17 ちぐはぐアバンチュール(3)
腹ごなしに軽く散歩をすれば、お天道様はてっぺんから少し傾いて、心地よい昼下がり。
午後は特に予定を入れていなかったので、手持ち無沙汰に町を散策……しようかと考えていたのだが、ノラさんから少し時間をもらえないかとのお誘いが。
まさか午後もデート続行か? と考えたのは一瞬だけ。
なんとなく彼女の雰囲気が冒険者の時のそれに近いのを感じたので、恐らくそちらに関する話をしたいのだろうとすぐに察した。
二つ返事で了承し、向かったのはなんとノラさんの私室だった。
「し、失礼しまーす……」
「なんだい急にかしこまったりして……緊張でもしてるのかい?」
「私だって緊張くらいするよ!?」
「ははっ、そりゃあ失敬」
早々にからかわれてしまったけれど、緊張したって仕方ないじゃないか! と主張させて欲しい。
前世はごくささやかな交友関係しかなかったし、ウィロウの身体に居候するようになってからも、血縁以外の人間の生活空間に入るのはノラさんが初めてなのだから。
……王太子の私室? アレは正直ノーカンだと思う。
お子様時代から知ってる王太子の部屋なんて、警戒こそすれ緊張する理由がなかったので。
どうぞ座って、と促された私は、自分の私室にあるものと揃いの椅子に座る。
『遠慮がない』という指摘はどうか容赦して欲しい。
なにぶん、選択肢が選択肢なのだ。
ノラさんのベッドか椅子か、なんて二択を迫られれば、もちろん後者を選ぶに決まっている。
というかどう考えてもそちら以外の選択肢がない。
……あ、床という選択肢もあったか。もっと早くに気付けば良かったな。
「えーっと、それで、私にどんなご用事?」
「改めて、ヴィルの力量について聞きたくてね」
「……私の力量?」
と、いいますと?
「どれくらい魔法が使えるのかとか、得手不得手とか、主に聞きたいのはその辺かな」
「なるほど。それはいっこうに構わないけど……でも、なんで突然?」
「力量次第ではクエストについて来てもらおうかと思ってるんだ」
「エッ」
なんだかとんでもない話が出てきたんですけど私は一体どうすればいいですかノラさんのお手伝いができるならそれはとても嬉しいけどいやだからといって私にノラさんの手伝いができるほどの技量があるとも思えないしそもそも経験だってまだ二週間ぽっきりでしかも採集クエスト中心だったから戦闘面はそこまで鍛えられているわけでもないしまあ魔法の天才であるウィロウの才能をそっくりそのまま借りてるからまったく駄目ってことはないんだけどそれはそれとしてAランク冒険者が受注するクエストにへっぽこの新人が着いて行くのは色々な意味でまずいと思うんですがまあ何はともあれちゃんとノラさんの話を聞くべきかなと思い至ったのでとりあえず話を聞く態勢に入ろうかと思います。
……びっくりしすぎて心臓が痛い……。
「毎年この時期になると、収穫期を迎えた麦や家畜を狙って出てくる魔物がいるんだけど、そいつらはちょっとばかし手ごわい連中でね。魔法以外の攻撃が通りにくいっていう、アタシを含めたギルドの連中にとって厄介な特性があるんだ。だけど今年は、タイミング良く魔法が得意な新人がギルドに加わってくれたから、手伝ってもらおうかと思ったわけさ」
「ちなみに今まではどうやって対処してきたんですか?」
「……手が空いてる人をかき集めて力押し?」
「うわぁ……」
ふんふん、とノラさんの話を聞いていたけれど、ふと気になったことを尋ねてみれば、ザ・脳筋という感じの返答が。
ギルドを構成する冒険者の傾向的に仕方がなかったのだろうと思うが、パトリシアさんが言っていた『力こそパワー』そのものだ……うわぁ……。
なお、余談ではあるが、弊ギルドに所属する冒険者の傾向をRPGの職業に例えると、戦士、剣士、弓使い、槍使いなどのいわゆる前衛系が大半を占める。
私のような魔法使いや、薬草系統に優れた薬師といった後方支援職はほんの一握りしかいない。というか職業ごとに一人しかいない。
偏りすぎでは? と思うけど、こればかりは田舎のギルドだから仕方ないのだろう。
どうやら地方の過疎化は異世界でも共通の課題らしい。
「で、ヴィルは何ができる?」
「改めて『何が』というと、難しいけど……たぶん、大体の魔法は使えると思う」
「えっ?」
「いや、ちゃんと試したことがないから本当に『たぶん』なんだけど。基本中の基本である五属性の攻撃魔法はクエストで使ったことがあるし、補助系の魔法――ちょっと足を速くするとか、その程度なら確実に。敵を弱体化させるタイプの魔法はまだ使ったことがないから、使えるかどうかは少し微妙。Eランクの討伐クエストだと使うまでもなかったからだけど。でも、練習する機会があれば使えるようにはなると思うよ」
というかむしろ、魔法でできないことを探す方が今は難しいかもしれないと思っている。 もちろん、先代様からお墨付きをもらうくらい、規格外の才能を持ったウィロウの素質がありきなのだが。
なんにせよ、万能に等しい力があることはノラさんにも言わないでおく。
むやみやたらに言い触らさないことを先代様と約束しているからだ。
あくまで私が使うことができるのは、世間に広く周知されている一般的な魔法だけ……表向きは、そういうことにする。
それでもぶっ飛んだ才能であることは確かだが、体系化されていない魔法が使えるとか、なんなら自分で新しく魔法を作ることができるとか、そういった点に比べれば些細なこと。
『下手に才能を隠すより、ある程度は開示しておく方が探りを入れられないはず』という、先代様からのありがたいアドバイスに則っているかたちだ。
これがどこまで通用するかはわからないけど、しばらくはこれで誤魔化すつもりでいる。
……もしも誤魔化しているのがバレたら、その時は泣き落としでもしてみようか?
それが通用するくらい、ノラさんの懐に入り込めるように頑張らないとね。




