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魅了の魔法が解けたので。  作者: 遠野
嘲弄編

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43 ネバーエンド・アフターオール(4)

 人波を超えて宿に戻ると、ノラさんと同士がホールの一角にあるテーブルでぐでっとしている様子が見えた。

 二人とも、とりあえず起き上がれるくらいには回復したようだけど、いつもの元気はなさそうだなぁと思わず苦笑。

 それでも二人の姿を見ると、知らず知らずのうちに肩に入っていた力が抜けたのか、はたまた純粋に安心してしまったのか。外にいた時よりもどっと疲れを感じたので、やっぱり今日は早めに休んだ方がいいかもしれないなぁ。



「ただいまー」

「遅くなってすまない」

「おー。お前らおそかっ」

「――は?」

『ひえ』



 二人とも降りてきているなら、今夜もどこかへ食べに出かけるのかもしれないな。屋台もたくさん出てるし、今日はそっちかも? なんて風君とおしゃべりしながら二人の元へ行くと、私たちに気付いたノラさんたちが顔を上げた。

 先に声を上げたのはげっそりとやつれた顔の同士で、だけど言葉を遮るように、ノラさんの地を這うような声が威圧感を持って私たちに襲い掛かる。


 え、ノラさんって魔力は持ってないんじゃなかったっけ?

 本当は『威圧』を使えるわけじゃないよね?


 本気で錯乱するくらいには恐ろしい響きをしていたし、目が据わっていて、あの、ノラさんもしかしてガチギレなさってる、のでは……?

 しかし当然、心当たりのない私たちは突然のことに混乱するばかり。震え上がってそっとノラさんから距離を取――んんっ、これ以上お怒りに触れないよう祈りながら身を寄せ合った。


 怒ってるノラさんももちろん素敵だし、なんならいつもより美貌に迫力があってドキッとするものはあるんだけど、その、ごめんなさいそれはそれとしてとてもこわいです。



「全員顔貸しな」

『はい』



 ビッと親指で階段を示すボスの指示に従い、私たちは同士と風君が宿泊中の部屋へ移動することに。

 話し合いをするにあたり、女子部屋に入るのはさすがにまずい! と至極真っ当な主張をした同士と、赤べこのように首を縦に振った風君の厚意による場所選びである。


 ……アッハイ、部屋の中にお酒の匂いが残ってるのは私も嫌なので急いで換気します。

 具体的には窓を開けて弱めの風魔法をちょちょいって感じである。お姉さまの仰せのままに!


 男二人はベッドに、女二人は椅子に、なんとなく輪になるように腰かけた。

 いよいよノラさんの怒りの理由が明かされるのだと思うと、緊張で胸が痛い。


 ……いや、もちろん私がここまでノラさんを怒らせるようなことをしたという心当たりはまるでないですけどね?

 でもそれを言ったら風君と……あと一応、同士にもそんな心当たりはないだろうし。今現在、私たちみんなノラさんが怒っている理由がまるでわかっていない状況なわけで、だからこそ恐ろしいものがあるというかなんというか、



「ヴィル」

「ひゃい」



 名前を呼ばれて反射的に返事をする。

 ……けど、え、嘘でしょ私? 私が悪いの??


 内心冷や汗だらだらで身を固くすれば、男二人から『何をしたんだ』『早く吐け』と言いたげな視線が向けられるけど、いやいやいや知らん知らん知らん私なにもしてない! はず!

 じゃあなんでノラさんが怒ってるんだって話になるのはわかる。わかるよ? でも本当に心当たりないんですってばー! やだー!!



「……」

「ピエ」



 蛇に睨まれた蛙さながらびくびくぶるぶるしていると、身を乗り出したノラさんの指がおとがいにかかって、ツイッと軽く持ち上げられた。

 結果、顔面つよつよなノラさんのご尊顔に至近距離から見下ろされることになり、なぁにこれぇ? と思考がトんで馬鹿になってしまった。ついでに身体は震えが止まるどころかガチガチに固まった。


 視界の端では男二人が顔を赤くしたり白くしたりしながら『はわわ……』と狼狽えていて、あっちもあっちで状況について行けてないらしい。


 いや本当になにこれ、……何??

 ちょっと状況に対する理解が追い付かないですね!


 真っ白になった頭はろくに思考を回せず、ノラさんにされるままでいると、不意にノラさんの怒った顔がしょげたように眉を下げて、……。


 ……、……。

 ……あれ?



「首の怪我はどうしたんだい」

『………………え?』

「インナーで隠れてるけど、首元、包帯が巻いてあるだろ。……アンタたち、出先で何があった?」

「あ、ああ……」

「……そっか、これのことかぁ」



 少し顔の位置をずらして、私の首元をジッと見つめたかと思うと、静かに問いかけられた。


 先ほどまでの怒気はすっかりなりを潜めていて、今はただただ心配そうというか、気遣わしげというか、とにかくそんな感じ。

 あんまりな変わりように数秒、ついていくことができずに固まってしまったけど、私と風君はそういうことか! とすぐに納得した。

 なるほど、ノラさんはこれに気付いて私たちから話を聞きたかったのね……。


 どうやら私がノラさんの機嫌を損ねる真似をしたわけではないらしい、と理解して、ほっと胸を撫で下ろす。

 ちなみに風君も安心したらしく、そっと息をついていた。


 ――ただし、約一名。ここまで私の首の怪我にまったく気付いておらず、なおかつなんの事情も知らない同士が「マ? ヴィルに怪我させるとかそれどこの勇者? ぜひ話を聞いてみたいんだが」……なんて、まるで空気を読まないふざけた発言をしたものだから。ノラさんと、ついでに何故か風君にまでどつかれることになり、話の腰が微妙に折れてしまったのは完全な余談である。


本当はヴィル視点、今回でおしまいにしておまけに続くつもりだったんですが、膨らんじゃったのでもう一話続きます。また来週!

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