48 ハッピーエンド/P(4)
俺たちが宿に戻ると、ノラは目ざとくヴィルの怪我に気付いた。
Aランクの冒険者としての観察眼によるものか、はたまた彼女の姉貴分を自負するがゆえの注意力によるものか。どちらにしても、王太子とのトラブルについて隠したい俺たちからすると、少々――いやかなり突っ込まれると困る話である。
どうにかこうにかこちらの焦りに気付かせないまま、事実の隠蔽を成功させられたのは本当に幸運だった。
正直言って、多少気心の知れた相手だからこそ、王太子やヴィルの祖父を相手にした時よりも心臓に悪かったかもしれない。
「……なあ、風」
「なんだ」
ひとしきり俺たちの部屋で騒いだ後、ヴィルは『せめて今日は早めに休もう』と主張するノラに連れられ、自分たちの部屋へと戻っていった。
そんな二人を見送り、ぱたん、と扉が閉まって数秒後。
先程までのとぼけた様子から一転、苦虫を噛み潰したような顔でラッセルが話しかけてきた。
「ヴィルのやつ、人違いでトラブルに巻き込まれたって言ってたけどよぉ……」
――なるほど、と思う。
元々『ヴィルとイグレシアス家のご令嬢は同一人物ではないか?』という話をしていたし、その話をおぼえていたからこそ、俺に忠告のようなものさえしてくれたラッセルだ。先程の虚実交えた言い訳から事実だけを拾って真実に辿り着くことも、そう難しい話ではなかったのだろう。
しかし、さて、どうしたものか。
こいつもこいつで鋭い節があり、かつ、ノラのいる場では敢えてふざけて振る舞うという空気の読みっぷりを発揮するようなやつだ。
きっとこうして尋ねてきたのも、ほとんど確信した上でのこと。
そう考えると、これ以上、誤魔化すことも無駄な気がしてきたので。
「悪いな。詳しいことは言えない」
「……お前さぁ。言わないじゃなくて、言えないって言ってる時点で肯定してるようなもんじゃねーか!」
「わざとだが」
「余計たちが悪いんだよバーカ!!」
素直に肯定できない代わりに、言い回しを変えることで肯定を返す。
内容が内容だけに、ラッセルはぎゃあっと悲鳴を上げながら『しれっとなんてこと言いやがる!』と抗議すらしてきた。
当然と言えば当然である。
あえて遠回しな肯定をした時点で、この件について城から箝口令を敷かれていることは伝わったはず。
ラッセルが騒いでいるのはそれも含めての抗議であり、……わかりやすく、情けなく下がった眉が、ヴィルへの心配をわかりやすく表現していた。
「トラブル自体は万事解決したし、加害者はしかるべき場所に預けてある。今後、あいつが今回のような目に遭うことはないはずだ」
「それなら、まあ、一応安心ではあるか。……ヴィル自身は大丈夫なのか? 空元気というほどでもなかったけど、さっきいつもより無理してテンション上げてたっつーか、変にハイになってたような気はしたんだが」
「本人は『大丈夫』の一点張りだった」
「あー……。あいつ、他人に自分の弱味を見せることを嫌がってるのは明らかだもんな。そりゃ、大丈夫としか言わねぇに決まってるわ」
「詳細は伏せるが、かなり危険な目に遭ったからだろうな。若干、男に対する苦手意識が強まったのは確実だ。帰ってくる途中、すれ違う程度の相手とも距離を取ろうとしていて、俺が盾になったらわかりやすく安心していた」
「だよなぁ……」
「一応、俺のことは大丈夫みたいだったから、ラッセルのことも恐らく平気だろう。明日以降も様子見をして、良くならないようであれば人除けになってやってくれ」
「盾役の本領発揮、ってな。任せとけ」
ラッセルは神妙に頷くと、ところで、と言葉を続ける。
「……結局、ヴィルってどうなんだ?」
「知りたいのか?」
「アッやっぱいいです」
興味の光を隠し切れない目を向けられたので、じっと見つめ返しながら、明確な答えではなく問いを返した。
それだけでラッセルは震え上がると、ブンブンと首を振り力強く拒絶して。
「世の中には知らない方が良いこともあるよな!」
「そうだな。……まあ、お前のように意中の相手がバレバレだと気付かない方が無理な話だし、年下の手のひらの上で簡単にコロコロ転がされても仕方ないまであるが」
