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魅了の魔法が解けたので。  作者: 遠野
嘲弄編

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27 しあわせは何でできている?(3)

 Q.旅行(クエスト)先で暇人と暇人をかけあわせたらどうなるか。

 A.こうなる。



「時に風君、今日のご予定は?」

「ラッセルにマーケットの案内をしてもらう予定だった。……まあ、あれじゃ無理だろうが」

「ノラさんも久々に潰れるくらい飲んだって言ってたしね……。それじゃあ、暇ってことで合ってる?」

「そうだな。今のところ、これと言って新しい予定は立てていない。ふらっとその辺を見て回ろうかと考えていたくらいで」

「なら、一緒に出掛ける? 私も暇になっちゃったし、ちょっとしたガイドくらいならできると思うよ」



 同じテーブルで朝食をとりながらそんな話題になったのは、ある意味、ごく自然な流れだったのかもしれない。


 俺もヴィルも、王都に滞在中はそれぞれの保護者(仮)と過ごす予定を組んでいたのに、肝心の二人が羽目を外し過ぎて身動きを取れなくなってしまって。かといって、せっかく王都まで出て来たのに、何もせず宿でごろごろして過ごすのはなんだかもったいないような気がする。

 なら、暇を持て余す者同士でちょっと出かけてマーケットを楽しむくらい、決して悪いことじゃないだろう。

 むしろ潰れている二人からすればその方がありがたいまであるかもしれないし(なんせどちらも弟分・妹分に甘い保護者(おとな)たちなので)、そういうことなら、とヴィルの言葉に甘えさせてもらうことにした。


 俺が王都に来たのは、ヴィルの正体に勘づいた時を含めて、これが二回目。

 ただでさえ土地勘なんてない上、おまけに今は一年で最も王都がにぎわう(らしい)マーケットの時期である。

 あちこちで人が物がごった返し、ひしめいていて、この有様では前回かろうじておぼえられたはずの景色さえどこにあるかもわからない。

 外に出たが最後、俺は間違いなくこの宿に戻れないだろうと、そんな嬉しくない確信を持っている。


 対して、ヴィルは王都にも慣れているだろうし、このマーケットをどんな風に過ごしたらいいか、どんなところを見て回ったらいいかなど、そういったことも知っているはずだ。

 いや、侯爵令嬢……それも王太子の婚約者ともあろう生粋のお嬢様が、こんなごみごみと人であふれる街中を歩き回ったことがあるとは到底思えないのだが。それでも、王都で過ごしていた時間は俺よりずっと長いことに違いはないわけで、俺が一人で出歩くよりも一緒にいてもらった方がとても心強い。

 今の王都で迷ったら、本気でここまで帰ってこられる自信がない……!



「……うーん」

「? どうした?」

「いや、昨日話したイヤリングのことなんだけど、あれ、風君に貸しておいた方がいいのかなぁと思ってさ」

「!?」



 安心できる命綱を手に入れてほっとしている俺の向かい側で、何やら考え込む様子をみせるヴィルに言葉を促す。

 すると、思わぬ提案――否、まだ迷っている段階のようだから、悩みごとの範疇か。とにかく、どちらにしろ俺が思いもよらなかった相談をされて、ぴくりとかすかに肩が跳ねた。


 昨日話したイヤリング、というと、早い話が迷子防止装置と言われていたアレのことだろう。


 どこからどう見ても変わったところのない、ありふれたイヤリングだった。

 あまり女物らしくないデザインだったが、そのシンプルさには俺も心惹かれるものがあったし、貴族の子女であればもっと華美なものを好むものではないのかと不思議に思いもした。


 昨夜の時点では、ヴィルはそれをノラに渡すつもりだと話していたはずだ。

 何故なら二人は一緒に行動する時間が多く、長く、ヴィルに何かあった時には誰よりも早く異変に気付く可能性が高いから。

 俺だって、自分が彼女の立場であればラッセルに託すのが一番妥当だと考えるだろうし、その判断に疑いも異を唱えるつもりもなかった。

 むしろノラがヴィルの傍にいてくれるなら安心だと、そんな風にすら思っていたくらいで。


 だが。



「あの様子だと、今日一日でどれくらい回復するかもわからないし、あんまりひどかったら三日酔い……なんてこともあり得るだろうし。そうなると、風君に持っててもらった方が、最悪の事態が起きた時の備えとしては安心かなって」



 ふ、と遠い目をしながら彼女が告げた懸念事項は、なるほど確かに有り得ない話じゃない。


 ラッセルのやつもな……吐きこそしていないとはいえ、それもかろうじてという感じだったし、顔色は過去一番に最低最悪。なんなら「もう二度とあんな飲み方はしねぇ……」とひどく魘されていたほど。

 もしノラもそんな状態だとしたら、ヴィルが計画の変更を考えるのも当然だろう。


 明日以降に関しては今日の様子次第だが、まずはなんにせよ、今日一日を無事に過ごすことを考えなくてはいけないわけで。

 そうなると、一緒に行動する俺が迷子防止装置を預かっておくのが安全ではあるだろう。……もしもの時、ノラが身動きを取れる状態とも限らないのだから。



「あとあれ」

「どれだ?」

「マーケットの人混みで風君とはぐれた時、すぐに居場所を把握して迎えに行ける安全装置が欲しい」

「………………よろしく頼む」



 俺の中で結論を出し、そういうことなら預からせて欲しいと頷く直前、ヴィルはピッと人差し指を立てた。


 今度はいったいどうしたのだろう。まだ何か気になることがあるのだろうか。

 そんな気持ちで首を傾げれば、……イヤリングを純粋な迷子防止装置として使おうとしていることを告げられ、俺はついしょっぱい顔になってしまった。


 ああうん、そうだな。その通りだ。

 たとえ王太子が来なかったとしても、俺が迷子になる可能性は十分だから――というかその可能性の方が正直高いんだから、ヴィルに迎えに来てもらえるように準備は必要だよな……。

酔いつぶれた二人はたぶんお互いの妹分・弟分について語りながら、だんだんいい気分になって強いお酒をちゃんぽんしちゃったんじゃないですかね。たぶん。

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