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魅了の魔法が解けたので。  作者: 遠野
嘲弄編

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34 そして魔女はわらう(3)


 気休めでもやらないよりはマシだろうと、手の甲を使って唇を強めに拭う。

 案の定、押し付けられた唇の感触も熱もまるで消えないし、それどころか、舐められた感覚が克明に蘇ってぞわぞわと全身の肌が粟立った。



(よくもまあ、ウィロウはこれ(・・)を喜べたものだよね……)



 腕をさすりながら思い返すのは、王太子とのキスを喜んでいたあの子のこと。

 もちろん、あれ(・・)を甘受していたのは魅了の魔法で悩殺状態に陥っていたことによるものだってわかっているけれど、それでもさ。


 同年代のご令嬢たちの見本となるべく、淑女たらんと心がけていたウィロウが王太子とキスするたびにドキドキして、多幸感で胸がいっぱいになって、頭がぽわぽわしていて……。まるでどこにでもいる、普通の恋する女の子みたいに恥じらったり、嬉しそうにしていたりする姿を、私は一番近くで見守ってきたから。


 あの子の中で、あの子の感情をつぶさに感じ取っていた身としては、胸中とても複雑なわけです。


 ウィロウが喜んで受け入れていた行為が、私には気持ち悪くてたまらない。

 同じ身体を共有して、時にあの子の感情をダイレクトに受け取ってきた時間が長かったからこそ、その違和感のすさまじさたるや、もう、……ね?


 そんなようなことをつらつらと考えながら、気休めの行為を繰り返していると。



「酷いじゃないか、ウィロウ。君がぼくを殴るなんて、いったいどうしたの?」

「私はイグレシアス家のご令嬢じゃありませんよ、王太子殿下」



 ダメージから復帰した王太子がゆらゆらと立ち上がった。

 薄暗い部屋の中でもなんとなく、心から不思議そうな顔をしてこちらを見ているのはわかるし……こちらに疑問を投げかけてくる声色にしてもそう。

 自分にはこんなことをされる謂れがない、と純粋に疑問に思っていることが感じ取れて、目の粗いやすりで神経を思いっきり逆なでされている気がする。……もちろん、向こうにそんなつもりは一切ないんだろうけど。


 とりあえず、質問には『人違いです』とつっけんどんに返すことにして。

 それからおまけに、魔力でバチバチに威圧をかけて『近づかないでください』としっかり拒絶、ないし牽制をしておく。


 まあ、王太子もそれなりに魔力は潤沢な方なので、当然ながら抵抗(レジスト)はされてしまうし――あれは腐っても王家の王太子だからね。貴族同士のやりとりで魔力による威圧を使うことも、使われることにも慣れている。


 だからこうして威圧をかけたところで簡単に気圧されないし、動じもしない。

 それでも魔力を介して、こちらが本気で王太子を拒絶していることや、敵意を持っていることはちゃんと伝わっているんだろう。


 整った顔を不愉快そうに歪め、それからパチッと指を鳴らし――



「……?」



 ふよふよと浮かぶ、目に優しいオレンジ色の光球が室内を照らした。

 あくまでも光源としてしか価値のない魔法なのは、一目見ればすぐわかるけど。



(でも、なんで今?)

「……うーん? さっきからおかしなことを言うね。君はウィロウでしょ?」



 部屋を明るくしてから、怪訝に私を観察していた王太子は呟いた。

 かと思えば――



「髪は短くなってるし、色も染めたのかな? 前の月の光みたいな淡い金色も優しい色合いでよく似合っていたけど、夜空みたいに真っ黒なのも素敵だね。だけど髪型や髪の色を変えたところで人の骨格や足の運び方はそう簡単に変わるものじゃないし、体型も……抱えて運んだ時、前よりちょっと筋肉質になったかな? とは思ったけど、別人と言えるほどの変化じゃなかった。耳のうしろにある黒子もちゃんと寸分たがわず同じ場所にあるのを確認したし、何よりの決め手は君のその魔力。なんだか今日はやけに攻撃的でピリついているみたいだけど、その魔力はウィロウのもので間違いないよ。君の婚約者として、誰より近く誰より長くその魔力に触れてきたぼくが、ウィロウの魔力と勘違いするなんてあり得ない。それがたとえ、どれほどよく似た魔力を持つ別人相手だろうとね」



 ぼくが君に向ける愛を見くびってもらっちゃ困るな。

 そう言って、王太子は照れたようにはにかんで笑った。



(……ウィロウはこうやって笑う君のことが好きだったんだよな)



 十年前からちっとも変わらない笑顔を前に、心の中でひとりごちる。


 正統派王子様の、恥じらいを含ませながらも、好意を隠そうともしない笑み。

 こちらに向けられるパステルブルーの瞳はとろりと蕩けて、きっと口に入れたらキャンディーのように甘いんだろうなと。そんな錯乱気味のことを考えてしまうのは、たぶん、あまりにも綺麗すぎるからで。


 王太子、なんて地位はどう考えても重荷でしかないだろうに。否が応にも世の中の薄暗い部分にさらされ、向き合うことを強制されて、多かれ少なかれ人は擦れていくだろうに。この子がウィロウに向ける目は、昔から何も変わっていなかった。


 ただただウィロウのことが好きで仕方がない、無邪気で小さな男の子のまま。

 ――それでいて、いずれは国の頂点に立つ人間として人財(国財)を費やす高度なお人形遊びに目覚めた、為政者として致命的に歪んだ身勝手な暴君のまま。



(ウィロウに男を見る目がなかったわけじゃないんだろうけど……)



 巡り合わせ、というよりは、むしろ組み合わせか。

 この子と『魅了』の組み合わせの悪さを改めて実感し、深いため息が口をつく。



(精神的な成長の機会を奪って、元々の歪みを取り返しのつかないレベルまで深くして。……ホント、魅了の魔法のたちの悪さったらないわ)


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