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魅了の魔法が解けたので。  作者: 遠野
嘲弄編

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46 ハッピーエンド/P(2)


(あの場にいるのが俺一人じゃなくて、良かった)



 ――王太子が衛兵に捕まり、第二王子に引っ立てられていったあと。

 案内された第二王子の息がかかる診療所で、青ざめた顔で昏々と眠るヴィルを見ながら、心からそう思った。


 空き家に突入し、ぐったりとする彼女の姿を見つけた時。気付けば俺は、王太子の襟首を掴んでヴィルから引きはがし、そのままあいつを殴り飛ばしていた。


 あまり無茶な真似をしないこと、と作戦会議の際に言いつけられて念押しされていたのは、忘れてなどいなかったが。理性が制止をかける暇もなく、怒りに駆られた身体が勝手に動いていたのだ。


 王太子が取り押さえられたのを見て安心したのか、ヴィルはほどなくして気を失って。

 その首にくっきりと圧迫痕がついているのが、インナーのきわから見えて。

 あいつは本気でヴィルを殺そうとしていたのだとわかった瞬間、落ち着きかけていた怒りがまた一瞬で沸騰した。


 ころしてやる、とさえ思った。


 だって、あいつがいるからヴィルはこんな目に遭ったのだ。

 あいつさえいなければヴィルが死にかけることはなかった。


 ヴィルがあいつに怒り、憎んでいる反面、どこか怖がっていることは知っていたんだ。気付いていたんだ。

 ――だったら、こんなことになるくらいなら、いくらヴィルがそう望んでいたからと言って、まどろっこしい手段をとるべきじゃなかった。



(最初から俺があいつを殺していたら良かった)



 ぶり返す激情にまた、目の前が真っ赤になる。


 もしあの場にいるのが俺と、気を失ったヴィルと、王太子だけだったなら。

 俺はきっと、否、間違いなく王太子を殺していたに違いない。


 人を殺すのは、魔物を殺すことよりずっと簡単だ。

 そのための方法は、ギルドに身を寄せるようになってから開花した、異様な勘の良さが教えてくれる。


 ――俺のような異国の生まれの人間なら、後腐れなくそれができる。



(……だけど、たぶん)



 ヴィルはそれを望まなかったのだろう。とも思う。


 ただ単に思いつかなかっただけかもしれない。

 事後処理が面倒臭いことになるからそうしなかっただけかもしれない。


 どちらにしろ、ヴィルが選んだのはあのまどろっこしい方法だった。

 何も起こらないに越したことはないと言っていたが、何か起きた際には穏便に、大っぴらにならないような手段を取りたいと願った。


 きっと、ヴィルにはヴィルの思惑があったのだと思う。

 ああすることがあいつにとってのベストだったから、どれほどまわりくどくても、自分が王太子と相対する可能性が高くても、あの方法を選んだ。


 そう考えると、結果的にはこれで良かったのだろう。

 作戦会議の時、ヴィルは『王太子を第二王子一派に捕らえさせること』が最終目的だと言っていたから。


 どれほどヴィルが傷つけられて死にかけたこの結果に納得できなくても、あいつを傷つけて殺しかけた王太子を許せなくて、殺してしまいたいくらい憎くても。

 俺はこの、胃を焼くような熱を持ったもやもやを抑え込んで、こうしてヴィルの目的をきちんと達成できたことを……ヴィルに頼まれた内容をきちんと完遂できたことを、喜ばなければいけない。



「君、」

「! はい」



 ――腹の中でぐつぐつと煮え立つものを冷まそうと深呼吸を繰り返していたところへ、不意に、先代から声をかけられた。

 第二王子は王太子の件を報告するためか、既に城に戻っているのだが。先代はヴィルの容態を診る、という名目で診療所へ足を運んでいたのだ。


 まあ、外傷については既に医者が治療を済ませているので、容態を診る、というのはおそらく建前。

 殺されかけた孫娘が目を覚ますまで傍にいたい、というのが本音なのだろうが、余計な詮索はせず口をつぐむのが正解と思ってそうしている。


 なにしろ俺がヴィル=イグレシアス家のご令嬢だと知っていること自体、『はっきりとそうと口に出したわけではないから』という屁理屈で誤魔化しているのが現状なので。



「あの家の存在に気付けたということは、多少なりとも魔法耐性はあるようだが。ああいった無茶はあまりしないことだ」



 先代がわざわざ俺のような人間に声をかけてくる理由がわからなかったが、どうやら、釘を刺すためだったらしい。


 ああいった無茶、というのは、王太子をヴィルから引きはがして殴り飛ばした時のことだろう。

 これについては衛兵からも『もし魔法で反撃されたらどうするつもりだったんだ!』とさんざっぱら叱られたし、その可能性を念頭に置いていなかったのは事実なので、素直に軽率な行動をした点について謝っておく(もっとも、その可能性を考えられていたとしても、俺は同じことをしたとしか思えないのが残念なところなのだが……)。


 そんないまいち反省しているようでできていない俺に気付いているのか、先代はヴィルと同じ灰色の瞳をスッと鋭くさせて、



「君が傷つけば、この子はきっと悲しむだろう」

「……そう、ですね」



 痛いところを突く指摘に、俺は今度こそ自分の軽率さを反省した。


 そもそもヴィルは俺を巻き込むことをよしとせず、一人でどうにかするつもりでいたところへ、俺が無理やり協力を取り付けたようなもの。

 どんなに小さくとも怪我をしていたら、あいつはきっと俺を巻き込んだことを悔やんだだろう。



(それに)



 相手が男だから、というだけで警戒するヴィルは、一緒にクエストをこなしたあの時から、俺を警戒の枠から外してくれている。

 顔を合わせれば自分から積極的に声をかけてくれるし、何か困ったことがあれば手を貸そうとしてくれる。


 つまりそれだけ、あいつは俺を『内側』に入れてくれている、ということで。

 王太子が関係していようといなかろうと、俺が怪我をすれば、きっと心配させてしまうだろうから。



「これからは気を付けます」



 神妙に頷けば、先代はじっと数秒ほど俺を見つめて。



「そうしなさい」



 口先だけでなく、心からの宣言だと伝わったのか。

 鋭さを解き、ほのかに微笑みを浮かべながら、ひとつ頷いた。

おじいちゃんが残った理由は風君いわくの建前と本音で半々くらい。

ウィロウとヴィルが心配だったのももちろんだけど、ヴィルは王太子に魅了を使われた疑惑(※事実)があるので、ある意味その件の専門家であるおじいちゃんが様子見に適任だったのです。

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