹き回しだったのか心底疑問に感じるが、単純に私の髪が短かったのと、外套で体型が隠れていたせいで男と勘違いして話しかけてきただけ……というのが案外正解なのかもしれない。
この国でも東の国でも、女性は髪を長く伸ばすのが常識、みたいなところがあるし、あながちこの予想は間違いでもない気がする。
ほかに私が風さんについて知っていることと言えば、彼はファンタジー職業で言うところの暗殺者に近い戦闘スタイルをしているらしい、ということ。
これはノラさん推しの同士が教えてくれた情報なのだが、風さんは魔物討伐クエストを受注すると、一撃必殺と言っても過言ではないほど鮮やかな手腕で魔物を狩っていくそうで。
身軽さも相まって、ひらりひらりと敵の攻撃を回避しながら接近し、最小限の動きで魔物を仕留める姿は本当に圧巻なんだとか。
とはいえ、風さんが本物の暗殺者かと言われると、『それにしてはぶきっちょすぎるからナイナイ』というのが同士の見解。
なんでも風さんは同士が拾ってきたらしく、彼がギルドに加入するまでも加入してからも同士が世話を焼いているという。
そんな同士が間近で見ている限り、風さんはいかんせん周囲に馴染みきれるほどのコミュニケーション能力を持っていないので、本物の暗殺者にはほど遠いんじゃないかと言っていた。
確かに、暗殺者が目立っちゃわけないよな、と私も思うので、同士の勘は正しい気がする。
……私と一緒にノラさんのことを熱く語り合う時の同士の姿を思い返すと、本当に同士に人の面倒なんて見られるのか? とちょっと心配になるのだが、そのあたりはやはり亀の甲より年の功なんだろう。
後日こっそり観察してみたところ、風さんは同士のことを信頼しているようだし、同士も思ったよりずっと真面目に風さんの面倒を見ていたので、思わず同士のことを見直してしまった。
ガチ恋してる推しときゃっきゃうふふ(死語)する後輩に嫉妬して絡んできた大人げねーアラサーの先輩とは思えない兄貴っぷりですね! と観察した日のさらに後日、同士本人に直接言ったところ、意味のある言語にならないめちゃくちゃな抗議を上げられたのもいい思い出である。
……ただし、あの時の同士が面白過ぎて爆笑してしたところ、『このひとでなし!! 魔女かお前は!!』とバチバチにキレられたのは誠に遺憾です。
まあ、ガチ恋同士のための善意のアドバイスをやめてもいいんだぞとキレ返したところ、すぐに大人しくなったのでいいんだけど。
……。
……、……。
……おかしいな。風さんについてあれこれ考えていたはずなのに、どうして私は同士の話を始めているんだろう?
(……同士のキャラが濃すぎるから、か……?)
目をかけている弟分のことが心配な気持ちも、まあ、私にはウィロウの存在があるからわからなくはないのだが。悪いけど同士はちょっとあっち行ってて。本題が進まなくなる。




