26 しあわせは何でできている?(2)
……ごちゃごちゃと前置きが長くなったが、要はただ、俺が勝手にヴィルのことを心配していて、万が一の事態が起きるようであれば力になりたい。
そう思って動くことにした、というだけの話である。
あっけらかんとしていたあいつにその気はまったくなかったのだろうが、幸運なことに『心配ならヴィルを追いかけても良い』という言質も取れた。
おまけに、俺たちのやり取りを遠巻きに見ていたらしいパトリシアから、王都に向かうちょうどいい用事も紹介されたので、これはもう王都に行けという天の思し召しとやらだろう。
そこへラッセルを巻き込むことにしたのは、俺のランクではまだ、イグレシアス領と隣接していない土地へクエストで出かけることができないから。
対するあいつは問題なく要件をクリアしているので、俺はラッセルの同行者として同じクエストを受けさせてもらおう……という魂胆だった。
話を聞いた限り、ヴィルはノラと一緒に王都へ向かうという。
どうやらラッセルはノラに気があるようだし、少しでも二人でゆっくり話せる機会があれば、俺の用事に付き合わせる礼にはちょうどいいはず。
そう軽く考えていたものだから、まさかあいつがノラを前にしてまともに話せなくなるなんて、本当に思わなかったのだ。
正直悪かった。本当に反省している。
……そんなわけで、あれで意外に繊細なんだから取り扱いには注意してあげて、と珍しくラッセルに同情的なヴィルに叱られた時は素直に頷いておいた。
今回の反省を活かして、今後ラッセルとノラが関わる可能性がある時は、一度ヴィルに確認を取ってアドバイスをもらってからにしようと思う。
「風君おはよ~。これから朝ごはん?」
王都でヴィルたちと合流し、実際に起きてしまった『万が一』に対する作戦会議をした次の朝。
少し寝る時間は遅かったが、いつも通りの時間に起きて身支度を整えてから部屋を出ると、ちょうどヴィルも朝食を食べに宿の食堂へ向かうところだったらしい。
……朝に弱いのか、昨晩の作戦会議で寝る時間が遅かったせいか、若干ぽやっと間延びした話し方をするヴィルは少し新鮮だ。
だが、今朝はその驚きよりも気になることがあって。
「ああ。……もしかしてとは思うが、ノラも二日酔いか?」
「んふ。やっぱそっちも? でろんでろんになって帰ってきたもんねぇ、あの二人!」
げんなりしている俺に対し、けらけら笑う彼女からほんのり香るアルコールの匂い。
それが元々ノラの纏っていたもので、きっと同じ部屋で過ごしているヴィルにも移ってしまったんだろうなとわかるのは、ひとえに俺の部屋にもアルコールの匂いをぷんぷんさせてベッドと仲良しこよしになっているラッセルがいるからだった。
昨晩、宿に戻る俺たちと別れ、飲みに繰り出した二人が帰って来たのはなんと朝方。
夜の闇が一番濃くなる、もうすぐ空の果てから夜明けがやってくる頃合いで、王都ではこんな時間まで店がやっているのかと驚いた。本当に、最初だけ。
というのも、べろべろに酔っぱらって帰って来たラッセルが部屋に入った瞬間、それまでしなかったアルコールの匂いが部屋中に広がったのだ。
頭から酒をかぶって帰って来た、と言われたら納得するくらい、とても強い匂い。
びっくりして俺は思わず目が覚めてしまったのだが、当のラッセルは部屋まで帰ってきたところで限界を迎えたようで、ベッドに辿り着くことなくべしゃりと床に崩れ落ちた。
おまけにいつもであればやかましいいびきが響き渡るところ、うーんうーんとなんとも苦しげに魘されているものだから、仕方なく隣のベッドまで引きずって放り込んでやる……という出来事があった。
だからたぶん、似たようなことがヴィルの方でもあったんだろうなと思うし、俺の身体にもアルコールの匂いが移っているんだろう。
あと、ラッセルが二日酔いと思しき症状で寝込んでいるので、もしかしたらノラもそうなんじゃないか? と思えば……案の定、ヴィルから返って来たのは肯定の返事。
まったく、うわばみレベルで酒飲みの二人が二日酔いになるなんて、いったいどんな酒をどんな飲み方をしたのやら。
なんとなく頭が痛くなってきた気がして、ため息をつきながら額を押さえた。
「私らより先に、保護者たちが羽目を外し過ぎたっぽいね?」
「本当にな」
「まあ、二人が楽しくお酒を飲めたなら何よりかなって感じだけど。……でも、これじゃあ今日のデートは無理そうかなぁ。残念」
「でーと」
「うん。ノラさんと一緒に王都観光する予定だった……」
「なるほど」
でーと。
逢引。
(……女同士で?)
一瞬だけ思考が飛んで真っ白になったが、まあ、あの二人はことさら仲が良いしな。
一緒に散歩に出かけるだけでもそう表現するのだろう、と気持ちを落ち着かせる。
俺なら絶対に言わないしお断りだが。
(だって、俺ならラッセルとデート? 逢引? ってことだろう?)
……。
……、……。
……おえ。
ちょっと想像しただけでも気分が悪いし、余裕で吐きそうになった。
ヴィルとノラのように、たとえ普通に出かけて足りないものを買い足すだけだと仮定しても、俺なら絶対に、絶っっっっっ対にデートなんて表現するのは嫌だし、されたくもない。
……うわ、鳥肌も立ってきた。
(しかし――そう考えると本当に仲が良いんだな、ヴィルたちは)
もしかしたら男同士、女同士の感覚や価値観の違いなのかもしれないが、……それでも。
ただ、一緒に出掛けることをここまで楽しみにしてもらえるノラのことが、なんだかとても羨ましかった。