「てめぇこの野郎!」
「事実だろうが」
重くなりそうな空気を変えるべく軽口を叩けば、ラッセルはすぐ噛みついてきた。
打てば響く、とはきっとこういうことを言うのだろう。
ラッセルをからかうヴィルやノラの気持ちが少しだけわかった気がして、知らず知らず、口角が持ち上がる。
しかし……つい反射的に返してしまったが、あの言い方では、俺は既にヴィルの正体を知っているとも取れてしまうだろうな。我ながら迂闊だった。
とはいえ、あれだけのトラブルに巻き込まれた以上、ヴィルとイグレシアス家のご令嬢を結びつけない方が難しい。
どこかのタイミングでヴィルと話して、ギルド側に正式に報告を上げた方が良いのかもしれない。
彼女をかくまっている以上、ギルド側は正体を把握しているはずで、ヴィルの正体に勘づいてしまったギルドメンバーの管理もパトリシアたちの仕事の一環だろうから。
「クッソ……。そういうお前だって、俺を笑えないだろうが」
「?」
「いやいや、とぼけたって無駄だからな! お前のヴィルに対する態度、ありゃどう見ても気があるようにしか思えねーから!」
「は?」
負け惜しみ、あるいは負け犬の遠吠えとでも言うべきか。
こちらの思考を遮るように騒ぎ出したラッセルの、見当違いも甚だしい発言。言いがかりと言っても過言ではないそれに、自然と眉間に皺が寄り、声が低くなるのが自分でもわかった。
「ヴィルを多少、特別扱いしているのは事実だが、あいつは友達だ。仲の良い友達を贔屓するのはごく自然なことだろう?」
「……その割には独占欲が強めみたいだが、自覚のほどは?」
「あいつが初めての友達なんだ。それくらい当然じゃないか?」
「距離感もまあまあ近いと思うんだが」
「俺たちはお互いを男除け・女除けに使ってるんだ。その関係で、どうしたって少し距離は近くなる」
「純粋に手強いのかギルドに入るまでの人間関係の悪さの弊害かわかんねぇなこれ」
しょっぱい顔をしたラッセルは、どうやら俺を納得させる方法について考えあぐねているらしい。
やがて頭を抱えこんでしまったが、俺たちの関係について邪推されるのも不快だったので、これ幸いと会話を切ってしまうことにした。
……ラッセルからの質問に対して、嘘偽りなく、純粋に俺の気持ちを答えたのは確かだが。
独占欲に関する問いかけだけは、ほんの少し、俺の中で何か引っかかるものがあったのもまた確かなことだった。
王太子のことを『あの子』と呼ぶ時の、彼女のやわらかくて、やさしくて、物悲しい声音が、ずっと俺の中で引っかかっていて。
王太子を貶めることに愉悦のような、嘲りのような感情を露わにしたヴィルの心境が、決してそれだけではないのだろうと察せられて。
――『きらい』の一言では言い表しきれない、複雑な思いがあるのだろうとわかることが、ひどくもどかしく思うのだ。
(……だいたい、ヴィルはやっと王太子のことが片付いたばかりなんだ。ようやく自由の身になれたあいつに、この手の話は酷だろう)
言いようのない、胸をかきむしりたくなるような衝動から目を逸らし、頭を振って思考を切り替える。
好きか嫌いかで言えば、もちろん、ヴィルのことは好きな部類に入るけれど。
それはあいつが、初めてできた俺の友達だからであって――
(……ヴィルが好きだから友達になったのか、友達だからヴィルが好きになのか?)
ふと浮かんだ、まるで『卵が先か鶏が先か』のような疑問。
それは間違いなく、ラッセルの邪推が原因であることはわかっているのに――不思議と『どうでもいい』と切り捨てることができず、当分の間、俺はこの疑問に頭を悩ませる羽目になるのだった。
風君が自覚するまでもう一押し、というところで嘲弄編完結です。
途中更新が止まってしまうこともありましたが、お付き合いありがとうございました。
風君の件だけでなく、ウィロウの件もありますので、シリーズはまだまだ続きます。
次章投稿開始まで、コミカライズを読みながらのんびりとお待ちください。




