22 晩酌は背徳の味とともに(3)
「ヴィル、何を作るんだい?」
「ん? うん、鶏の唐揚げをね、作ろうかなって」
「からあげ」
「そう。大人も子供もみんな大好きな唐揚げ。……聞いたことない?」
「ああ、初めて聞いた」
「……そっか。ま、これなら失敗はしないだろうし、のんびり待ってて」
「はーい」
と、いうわけで、私がこれから作るのは懐かしの唐揚げである。
肉を切って漬けて揚げるだけのお手軽な簡単レシピで、何よりも美味しい。
普通に作っても十分、酒の肴にはなるけれど、今回は衣に胡椒を混ぜる予定なので、さらにお酒が進む……と思う。
なにぶん前世の私は月に一度、お酒を飲めば良い方というくらい飲酒しない人間だったので、その辺の評価は酒飲みだった家族や友人によるのだ。
しかし、一緒に宅飲みするとなると、ほとんど毎回リクエストされていたものだから、きっと酒の肴にもってこいなんだろう。
そんなわけで、今日は胡椒を効かせた唐揚げを作る。
……夜更けという時間帯については、あまり気にしてはいけない。
「ボウル、おろし器、鍋、包丁、まな板……と」
もしおろし器がなかったら、自力で頑張ってにんにくとしょうがを細かく細かく刻むしかなかったところなので、無事に発見できて心底ほっとしている。
……さて、それじゃあ始めるか。
まずは筋を切りながら鶏もも肉を広げ、気持ち大きめにぶつ切りにしていく。
一口大だと食べやすいけど、食べ応えという点では物足りないので、イメージ的には二口大くらいだ。
ぶつ切りにした肉はボウルに入れて、そこへにんにくとしょうがをおろして入れる。
私の好みはにんにくがしょうがより少し多めの比率だから、今回もその通りに。
それができたら醤油と砂糖、塩、水を入れてしっかりもみ込み、しばらく放置して漬け置きする。
……正式な名前は忘れてしまったが、砂糖と塩と水を混ぜたものに肉を漬け込むと柔らかくなるので、せっかくだからと唐揚げにも応用しているかたちだ。
鶏ハムとかサラダチキンを自作する時によくやるアレだね、うん。
肉を漬けている間に、包丁やまな板などを洗っておく。
ただ、それだけだと漬け置きの時間が短いと思うので、鍋と油の準備だとか、衣の準備の方も済ませておくことにした。
鍋に油を入れて火にかけ、油の温度を上げておく。
その裏で、食料庫で無事に片栗粉が見つかったから、粗挽きの胡椒と一緒にバットに広げてまんべんなく混ざるまで合わせた。
粗挽きと粉末状の胡椒を両方使うのも良いけれど、今回は粗挽きしか見つからなかったので、それはまたの機会にということで。
……本当であれば肉は三十分以上、じっくり漬け置きしたいところなのだが、そろそろノラさんの空腹が限界を迎えそうなので、今回は少し早めだが切り上げることにした。
漬け置きしているボウルに小麦粉を入れてもみ込むように馴染ませ、バットの衣をしっかりつけたら油へ投入。
跳ねる油にあちち、と騒ぎながら、こんがりときつね色になるまでしっかり揚げて──
「めちゃくちゃいい匂いがする……」
「もうじき出来上がるから、あと少しだけ待っててね」
「ん。……じゃあ、アタシが洗い物しとくよ。そしたら早く食べられるだろ?」
「本当? ありがとう、すごく助かる!」
お皿に山盛りの唐揚げを仕上げる傍らで、ノラさんは片付けを手伝ってくれた。
……揚げ始めたくらいからすごくそわそわしていたし、何かしていないと落ち着かなくなっているのかもしれない。
確かに、醤油とにんにくのいい匂いで空腹を刺激されるし、その気持ちはすごくよくわかる。
私も早く終わらせて唐揚げ食べたい。
洗い物やお皿の準備をしてくれるノラさんが、あまりにも鍋をじっと見つめるものだから、味見にひとつ食べる? と訊いたところ、あとちょっとだから我慢する……と首を振った。
すごいなノラさん、私、前世で一人暮らししてた時はちょいちょい料理の途中でつまみ食いしていたのだけど。
爛々と目を光らせながらも我慢を選ぶノラさんに感心しつつ、残りの分をしっかり手を抜かずに揚げる。
唐揚げの余計な油を切る間に油鍋を片付け、唐揚げと食器類を持ってノラさんの部屋へ。
……移動中に感じた、ドアの隙間から私たちを窺うような視線はひとつ残らず総無視した。
まったく、じろじろと不躾にノラさんを見て、一体なんだって言うんだ……?
無事に移動を終えて食事の準備を済ませたら、私はいったん自分の部屋に戻り、椅子を携えて改めて部屋にお邪魔した。
テーブルの上にはノラさん秘蔵のお酒が準備されており、私の分までコップに注いで、今か今かと待ってくれている。
……そういえば、私が表に出てきてから、お酒を飲むのはこれが初めてかも?
こちらの世界で飲酒は十八から解禁されるため、ウィロウは夜会やイグレシアス家のタウンハウスで嗜むこともあったのだが、すっかり忘れていた。
ウィロウの身体はアルコールに強いことだし、ありがたくこちらの世界のお酒を堪能させてもらうことにしよう。
「ごめんね、お待たせ」
「別にいいさ、これくらい。……じゃ、乾杯!」
「かんぱーい!」
カチン、とガラスのぶつかる澄んだ音が響いた。




